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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
深水家の Three Men
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25.花が咲いて

 汐は去年の夏を思い出す。父の散骨のために訪れた海で昌と知り合った。あれからの生活の変わり方に、くすっと笑いが漏れる。

 父のいない日常に戻るのが怖かった。一人で帰宅し、父の思い出に抱きしめられる日々の中で過ごすのが怖かった。

 けれど実際には慌ただしい帰宅となり、すぐに二人を家に迎え入れる準備に追いまくられ、汐は三人家族として新たな出発をすることになった。

(一年……あっという間だったよ、父さん)

 父の遺影に語りかける。墓参りは無い。僅かに手元に残した砂の様な父の骨はきれいなガラス器に入っている。それに手を合わせて思いを巡らすが、寂しくはない。

(この生活、いいでしょ? 全然寂しくないし、俺は元気だよ)

 返事が聞こえるような気がする。

(まあ、いいんじゃないか?)

口元に笑みが浮かんで、汐は手を下した。


 今日はプールに行く日だ。昌のことが無ければ、泳ぎに行こうなんて気持ちも生まれなかっただろう。

 検査から返ってきた昌は元気溌剌だった。

「泳げるようになりたいんだ。そしたら彩ちゃんとプールに行く」

よこしまな理由だとしても、目標を持つのはいいことだ」

 厳かな顔で言うと、昌がぷっと膨れた。

「変な気持ちじゃないよっ、泳ぎに行くだけだよっ」

 汐はげらげら笑って、自分も協力すると伝えた。

「俺にもいい気晴らしになるし。大樹さんだけじゃ仕事の合間で疲れるでしょ?」

「助かるよ、汐くん。取りあえず明日は俺が連れて行くから」

 大樹の時間が空く時だけではとてもじゃないが練習が足りないだろう。なにしろ『早く彩ちゃんと一緒に泳ぎたい』んだから。


 昌は筋が良かった。筋肉の発達は遅れたが、元々は気質が体育会系だ。だから諦めると言うことが無い。前に進むコツを覚えると、後は早かった。スピードはまだ無いが、クロールと平泳ぎの基本はマスターした。

「後はスピードだけだね。それには練習しかないよ」

 昌は一人で練習に出かけることが増え、スケートのようにコツコツと上達していった。

 

「Ushio、泳ぎに行かないか?」

 ダンテに誘われて、下心が見え見えだから汐は即断った。

「今年はもうたっぷり泳いだから。行きたきゃ一人で行けよ」

「え、誰と行ったの?」

「いい人と」

 この生殺しの返事でダンテはのたうった。とうとう昌にこっそりと尋ねる。

「汐がプールに一緒に行った相手? 俺だよ。泳ぎ、教えてもらってたんだ」

 ほっとしたダンテは次は一緒に行きたいから誘ってくれと頼んだ。

「もう一人で大丈夫だよ。後は自分でやれるから」

 結局ダンテの再度の願いは改めて汐に却下された。


 そして、昌の念願が叶う。

「遊園地に行くんだ。その時にプールにも入って来るよ」

「良かったね! 楽しんでおいで」

 父は純粋に喜んでくれたが、汐はからかった。

「余計なこと考えるんじゃないぞ」

 あっかんべーをして、明日の支度をする。待ちに待ったデートだ。

 二人でティーカップに乗ったりジェットコースターに乗ったりしてわいわいきゃあきゃあ楽しむ。

 プールでは『泳ぎが得意なんだ』というところを見せて、彩に泳ぎを教えた。その可愛らしい水着姿につい目が行っては、慌てて目を逸らす。

(汐が変なことばっかり言うから意識しちゃうじゃないか!)

 そうだ、汐のせいだ、と昌は自分に言い聞かせる。彩のスタイルはすごくいい。スケートやダンスの時には感じなかった体の線が、少しピンクがかかったように浮き彫りに見えて来る。

(だめ! 一緒に泳ぐためだけに来たんだから!)

 昌だって健康な高校生男子なのだ。

 プールから出て、最後にもう一度観覧車に乗りたい、という彩の願いを聞いた。ゆっくりと上がっていく観覧車。さっきのプールの話をしたり、これから先のデートの話をしたり、塾の話をしたり。

「私も塾に入る。一緒に勉強しよ!」

「うん、苦手なとこ、教え合いっこしようか」

 観覧車がてっぺんに来た時。

「そっち、座っていい?」

 向かい側の彩がおずおずと言った。なんでもないことのように受け入れる。

「いいよ」

 隣同士に座って、少し無言が続く。

 動いたのは彩だった。

「昌くん、好き」

 そう言うと、愛らしい唇を昌に重ねた。

――ちゅっ

 それはまるで子どものキスだ。けれど目を見開いた昌は燃え上がった。彩の両肩に手を置いて、何度か『ちゅ』『ちゅ』と繰り返す。

 二人で照れて、後は手を繋いだ。観覧車を下りる時には、昌が彩に手を添えた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 遊園地を出るまで、二人の手は繋がったままだった。


  

