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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
深水家の Three Men
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21.ダンテが来ない

「どうしたの? 元気ないみたい」

 夕食どき、口数の少ない汐に昌が聞いた。

「え?」

「聞こえなかった? 何かあったの?」

「いや、別に……」

「俺たちに隠し事?」

「昌、汐くんにだってプライバシーっていうものが」

「そうなの? プライバシーがかかってるような問題なの? だからハンバーグがこうなったの?」

 結構鋭い突っ込みだ。

 夕食のメニューはハンバーグとサラダ。味噌汁はワカメ。汐の手作りハンバーグはいつだって結構イケてる。ジューシーで、スパイシーで、とにかく美味い。けれど今夜のハンバーグはイケてない。パンチが無い。

「ごめん、残していいよ。塩コショウ忘れたんだ」

「汐らしくないね」

「昌! 贅沢言わずに食べなさい。君は部活。俺はエスコートが続いてずっと汐くんばかり食事当番だろ?」

「ダンテとケンカしたの?」

 大樹に返事をすることもなく、昌の追及が続く。

「ケンカなんかしてないよ。ただ……」

「ただ? なに?」

「向こうが勝手に来ないんだ」

「それって大事件だよ!」

 そうだ。昨日は一日おきの図書館行きも来なかった。別にそれはそれでいいのだ。この二日間、ダンテに煩わされることも無く静かに過ごせた。けれど人間不思議なものだ、うるさくても日課のように生活に飛び込んでくるダンテがぷつりと来なくなったことに僅かに気持ちを揺り動かされている。

「ね、行ってみたら?」

「どこに?」

「ダンテのとこ。お隣なんだしさ、汐も気になってるんでしょ?」

「なってないよ」

「嘘だ」

「なってないって!」

 ちょっと荒々しい返事になってしまって後味が悪くなる。

「ごめん。今日はちょっとナーバスになってるみたいで」

 汐はお代わりすることなく、茶碗を持って台所に立った。自分の食器は自分で洗う。これはこの家のルールだ。

「悪いね、多分調子が悪いんだ。今日は早く寝るよ」

 部屋に入っていく汐を二人は見送った。

「俺、行ってみようかな」

「変に二人の間に立ち入るのはやめなさい」

「父さんは気になんないの?」

 気にはなっている。口実が無くたってこの家に入り浸るあのダンテが来ない。だがこの問題の世話を焼くのはどうかと思う。ダンテの恋を応援するわけには行かかないし、汐の心に踏み込むわけにも行かない。

「二人の問題なんだ、外野は首を突っ込まない方がいいと思う」

「そういうもんかなぁ」

 昌はハンバーグの最後の一切れをぱくっと口の中に放り込んだ。


(そうだ、そんなに気になるなら行ってみればいいんだ)

 そうは思っても、自分の行動の引き起こすかもしれないトラブルには身を置きたくない。汐には想像がつく。

『寂しかった? そんなに俺のことが心配だった?』

 いかにもダンテの言いそうな言葉がダンテの声で聞こえてくる。

(いいじゃないか、たまには一人で図書館に行ったって)

けれど昨日は結局図書館には行かなかった。いつだってダンテは迎えに来て大声を上げるのだ。

『汐、用意できてる!?』

 それが連絡の一つも無く来なかった。汐は今にもチャイムが鳴るかもしれないと、出そびれてしまった。振り回されたようで、そのことにも正直腹が立っている。そして今日、やはり音沙汰がない。

(明日は図書館に行こう。静かでいいや)

『飲み物いるかい?』

『ここの問題分かる?』

 そんな問いかけが無ければ勉強もはかどるだろう。汐は明日は一人で出かけることに決めた。



 次の日。

(ダンテが来なくたって出かける!)

 固くそう決めて出かける用意をした。それでもいつもの時間までは待った。時計を見る。ため息をついて荷物を持ち、外に出た。


「Ushio!」

 フィオレだ。ちょうど外に出てきたのだろう。

「こんにちは。ダンテ、どうしてます?」

 思わず聞いてしまって心の中で舌打ちした。

(気にしてないからな!)

「ええ、やっと少し良くなってきたわ。ごめんなさい、心配かけて」

「良くなってって、病気ですか!?」

「あら、知らなかった? 風邪をこじらせてしまったの。あ、Ushioには知らせなかったのね?」

「じゃ、今寝てるんですか?」

「横になってるわ。熱も下がり始めたしだいぶいいのよ」

「……お邪魔してもいいですか?」

(仕方なく、だからな! 聞いちゃった以上放っておけないし。……いつも世話になってるし)

「もちろんよ! 喜ぶわ、どうぞ」

 フィオレの許可をもらって中に入った。ダンテの部屋なら知っている。


 ため息とも深呼吸ともつかない息を吐く。ノックをした。

「ダンテ、入ってもいいか?」

 返事が無いから(どうしよう)と思いつつ、ちょっとドアを開けて覗いてみた。

(眠ってる)

