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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
たとえ明日が来なくても
3/35

 月は半欠けだが、薄い影を作るほどには明るかった。浜まで来ると広がる波の音に光が揺らめいていて幻想的だ。

 汐は海に向かって座った。来たばかりの頃はこうやって何時間も座っていた。思うのはいつも父のことだった。

(父さん。もっと他の話をすればよかったね、墓の話だなんてバカみたいだ)

 最初の夜はそれで泣いた。

 次の夜はあれもこれも、し足りないことばかりが浮かんで悔やんで泣いた。

 そしてもう泣くのをもうやめようと思った。

 家に帰ったら父の日記を読もうかと考えている。読まずに焼いてしまおうか、そんな思いもまだ持っているが、好奇心というより父の思いを知りたい。肝心なことを何も話さずに逝かれてしまったようで。


「こんばんは」

 思いの中に漂っていたから声をかけられて飛び上がりそうになった。

「あ、ごめん。驚かせてしまったね。足音で気がついているかと思ったんだ」

(誰?)

 それが聞こえたかのようにその男性は自己紹介をした。

仁科(にしな)大樹(ひろき)と言います。昌の付き人のようなものなんだけど、どうも嫌われていてね。隣、座ってもいいかな?」

「はい」

 返事はしたが分かっていない。

「あれ? もしかして分からない? 昼間、昌が俺のことストーカーみたいに言っただろ?」

「あ!」

 そうだ。ついでにあのときに言われた言葉も思い出した。

『恋人みたいに』

「俺、男です。恋人じゃないです」

 大樹は吹き出した。

「それを言うなら、俺もストーカーじゃない。昌のことだから『変態』とでも言ったかな?」

 明かりが月で良かったと思う。きっと真っ赤になっている。

「なに、散歩?」

「はい。あ、鍵! かけてないんです、不用心だけど」

「大丈夫、かけてきたよ。いつも2階の寝室の明かりが見えたら外からかけてるんだ」

「そうなんですか!」

「だから帰るなら俺と一緒じゃないと中に入れない」

「良かった! 安心しました」

「きみは真面目そうだね」

「そう、じゃなくて、真面目です」

「なるほど。訂正するくらいに真面目なんだな」

「変ですか?」

「いや、安心したよ。あの子の周りに君みたいな子はいなかったからね」

 年齢が分かるほどには月の下は明るくない。

「すみません、仁科さんは」

「大樹でいいよ」

「じゃ、大樹さんっておいくつなんですか?」

「34。きみからしたら結構おっさんだろ?」

「そうでもないです。父は46でしたから」

「……今は? 亡くなったの?」

「はい。この海には散骨のために来たんです」

「そうか…… そんな時に昌のことで巻き込んでしまって申し訳なかった」

「いえ。縁だって思ってます」

「きみ、昭和?」

「昭和って?」

「古いからさ、言うことが」

 ちょっとむすっとしてしまった。

「自分だって、ギリ昭和のクセに」


「昌のこと、知りたいんだろ?」

「はい」

「あの子は高遠グループの系列会社の社長の息子だ」

 やっぱり、と思った。コマーシャルなんかでよく高遠グループの名前を見る。ドラマのスポンサーだったり。

「兄弟は?」

「いるよ、彼は末っ子だ。我がままに育ったからね、あまり姉や兄にも相手にされていない」

「でも一人っきりで別荘だなんて」

「俺がついてるから」

「それでも!」

「いろいろと事情が、ね」

 そこからは聞いてはいけないのだろう、と察した。

「心臓が悪いんですね。あなたと別れた後、ニトロを飲ませました」

 さっと自分を見る気配を感じた。

「それで」

「取り敢えず僕の泊まっていたホテルに連れて行って休ませました」

「ニトロ、と分かったんだね」

「父は心臓病だったんです。手術中に亡くなりました」

 しばらく無言が続いた。

「そうだったのか…… なら余計に辛いだろう」

