歩く
「クレバスがあるみたいだ、迂回しよう」
「はい」
後ろに着いてくるユミに俺はそう伝える。『セーフゾーン』である洞窟でお互いの今までを語り合った後、探索に出て既に半日が経過していた。デッドウルフの体であるユミは平気そうだが、柔らかく深い雪に足を取られるせいでかなり俺は疲労している。だからこそ、ユミに与えられたこの目の力が有難かった。
「コレ、凄いな」
「いえいえ、こちらこそ見ていただいてありがとうございます」
自分の目を指さして褒める俺に、ユミは謙遜するようにそう言った。探索を始める前、ユミは俺の目に自然災害的危険を見通すことが出来る能力を自身のレベルを代償として転生者特典で付与してくれたのだ。
ユミはいつか誰か迷宮から外に出ることを目指す人と出会った時、その人と協力し足を引っ張らないためにもずっと魔物と戦い続け、レベルを上げていたらしい。その彼女の長い年月に及ぶ努力のおかげで『雪火の山岳』の深い雪でも、俺たちはクレバスに嵌ることもなく、魔物にも苦戦することは無かった。
『代償成就』、その名の通り代償を支払うことで釣り合う願いを叶える能力らしい。代償となるものは、どんなものでも良く自らの所有物であれば概念であるレベルですら代償に変えられるのだから驚きだ。
・願いを叶える度に必要な代償は増える
・能力自体に干渉する願いは叶えられない
・永続的だったり、曖昧な願いは叶えられない
教えてくれた制限だけでもこれだけあるものの、彼女が研究所から脱出した時も今まで生きているのも全てその力だというのだから、かなり強力だ。
そんなふうなことを考えながら歩いていると突然後ろでユミが立ち止まった。
「魔物です。今度は私が行きますね」
「分かった、後方から支援する」
短くそう伝えるのとほぼ同時、はるか遠くからイグニッションエレファントが猛スピードで突進してくるのが見えた。
***
デッドウルフの死咆が直撃し消滅していくイグニッションエレファントを眺めながら、俺はさっきユミから聞いた事実を思い返していた。
「この上が研究所だったことってそんなに問題なんですか?」
よっぽど深刻な顔をしていたのだろう、ユミは完璧に俺の考えていることを言い当てて見せた。
そうなのだ、ユミや他の転生者をさらって魔物との融合の実験をしていた場所とはこの裏迷宮の4層だった。もっと言えば、話通りの場所ならば俺とリカがデッドウルフの大群に阻まれたあの空間だったのだ。
「大問題だ、共和国のダンジョンのはずなのに共和国以外の多国籍の人間が人体実験を行っているという点。あの場所を守っていたデッドウルフは教国の加護を受けていたと思われる点。そして」
リカは魔人が人間と同じ構造ということに気付いた時、険しい表情で研究所の位置を探っていた。それはつまり
「魔人は元人間だ、という可能性」
まだまだ疑惑は尽きない。教国が何らかの手段で魔物を操れるというのならば、1層で俺を追い掛けてきたあのミノタウロスも教国の差し金の可能性がある。アラクネのリィラは「教国に気をつけろ」と言っていたが、確かにその通りのようだ。
「まぁ確かに、研究所の中は本当に色々な実験をしてたみたいですけど、私はそれよりリューロさんの今後の方が心配です」
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだがな……」
まだまだそれが叶う日は遠いだろう。寒空の下、俺たちは再び歩き始めた。