「やっぱりデートすると違うね! あれからの昌はえらく元気だ」

 大樹の言葉に笑う汐。自分もそうだった、初デートの後はずい分はしゃいだものだ。

 大樹は自分の頃を振り返ることをやめた。今となっては空しい。本当の意味で女性と付き合ったことがあるとは言えない。けれど女性はもう懲り懲りだという思いが強かった。


 夏休みが過ぎて汐と三人で進学塾のパンフレットを突き合わせ、昌は大樹と見学に行った。そしてその塾を今度は昌と彩が見学に行く。

 そうやって塾が決まり、昌の二学期は順調に始まった。張り切るに決まっている。キスまでした相手と、塾でも一緒、スケートでも一緒、委員会でも一緒で部活は同じ体育館の中で目を合わせては微笑み合う。

 ちっちゃなケンカはした。朝の待ち合わせに遅れたとか、誰かに優しい声を出したとか、声を掛けられて嬉しそうだったとか。

「俺には! ……彩ちゃんしか目に入らないよ」

「私だって! ……昌くんしかいないんだから」

 厄介なのは、二人とも人気があることだ。二人の仲がいいのは見て分るのだが、いくらでも入り込む余地があるとみんなは思っている。

 

 二学期が始まって10日。

「付き合ってること、公表しないか?」

 昌としては人の目を気にして動くのはもう御免なのだ。彩には恥じらいがある。きっとからかわれたりトラブルも起きるかもしれない。昌は彩のクラスでも女子の間で取りざたされている。

 けれどラブレターが昌の下駄箱に入っていたことで彩の気持ちが一変した。

「公表したい! 昌くんが誰かに取られちゃう」

「そんなことないって! こんなのもらったって断るんだから」

 彩の大きな目が涙で潤んで、大粒の涙がぽろっと落ちた。昌は決めた。

「じゃ、俺に任せてくれる?」

「うん」

「今日からみんなの前でも手を繋ごう。雨の日は一緒の傘に入る。彩ちゃんの教室にも行くよ」

 彩は大きく頷いた。


 部活が終わった後、体育館で昌は大声を上げた。

「彩! 一緒に帰れるだろ?」

 突然の大声で彩は焦ったが、真っ直ぐ自分を見る昌の誠実な目に応えるように声を張り上げた。

「うん! 昌!」

 全員が振り返った。

「おい! お前ら、いつの間に」

 親友の中西が昌を肘で小突いた。

「夏休みに何回かデートしたんだ。それで付き合うことにした」

「えええ、デート!?」

 中西の声はデカい。それはすぐにみんなに伝わった。部長の槙野まきのはカチンときたらしい。

「仁科! 用具片付けとけ!」

「今日は俺が当番だけど」

 中西が果敢に槙野に言い返す。

「いいよ、俺やっとく」

「だって横暴だろ、こんなの!」

「でも部長来るの今週いっぱいで終わりだから」

 三年生は受験体制に入り、もう次の部長も決まっている。後を引き継ぐのは中西だ。

「俺、こういうこと嫌いなんだ」

 中西は構わず用具を片付け始める。

「俺だって羨ましいよ。でもそれ、お前たち二人の間の問題だし。しょうがないだろ、失恋したら次の恋愛で頑張ればいいんだ」

 中西の声の大きさはそのままだ。槙野がツカツカと二人の前に来る。中西が昌の前に立った。

「みっともないよ、先輩。散り際はかっこよく! 失恋したの先輩一人じゃないんだから」

 何か言おうとした槙野は口を閉じた。深呼吸を繰り返す。

「分かった。仁科、悪かった。俺、ずっと吉住が好きだったから。俺の分も大事にしないとぶん殴るからな」

「大丈夫です、先輩。俺、彩のこと本気で好きだから」


 一触即発から免れて、昌は中西に手を差し出した。

「ありがとう! お前のお陰だよ」

 中西は握手はせずに昌の手を引っ叩いた。

「このヤロー! 俺も好きだったんだからな! 泣かせたら承知しないぞ!」

 昌はニヤッと笑った。

「同じ高校に行くって約束してるんだ。大切にするよ、お前の分も」

「うわぁ、聞くんじゃなかった!」

 いい、と言うのを昌は中西の片づけを手伝った。彩が声をかけてくる。

「昌、先に下駄箱に行ってるね」

「すぐ行くよ」

 中西がぶつぶつグチを零しているのを無視して片付け終わるとタオルを肩にかけた。

「お先!」

「おぅ! 勝手に帰れ!」


 下駄箱に行くと彩が待っていた。少し顔が赤い。いきなりの呼び捨ては思い出しても恥ずかしい。

「いやだった?」

「だって急に……でも嬉しい」

「ホント? なんか嫌がってそう」

「ばか、そんなこと無いもん」

「じゃ」

 昌は彩の手を握った。

「帰ろう」

「私……」

 彩が手を放した。ん? という顔を昌がする。

「この方がいい」

 彩は昌の腕に自分の腕を回した。腕を組まれて、今度は昌が赤面した。

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