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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
深水家の Three Men
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20.ファンクラブ

 2ヶ月が過ぎ、汐はダンテと図書館へ。昌は学校、大樹は女性のエスコートで歌舞伎座へと出かけていた。

「あなたとこうやって過ごすの、とても楽しいわ」

「ありがとうございます」

「どう? この後お食事でも」

「今日の予定は歌舞伎座だけと伺っていますが?」

「お礼よ。いつも良くしてくださるんですもの」

 この高野という女性は40代後半、少々強引な所がある。

「申し訳ございません。次のスケジュールが入っておりまして」

 これは無理な要求を出された時の断りの文句だ。フィオレには『次のスケジュール』という言葉を使うように言われている。

「ま、いいじゃないの。じゃ、お茶を飲みましょう! それくらいなら構わないわよね?」

『いい? 一人を許すと総崩れになるわ。一回を許すのは「何回でもどうぞ」と言うのと同じなの。気をつけてね』

 フィオレに何度も言われた言葉だ。大樹はしっかりと高野の目を見た。

「とても残念です。今度またご予定を承ります。その時にお茶でもいかがですか?」

「……いいわ! もう帰ります。タクシーで帰るから送っていただかなくても結構よ」

「え?」

「ホスト風情がバカにして!」

 高野は大樹を振り切って一人帰ってしまった。

 大樹はすぐにフィオレに連絡を取った。事情を話すとフィオレの方が怒り出す。

『もう高野さんは除名します。嫌な思いをさせてごめんなさい』

「そんな、フィオレのせいじゃないです。……お茶くらい付き合うべきだったでしょうか」

『とんでもない! 断ってくれて良かったのよ。ありがとう。気をつけて帰ってきてちょうだい』

「はい」

 決められたとおりの対応だったと自分でも思ってはいる。けれど実際に目の前であんな態度を取られれば平静ではいられないものだ。大樹は重い気持ちを抱えてフィオレの家に向かった。


 普段着に着替えてリビングに行くと、フィオレはお茶を入れてくれた。

「本当にごめんなさい。高野さんにはもう電話したの」

「なんと仰っていましたか?」

「いらいらしたことがあって、つい八つ当たりをしてしまったって…… でもやっぱり辞めていただこうと思ってる」

「そうなんですか」

「あなたのこと、旅行に連れ出したいなんて言い出したのよ。規約違反になるからとお断りしました。何があったのか知らないけどそれをファンクラブに持ち込まれちゃ困るわ」

「旅行……」

 さすがにそれは受け難い。

「今度ちゃんとお会いして脱会していただくから。それでね、この際だからあなたに先々のことを話しておこうと思って」

「先々、ですか?」

「いつまでもこの状態を続けるのはあなたの家庭にも良くないでしょう? あのね、これはまだ誰にも言ってないんだけど……」

「なんです?」

 フィオレが話すのを躊躇うところなど初めて見た。

「赤ちゃんが出来たの」

「あか…… おめでとう! おめでとう、フィオレ!」


 実は四朗に聞いたことがあった。こんなにフィオレの世話になっていいものかと。なにしろ『ホスト』なのだから。

「フィオレは一度流産してね。転びそうになったのを私が捉まえ損ねてしまったんだ……それから子どもが出来なくなってしまった。フィオレを自由にさせているのは、その寂しさを紛らわせるためなんだよ。君みたいな真面目な男性相手で良かったと思ってる」


「四朗さん、喜んだでしょう!」

「まだ……話してないの」

「どうして!」

「怖くて……また流産したらShiroを悲しませてしまう……」

「フィオレ。四朗さんにちゃんと言うんです。二人で乗り越えていかなければ。あなたが黙っていることの方が四朗さんは悲しみますよ」

「……言った方がいい?」

 きっとフィオレは後押しをしてほしいのだ。二度目の妊娠を怖がっている。

「もちろんですとも! あなたが辛かったように四朗さんも辛かっただろうと思いますよ。二人で支え合えばきっと大丈夫!」

「ありがとう……そうね、今夜話すわ。Shiroは喜んでくれる。きっとそうよね?」

「ええ。大喜びしますよ」

 フィオレの顔が輝いた。

「それでさっきの話なんだけど」

「はい」

「私がその状態になったのだからファンクラブの存続を考え直すつもりなの。もうあれからスケジュールもあまり入れてないし。あと三ヶ月。それで終わりにしましょう。そこまで頑張ってもらえるかしら?」