「でも彼の面倒を見れます。あんな風に一人にしておくくらいなら」

「それで別荘に?」

「昌に頼まれたから。一緒にいてほしいって」

「そうか」

「長いんですか? 心臓悪くなってから」

「生まれた時からね。学校も休みがちだったから余計我がままで」

「でも料理もちゃんと作るし。本棚見たら問題集とか参考書とかも並んでたし」

 大樹はくすっと笑った。

「プライドは高いんだよ。だから学校に行ったときに遅れを見せたくないんだ」

「それ、偉いです! いい口実にしてサボるより」

「留年……したくないんだよ、あの子は。たとえ幾らかとは言え、今のクラスには話が出来る相手がいる。留年したら島流しと同じだから」


 似たようなことを父が言っていた。

『たまに会社に行くと驚いた顔されるね。異動が多い場所だから、知らない顔があったりな。おとぎ話の浦島太郎になったような……』

 冗談めいて言っていたが、そう聞こえるように言っていただけなのだと分かった気がする。


「父は…… 辛いという顔をしたことが無かったです。そんな話もしなかった」

「大事にされてたんだね」

「……はい」

 そうなのだろう。父子二人。なにかあればこうやって遺される自分。それを考えなかったとは思えない。父のことを思い出すと、ほがらかな笑顔だけが浮かんでくる。

 零さないと誓った涙が夜の中に零れた。

「昌のそばにこのままいてもいいですか? 大樹さんは嫌われてるんでしょう?」

「そりゃはっきり言い過ぎじゃないか?」

 大樹は笑った。笑いが治まると真面目な声に変わった。

「いいのかい? 君の予定は」

「ないです。家に帰るのが……帰りたくないって思ってたし。帰ってやることっていったら遺品整理だし」

「辛いね」

「大学は休学しました。だから本当にやることないんです」

「だから『縁』なのかい?」

「ええ」

 手を差し出された。その手を握る。

「頼むよ。助かる。ついでに家庭教師も頼まれてくれるかい?」

「喜んで」


 別荘に戻るとドアにあったメモがない。

「食材とかいろいろテーブルに置いてたのは大樹さんなんですね?」

「そう。会うのを嫌がるからね。メモを通しての関係だよ」

 大樹は軽く笑った。

「寂しいんじゃないですか?」

「俺が? まあ、嫌われていい気分はしないけどね。君じゃないが、俺には昌の世話しか仕事が無いんだよ。だから手間がかかるのは大歓迎なんだ。そうだ、きみの好き嫌いは? 必要な物あれば昌と同じようにメモを貼ってれてもいいし。ああ、携帯の番号とアドレスも交換しておこう。……万一のことも考えないとね」

 ずっとこういう間柄なんだろうか、そんなことを思った。これしか仕事が無いなら余計寂しいに決まっている。自分なら嫌だ、遠ざけられて見守るのは。父にそんなことをされたらきっと後悔しか残っていなかっただろう。

(あ……昌はまだ分かってないのかもしれない……悲しませたくないから遠ざけてるとか……?)

 そんな可能性を考えてみた。いつ逝っても構わないように。もしそう思っているなら大樹を大事に思っているのかもしれないと思う。

(本当に嫌なら鍵を預けないよな。買い物も頼まない)

 なんだか昌の心がちょっと見えたような気がした。

「ここに来てなにか一緒にやったこともないんですか? 例えば買い物とか」

「最初は一緒に回ったよ。近場の店にある物、無いものを知っておいた方が頼むのも楽だからってね」

(やっぱり……だったら嫌いなわけがないじゃないか)

 大樹は気がついているのだろうか、そんな昌の思いを。

(でも……まだ会ったばっかりなんだ。俺があれこれ口出すことじゃないよね、父さん)

「昌のこと、任せてください。健康面、様子見てるのは慣れてますから」

「良かった。君に出会えたこと、確かに『縁』かもしれないね。なにかあったら時間関係なく連絡をくれ。すぐ近くのホテルにいるから」

「はい」

 鍵を開けてもらって中に入る。

(不思議な感じ)

 鍵を気にしない生活。そんな日々がこれから始まる。

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