空中
だいたい高さ8メートルぐらい、街にあった鐘塔の半分くらいとはいえ容易に人が死ぬ。自由落下する俺に向かってクリスタルバードはその巨体に似合わぬスピードで羽ばたく。
「キエェェ!」
ガシッと俺の両肩に鉤爪が深く突き刺さり、今度は上に引っ張られる。
「っっ痛!!」
落下の衝撃全てが肩にだけ負荷をかけ、乾いた音と共に血が噴き出す中、あまりの激痛に俺は悲鳴をあげる。人間ほどの大きさの大鳥だ、爪も大きく力も強い。俺の肩が外れようとも、身からはみ出そうと、物のように俺のことを運ぶ。<治癒>したいが、奴に捕まっている状態で回復をしていいものなのか分からないから使えない。
── くそっ……どうする!?
俺を捕らえたままクリスタルバードは、飛行を始める。恐らくは巣穴にでも運んでじっくりトドメを刺すつもりなんだろう。奴が大きく羽ばたく度により深く肉を抉り、耐え難い苦痛を生む爪。そこからどうにか逃れたいが、空中で思うように動けず中々上手くいかない。それに、コイツから逃げたところでこの高さから落ちれば死ぬ。
あと25秒、空中歩行を使うのは絶望的に思われた。状況を理解すればするほど、どうしようも無い気がしてくる。肩がほぼ俺の体と分離しているせいで、肉が空気に晒され寒い。血がどんどん減っている影響もあるのだろう。
「キィエッ!!!」
「うわっ!!」
ほぼ宙ぶらりん状態のなか、クリスタルバードが突如威嚇のような声を上げて急ブレーキをかける。
「ヴォフッ……ヴゥ゛ゥ゛ゥ゛……」
低い、空気すらも震えさせるような唸り声に俺もようやくクリスタルバードが動きを止めた理由に気付いた。進路も退路も阻むように、囲う形で6匹の狼型魔物が居るのだ。光を全て吸収するような、輪郭が覚束無いほどの黒を身に宿す魔物に俺は心当たりがあった。心当たりがあるからこそ、冷や汗が止まらなかった。
「<鑑定>……やっぱり、か」
デッドウルフ、その6文字に天を仰ぎたくなる。階層間不固定出現魔物、つまり階層を問わずどこにでも予測不可能に現れる最早災厄とされる魔物だ。そのうちでもデッドウルフはいちばん有名な魔物、なぜなら武神パータロル様を殺したのがこの魔物だからだ。伝承では百を超えるデッドウルフに襲われたとか。
── だが、名前だけ?
俺は声も出さずに驚く、<鑑定>の結果で出てきた情報には魔物の名前しか記されていなかった。これが、奴が伝説的な魔物だからなのか、それとも……。
戦況は未だ停滞している。既に<空中歩行>が使える状態になっているほどに。空中にいる限り、いくらデッドウルフが伝説的魔物だとしても有利はクリスタルバードにある。それをわかってクリスタルバードは対空を続けているのだが……
── マズいな。
俺を持ったまま空中で留まるのはかなり無理をしているんだろう、徐々に地面に俺の体が近付いていた。数分もすれば、この拘束を抜け出して落下しても死なない高さになるだろう。だが、喜んでいられない。身体が地面に近づくということは、それだけこの狼どもの手が届くようになるということ。
それに、おそらくこのままではクリスタルバードは俺を見捨てて自分だけ助かる道を選ぶだろう。こいつにそれほどの脳があるか不明だが、もっと最効率を目指すならば俺をわざと高所から落として弱らせるのが最も適当な選択肢だ。
「キィエェっ!!」
ふわっ、と突如浮遊感が俺を襲う。予想通り、クリスタルバードは俺を見捨てたのだ。落下まで数秒、だが俺だってこの時間で打開策を見つけている。
「<水生成>!」
わずかな水を生み出す初級生活魔法、使う瞬間セージの最後の姿が頭をよぎった。得られた水を俺は思いっきりクリスタルバードの羽にかける!
洞窟内では雨がない、もっと言えばこの層には今のところ水源を見ていない。おそらく水が無いはずだ。この魔物は水ではなく空気中にある魔素によって、体を動かしているんだろう。
「キィィィェェ!!!」
「どうだ! 初めての水は!」
濡れた羽根で飛んだ経験なんてあるわけがない、俺の予想通りクリスタルバードは耳をつんざくほどの奇声をあげながら俺と同時に自由落下を始めた。
── 地上戦だ