「いいんですか!」

「私の決めることだもの」

「でも皆さんは」

「Hirokiが心配しなくてもいいのよ。ちゃんと私たちの間には取り決めがあるし、過去にもこんなことはいくらでもあったの。事情が私の妊娠だから反対する人もほとんどいないと思うわ。大丈夫、安心して」


 霧島家を出て、外の空気を大きく吸った。

(終わる……終わるんだ、やっと)

 苦境を乗り越えられたのはこの『ホスト職』のお陰だった。けれどいつまでもやってはいられない。自分は昌の父親なのだから。

(あと三ヶ月)

 みんなに報告することを考えると、自然に笑顔が浮かんできた。



 大樹は店に報告しに行った。やはり事情はきちんと自分の口から伝えておきたい。電話をすると、木嵜は待っていると言ってくれた。

「実は」

「ファンクラブのこと、ですね?」

「はい」

 驚いたことに木嵜からその話を振ってきた。

「フィオレ様が午前中に見えましてね。ファンクラブの解体について話をお聞ききしましたよ」

「そうなんですか!」

 フィオレの決断と行動はいつも早い。それに救われる思いだ。

「こんなに早く解体になってしまっても大丈夫でしょうか?」

 大樹としては一応聞いておきたい。自分に注がれた大金を考えてしまう。返金などという話が出てきたらどうしたらいいのか。

「もっと早く解体するファンクラブもあります。お客様の我がままに振り回されることが多いんですよ。飽きた、とかね。主催者側の問題だから仕方がありません。そのための契約です。店としては懐は何も痛まないし、当然利益も出ています。あなたたちに係る費用も全てファンクラブの資金から出ていますから損害はありません」

「ファンクラブに対して返済が必要になることは無いんですか? あれだけの費用を僕個人にかけていただいたのに」

「契約書に書かれていたことが全てですよ。そういった事項はありませんでしたね。フィオレ様も気にしないでしょう」

「フィオレ様の……ファンクラブを解体させる理由については」

 木嵜の顔がほころんだ。

「おめでただと伺いました。ご主人のご苦労を存じ上げておりますから本当に良かったと思います。社長もとても喜んでいました」


 話がトントン拍子に進んで大樹はほっとしていた。これなら本屋での正社員になる日も近い。

「それで、今後のスケジュールですが」

「はい?」

「私としては店の看板になって欲しいと思っています。あなたにはもう下地がある。店としてもいいお客様にお勧め出来ると考えています」

「ちょ、ちょっと待ってください。実は僕は退職を考えているんです」

 木嵜が黙ってしまった。大樹をじっと見る。

「いろいろお世話になって有難く思っています。でも最初に申し上げていた通り、僕はホストの仕事に抵抗があります。息子との穏やかな家庭生活を守りたい。そのためにも夜はきちんと息子のそばにいたいんです」

 大樹は必死だ。ここまで話が順調に来たのに、なし崩しに店に出ることになってしまったら……

「確かに店をやめる自由はあなたのものですが。私としては仕事を続けてもらいたい。日中しか来ることのできないお客さまも結構いますよ。それならどうですか?」

「木嵜さん、お願いします。僕にはこの仕事を続けていくつもりがないんです。どうか分かってください」

 木嵜が怒っているようには見えなかった。大樹は昌のことをある程度話した。心臓病だったこと。手術をしてようやく普通の暮らしが出来るようになったこと。今は負担をかけずに大事にしてやりたいこと。

「そうでしたか。……そういう事情なら分からなくもありませんが…… そうですね、まだファンクラブが終わるまで時間があります。これほどの高収入を提示できる職業は他には無いと思いますよ。しばらく考えてみてはいかがですか? 私も社長とあなたへの待遇の件について話し合ってみます。お互いに結論を急ぐのはやめましょう」

 店側としては利益を追求したいに決まっている。だが自分はもう高収入を必要としていない。そこまでの欲が無い。

「社長にお会いしたいです。直に話をさせてください」

「残念です。今イタリアに戻っているんです。社長が戻ったら連絡を差し上げますからもう一度考え直してみてください」


 この日は退職の話は先に進まなかった。外に出て店を振り返る。

(円満退社というわけにはいかないかもしれない)

暗い思いを抱いて電車に乗った。


 店から連絡が来たのはその3日後だった。

「社長が戻られたんですか?」

『とにかく来てください。お待ちしています』

 大樹は店に向かった。


 木嵜は難しい顔をして待っていた。

「私の退職の話ではないんでしょうか」

「高野さま。分かりますね?」

「ファンクラブの会員だった高野さまですか?」

「ええ。ここに見えてあなたのことを知りたいと…… 自宅を教えてくれと言われました」

「え?」

 高野はファンクラブを除名されたはずだ。不服で苦情を言いに来たのだろうか。

「どんな経緯の方なんですか?」

 木嵜が聞く。大樹は除名になるまでのことを話した。

「あの、苦情というわけではないんですか?」

「ごくたまにこういうお客さまがいます。俗にいう『入れ込む』ということですね。こんなお客さまが多くつけばホストはすぐにトップに立ちます。でもあなたは退職を考えている」