 そばに立ってその顔をじっと見る。

(お前、黙ってればいい男なのにな)

 改めてその彫りの深い顔を見つめる。色黒で精悍な顔。少し伸びている髭が良く似合う。まつ毛が長い。

 ぱちっとその目が開いて、汐は慌てた。言い訳をする。

「フィオレに具合悪いって聞いたから」

 現実が把握できていないような顔だ。

「Ushio? なんで?」

「だから表でフィオレに会ったんだよ。それでお前が風邪こじらせてるって」

 ダンテはぱっと毛布を被った。

「Ushio、部屋を出て! うつったら困る!」

「大丈夫だよ」

「だめだ、Ushioが風邪を引く!」

「だから来なかったんだな。連絡くらい寄越せばいいのに」

 そろりとダンテが顔を出す。

「そこの机の上にマスクがあるから」

 机に目をやるとマスクの箱があった。

「お前、マスクなんてするのか?」

 外国人はマスクを嫌がるのに。

「フィオレにうつしたくないからさ。子どもが出来てるのに」

 そういう心遣いはダンテらしい。汐はマスクをつけた。

「さ、これでいいか? 喉乾いてないか? なんか取って来てやるよ」

「ほんと!?」

 ダンテは舞い上がってしまった。これはもしかしたら『看病』という類ではないだろうか。

「じゃ、スポーツドリンク」

 喜んで甘える。

「OK、待ってろよ」

 汐はバッグを机において、勝手知ったる霧島家の冷蔵庫に向かった。

 冷蔵庫に行くと、スポーツドリンクは僅かしか残っていなかった。

(これじゃ足んない)

小銭入れは尻のポケットに入っている。そのまま外に出た。

 近くにある自動販売機にはスポーツドリンクが無かった。

(仕方ない、コンビニに行くか)

大した距離じゃない。

 コンビニに入って、スポーツドリンクと、周りを見回してプロテインバーを買った。ダンテが好きでよく食べている。

 霧島家に戻って二階に上がった。

「ごめん、遅くなった」

「もう帰ってこないかと思った」

 その心細そうな声がちょっと可哀そうになる。

「悪い、言って行けば良かった。スポーツドリンクがほとんど無かったから買ってきたんだ。ほら」

 ダンテは感激してしまった。

「こっちは?」

「お前に。好きだろ?」

 プロテインバーだ。これはダンテとしてはなんとしても治らなくちゃならない。

「具合悪いなら遠慮せずに言えよ」

 滅多に寝込まないダンテだから汐も心配はしている。

「心配させたくなかったんだ」

「いきなり来なくなれば心配だって……いや、気になるって言うか」

 ダンテの目がキラキラと光る。

(まずい、このままじゃ)

「じゃ、俺帰るよ。これから図書館に行くんだ」

 バッグに手を伸ばす。

「Ushio……そんなにいやか?」

 聞いたことも無いような弱弱しい声だ。汐はまた座った。

「何度も言ってるだろう? 友人としてなら付き合うよ。俺はお前を親友だと思ってる。でも事態をややこしくしてるのはお前なんだ」

「親友……それ、同性なら最高に嬉しい言葉だけど。けど、俺は」

 汐は今度こそ立ち上がってバッグを手にした。

「寝ろよ。しっかり治してくれ。お大事にな」

 俯くダンテに心を鬼にして背を向けた。ドアを開けて立ち止まる。

(……俺は甘いや)

「次、図書館に行くまでに治ってるといいな」

 そう言葉を残して階段を下りた。残ったダンテはほっとした。少なくとも図書館には一緒に行ける。


「帰るの?」

 フィオレが紅茶を手に階段の下にいた。

「ごめんなさい、これから図書館に行くんです」

「Ushioは真面目ねぇ。お茶だけでも飲んでいかない?」

 断る理由も無い。汐はリビングについて行った。

「いただきます」

「どうぞ。ダンテ、起きてた?」

「はい。……俺ね、ダンテのこと友人にしか見えないんです。フィオレもそこ、分かってもらえますか?」

「やっぱりダメなのね?」

「無理です! 友人としてならいくらでも付き合えます。あいつ、気持ちのいいヤツだし、一緒にいて楽だし。でもそれは恋愛感情じゃない」

 フィオレは残念そうにカップを置いた。

「そう……仕方ないわよね、こればっかりは。私だって女性と付き合えるかって聞かれたら無理だし。分かった。もう面白がったりしない。約束するわ。Shiroにも言っておく」

「ありがとう! 俺もダンテに分かってもらえるように頑張るから」

「大変よ」

「それでも」

 少なくとも霧島家に来て3対1になることはもう無さそうだ。それだけでも有難い。

 フィオレは玄関の外まで送ってくれた。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます。ダンテのこと、お願いします」

 結局は心配せずにはいられない。4年越しの付き合いなのだから。

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