機転
第二層、ここが裏迷宮だとしても風土の特徴は話に聞いた『豪風の草原』と全く同じだった。ならば起こるはずだ、半刻に一度発生する 二層の名前の由来になった死のトラップが。
「シズク! 俺が『今!』って合図をしたら<反転>を使ってくれ!」
「はい!」
<反転>とはその名の通りスキルの効果を反転するスキルのはずだ。珍しいが地上でも何人か同じスキルを持っている奴を見たことがある。
俺は魔兎とシズクの間に立つようにして、間違ってもシズクが喰われないようにする。シズクならもし喰われたとしても自身で瞬時に回復出来るかもしれないが、転生者なら怪我に不慣れかもしれない。パニックを起こすとスキルの発動に支障が出るし、俺が守るのが最善だろう。
「きゅっ」
魔兎は首を傾げ、恐ろしさを忘れさせる鳴き声が耳に届く。
───来る!
加速する思考、だが遅い。既に奴の姿は前から消えている。
「っ……!!」
右側が真っ暗になり、視界が急に狭くなったことに気付く。
「<治癒><治癒>!」
泣きそうなシズクの声が聞こえた瞬間、視界が元に戻り、抉られた右頭部を吐き捨てる魔兎が視野のスレスレ、右斜め後ろに映る。
──不味い!! 後ろに回られた!!
ほぼ反射、思考よりも早く右腕をシズクの首の高さに差し込む。と同時に凄い勢いで体が腕に引っ張られ、雫を巻き込む形で後ろに転んだ。
「っ<治癒>!」
声と同時に千切られた右腕が瞬時に再生。またも魔兎に背後を取られ、右腕の痛みが来るよりも早く膝を立てて魔兎と向き合───
「きゅいっ?」
─── 背中側から魔兎の声。
だが、魔兎はまだ目の前に居た。最悪の可能性がよぎるが、しかし今は目の前の魔兎に精一杯。振り返れば、それこそ死が待っているだろう。
「……っ2匹目!!!」
シズクが叫び、想定した最悪の可能性が正しいことを知らされる。あと2分30秒、これは……流石に詰んだか? 絶望的状況になぜか笑えてしまう。
「リューロさん! <対象変更>!」
俺の名を呼ぶシズクの声で現実に再び引き戻される。その声はまだ生を諦めていない声だった。
──っていうか<対象変更>……?
確か自己対象のスキルを任意の対象に発動させることが出来るスキルだったか? 俺が持ってるスキルは……そうか! シズクの天才的なひらめきを理解した俺は賞賛の声を送りたくなる気持ちを抑えて、前と後ろの魔兎に叫ぶ。
「<逃亡>っ!!!」
<逃亡>は逃げることに関わる全てのステータスをアップさせ、副効果として戦意を喪失させることが出来るスキルだ。つまり、これにかかった魔兎は───
「「きゅっっ!!!!!!!!!!!」」
─── こんな風に声にならない悲鳴をあげて、まさしく脱兎のごとく全力で逃亡してくれる。
それにしても、シズクはどうして<逃亡>の副効果なんで知っていたんだろうか。少し疑問に思いながらも、シズクのスキルで展開されている時計を見ると現在時刻は17時29分、魔兎2匹相手に1分は稼げなかっただろうし、彼女の奇策が無かったら俺たちは死んでいたな。
「リューロさん!」
気を抜いた俺の背中を叩くシズクの声、それとほぼ同時に地鳴りのような低い轟音が鳴り始める。
「さっきので、いっぱい来てます!!! 」
いっぱい来てる? 何が?
と聞く前に答えは眼前に現れた。はるか遠くから白い何かが波のように押し寄せてくる。雪崩のように轟音と共に凄まじいスピードで押し寄せるそれは
「魔兎……」
そういえばどこかで見たことがある。魔兎は自分より遥かに強い敵から逃げる時に仲間を呼ぶことがある、と。
「む、無理じゃん……」
自然災害のような圧倒的死の恐怖にシズクは、力が抜けたようにへたりこんでしまう。
だが、さっきので十分に時間は稼げた。現在時刻、17時29分30秒。
「きゃっ」
「<軽量化>!」
俺はへたり込むシズクに覆い被さるように押し倒して、スキルを発動させる。
「今だ!!」
「え、あっ! <反転>!」
17時29分50秒、シズクの<反転>によって、俺の体重が普段の何倍にもなる。
あと10秒、魔兎の軍勢がたどり着くよりも早く─── 『死の豪風』が発生する。