「はい」

「本当にそうしたいですか? こんなお客さまが出ると言うことはあなたには素養があるっていうことなんです。もったいないと私は考えるんです」

「高野さまに僕の自宅を」

「そんなことはしません! ホストのプライバシーを守ることでこの店はホストたちの信用を勝ち取っています。皆さんに安心して長く勤めて欲しいからです。それが他の店とこの店の大きく違う点なんです」

 大樹はほっとした。せっかく得た家庭生活を手放すわけには行かない。

 大樹の顔つきを見て木嵜はため息をついた。

「そうですか…… 退職の意思、固いんですね」

「はい。僕は息子との生活を守りたい。ホストになったおかげで救われた部分、確かにあります。でもそれは息子を守りたかったからです。今は退職することが息子を守ることになると分かっているんです」

 木嵜は小さく頷いた。

「実は……社長にあなたのことについて話しました。社長はファンクラブの保証人でもあった霧島氏と話されたようです。あなたを引き留めたいのだと」

(四朗さんと?)

「霧島氏から社長は言われたそうです。あなたの思う通りにさせてやってくれないか、と。あなたに助けられたことがある、それに報いたいから意向を通してやって欲しい。退職を認めてやってくれないか、そう頼まれたとのことです」

(僕に助けられたこと?)

 大樹には覚えがない。

「社長も今検討中です。その間にあなたの気が変わるといいのですが。またご連絡します」

(少しはいい方向に進んでるってことかな)

 昌が誇れる自分になりたい。その思いでいっぱいの大樹だった。


  

 次の日の夜、本屋も休日。特に予定が入っていなかった大樹は隣の霧島家を訪れた。

「まあ、Hiroki! いらっしゃい! 今日はね、3人でホームパーティーしてたの。良かったらあなたもどうぞ」

「え、じゃ出直します」

「予定があるの?」

「特に無いですが」

「じゃいいじゃない。寄ってらして」

 やや強引にフィオレに誘われてしまった。

「すみません、急に伺って」

 四朗もいる。もちろんダンテも。

「さ、座って」

 ダンテがすぐに立って大樹の分もグラスやら皿やらを用意してきた。

「ごめん、ほんとに」

「嬉しいよ、来てくれて。今日はお祝いしてるんだ」

「お祝い?」

 フィオレがちょっと頬を染める。

「赤ちゃんが出来たお祝い。今日のお昼にShiroが日本に帰ってきたから」

 四朗がすぐに立ってきた。その勢いに大樹も思わず立つ。両手で手を握られて大きく振られた。

「大樹くん! ありがとう、君のお陰だ! 君がフィオレを説得してくれたお陰で赤ちゃんのことを打ち明けてもらったんだ」

「そんな……たいしたことを言ったわけじゃないですし」

 フィオレが大樹の言葉を打ち消した。

「私ね、本当にShiroに言えずにいたの。怖かったのよ、無事に生まれるかどうかも分からないし。でもHirokiが背中を押してくれたから思い切ってShiroに報告が出来たわ」

「だから君は私にとって恩人なんだ。こんなに素晴らしい報告が聞けて私は……」

 言葉に詰まった四朗は、もう一度大樹の手を振った。

「さ! 是非一緒に祝って欲しい! 今夜のパーティーに君が来てくれたなんて、運命だね、これは!」

(このことだったのか……)

 自分では普通の話をしたつもりだったが、それでもフィオレの後押しが出来たのだろう。

「四朗さん。俺の退職の件、口添えしてくださってありがとうございます。今日はそのお礼が言いたくて」

「いいんだよ。私も君の役に立ちたくてね。こうやって子どものことを考えると君の言うのは尤もなことだと思うよ。昌くんの笑顔を思い出したんだ」

 グラスを口に運ぶ四朗は本当に嬉しそうだ。

「オネストは感激家だ、話はよく分かってくれた。来週には日本に来ると思う。君は何も心配しなくていい」

「ありがとうございます! 俺の方こそ助かりました」

「そう言ってくれれば嬉しいよ」


 これで退職問題はとんとん拍子に進む。後2ヶ月ちょっと。夏には本屋の正社員になれるのだ。

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