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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
たとえ明日が来なくても
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 昼間ずっとはしゃいでいたせいか、軽い発作を起こした昌は夕食を待たずに横になってしまった。

「明日は出かけるのをやめてのんびりしよう」

 顔色の悪い昌を気遣う。大樹に来てもらおうか、などと考えた。

「ドア、開けて寝てもいい?」

 心細いのかそんなことを昌が言う。

「今夜はここにいるよ。そしたら安心だろう?」

「ここに? この部屋で寝るの?」

「うん。待ってて、用意するから」

 日ごろから体は鍛えてある。ふんっ! と気合を入れてロッキングチェアを二階に引きずり上げた。目を丸くしている昌の前に置いてクッションと毛布を持ってくる。

「さ、寝よう」

「え、いいの? 疲れない?」

「慣れてるんだよ、父さんの看病で」

 それがよほど嬉しいらしくて、また発作を起こすんじゃないかと心配するくらいに喜んだ。

「ほら、大人しく寝ろよ。気になって眠れないだろ?」

 何度も目を開けて汐がいるのを確認する昌を怒る。ランプの明かりを弱くして寝たふりをするとやっと観念したようで、寝息が聞こえてきた。


 眠って幾らも経たない内に小さな音で目が覚めた。開けたドアを軽くノックしているのは大樹だ。

「驚いた!」

「しぃっ、ちょっといいかい?」

「はい」

 後について下に降りると、椅子に座った大樹が真面目な顔で汐を見た。

「こういうのは困る」

「こういうのって?」

「君はすぐにいなくなるだろう? だから昌をこんな風に甘やかさないでもらいたいんだ」

「こんなって、そばで寝てたことですか?」

「そうだ」

「今日も発作を起したんですよ。そんな時くらいそばにいてやらなきゃ」

「今まではそれでも一人でやってきたんだ。君がいなくなったら昌はどうなる?」

 カチン! と来た。あまりにも思い遣りが無さすぎると。

「だったら大樹さんがついててやればいいじゃないですか! こんな中途半端な形じゃなくって。昌はまだ16なんだ!」

「君に何が分かる? あの子は」

「その分からない相手に昌のこと頼んだのは大樹さんですよ」

 大樹は黙った。

「こんなに頻繁に発作起こすなんて重病人って言ってもおかしくないのに大人が誰もいない。どうかしてるよ! 一人でやってきただなんてよく言えるよ!」

「……悪かった。そうだな、君に押し付けたんだよな。明日帰っても構わないよ、後は俺がするから。これ」

 胸から財布を出したから汐は完全にキレて立ち上がってしまった。

「ふざけんなよ! そんなんでここに来たんじゃない、俺は自分の意思でここにいるんだ。俺は帰るつもり無いから。もう寝るから出てってくんないか!?」

 大樹は汐を見つめた。ふっとその目が和らいだ。

「済まない。……汚い大人社会に住んでるとね、人の善意って言うのが分からなくなるんだ。これでも昔は君みたいに…… いてくれるんならお願いだ。昌の自立心を消さないように付き合ってもらえないか? どうしたって君と離れる時は来るんだ。その時に苦しむのは昌なんだよ」

 汐は大樹の言葉でやっと落ち着いて来た。そうだ、過去も現在も未来も、昌のそばにいるのは大樹なのだから。

「すみません、言葉が過ぎました」

「そんなことないさ。君が怒って当然のことをした。……思った通りのことを口にして行動する。そうだよな、若いときってそれが出来るんだ。いてくれるなら有難いよ」


「大樹?」

 声が大きかったせいか昌が起きてしまった。下りてこようとするのを大樹が止めた。

「なんでもない、汐くんに今日のことを聞いてたんだ。もう行くよ、ゆっくり休みなさい。じゃ頼む」

「はい。さっきは」

 大樹が首を横に振ったから後の言葉は飲み込んだ。不安そうに見ている昌のところに戻る。

「ごめんな、声大きかったか?」

「怒鳴ってなかった?」

「いや、そんな風に聞こえた? 心配かけたね。大丈夫だから寝て」

 横になった昌の長い髪が広がる。

「髪、伸ばすの?」

「これ、願掛け」

 吹き出した。16の子どもが願掛け。

「大樹に好きって言ってもらえるようにって」

「じゃもっと素直にならないと」

「難しいんだよ、いろいろと」

「ませたこと言って。寝ろよ、起きててやるから」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみ」



 次の日は起きては寝て、起きては寝ての繰り返しだった。食事は汐が作って食べさせた。

「ごめんね、汐」

「いいんだよ。慣れっこさ、こんなこと」

「俺が女の子だったら良かったね。汐もちょっとは楽しめたのに」

「なに言ってんだか。本持ってこようか?」

「ううん、もう少し寝ていい?」

「いいよ。俺は本読むから」

 ロッキングチェアの座り心地にすっかり汐は嵌ってしまっている。だから苦にはならなかった。それより青白い昌が気になっている。


 二日ほどそうやって過ごして、やっと二人で散歩に出かけた。今日は風があって雲も出ている。歩くにはちょうどいい。

「外、気持ちいい!」

「そうだね。でも歩くだけだぞ」

「分かってるって。ね、磯のとこ、行かない?」

「釣りしないよ」

「座るだけ。浜で波を見るよりあっちが好きなんだ」

 ゆっくり歩く。薬は汐が持っている。クーラーボックスに冷えた飲み物も入れてきた。嫌だと言うのを、別荘に置いてあった麦わら帽子まで被らせてある。

 磯の置き石に座っていると、テトラポットにぶつかった波が姿を変えて寄せて来る。浜に寄せる波よりずっと荒いが危険はない。しばらく黙って二人でそれを眺めていた。

「いいね、こういう毎日も」

「去年は一人だったけど汐がいてくれるから今年は楽しいよ」

「去年も!?」

「うん。だってどこいたって変わんないし。去年は俺、もうちょっと元気だったから」

「去年も大樹さんが一緒?」

「まぁ、ね。でもさ、好きな人と一緒に寝るのってくらっとするからさ」

「くらっとって?」

「その、やだなあ! 分かるでしょ」

「ちょっと待てよ、本当にそういう意味で好きなの?」

「だって……カッコいいし。優しいし。いつもいてくれるし」

「そうだろうけど」

 それでも人恋しさがそういう気持ちにさせているのだと思う。女性が周りにいる気配は無いのだから。

「それで髪伸ばしたんだ」

「うん。大樹、お母さんみたいな人が好きなんだと思う。お母さんの写真、髪が長くってきれいでさ。その写真、時々じっと見てるんだ。俺ね、お母さん似なんだよ。帰ったら写真見せてあげる」

(知らない母親に似せようと髪を伸ばしているのか……)

「汐は? 好きな人、いないの?」

「あ、聞かないで。失恋したてだから」

「え、マジ?」

「そ、マジ」

「堪えてないように見える」

「失礼だな」

 確かに堪えていないと思う。1年半付き合って別れた一つ下の女の子。自分が思うより相手の気持ちが軽いと知って引いてしまった。

「『好き』っていうのにさ、二種類あると思うんだよ」

「二種類? どんなの?」

「『愛』に繋がる『好き』と、繋がらない『好き』。その場だけ楽しむんなら友達でいる方が楽だ。だから別れた」

「ふぅん……なんか難しい。汐もいろいろ大変なんだね」

「なんだよ、それ」

「ただのロマンチストじゃないんだなって思った」

「悪かったね、ロマンチストで」

「俺は『愛』に繋がる方だと思う」

「大樹さんに?」

 パッと顔が赤くなった。

「照れるっ」

「俺にはこんなに素直に言えるのに」

「……言ってみようかな……どんな顔すると思う?」

「そりゃ驚くんじゃないかな」

 間違いない。まして『愛』に繋がるなどと言われてしまえば。だが大樹は大人だ。子どもの憧れを上手く躱すことなど容易いだろう。

「からかわれてるって思うかもしれないよ」

「そうかなぁ」

「俺に変態って言っただろ? 大樹さんのこと」

「わ、言った」

「だから本気にしないんじゃないかな」

「……変態って言ったの、知ってたの?」

 汐は笑ってしまった。悲壮な顔をしているからだ。

「だいじょぶ、だいじょぶ。本気にしちゃいないよ」

「うわ、不安!」


 日が高くなる前に磯を離れた。戻って昼食を食べてから数学を教えようかと思う。昌は呑み込みがいいからあっという間に単元が進んでいく。こういう生徒は教えていて楽しい。

 だが昌の顔には疲れが見えた。大丈夫だと言い張る昌を寝室に追いやる。

「ほら、もう眠いんだろ? 今なにか作って来るよ。それ食べたら少し寝るんだ」

「大丈夫なのに」

 そう言う昌は、もう欠伸をしている。

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