19.新学期
蒼涼高校は登校時、校門に風紀委員が立っている。
「おはよう!」
「おはようございます!」
「おはよっ」
明るい声、ちょっとテンションの落ちた声。そんな声が行き交う。昌の声はもちろん明るい。
明日からはハードな勉強が始まるが、今日は学生鞄も軽い。
「掲示板、どこですか?」
クラス分けを見たい。
「あっちだよ」
人の流れていく方向を指差され、そっちに向かった。
(仁科昌……仁科昌……)
見つけた。二年C組。クラスの中に彩を探すが、名前は無かった。
(彩ちゃん、クラス違うのか……)
がっくり落ちそうな肩を後ろから叩かれた。
「おはよ、昌くん」
「おはよ! 俺、C組」
「私ね、D組。隣の教室だよ」
「そっか……残念」
二人並んで校舎に向かって歩く。
「部活、どうするの?」
「んんー、陸上と体操。どっちかにしようと思うんだ。彩ちゃんはどう思う?」
「スケート、続けるの?」
「そのつもりだよ」
「じゃ、体操がいいと思う! 体幹が鍛えられるし。私もダンスと体操、どっちにしようか迷ったんだから」
「じゃ体操にしようかな」
動機は不純だが、こうなると彩との接点はスケートだけになるかもしれない。それは逃したくない。
「じゃ、またね」
「うん、また」
軽い挨拶を交わして教室に入った。
担任の教師は男性だった。二年生を持つのは二度目だと言う。
「じゃ、出席番号順に趣味とかそんなことを自己紹介してもらおうかな」
(え、趣味?)
生徒から明らかにいやそうな言葉が出る。
「部活とかでもいいですか?」
「じゃ、入部してるクラブ名でもいいよ」
自分の前の男子が立ち上がった。
「中西圭吾です。体操部です」
(体操部だ!)
次が女子。
「中島恭子です。新聞部です」
そして昌だ。
「仁科昌です。転校したてなのでクラブは決まっていません。体操部に入りたいと思っています」
ぱっと中西が振り返った。腰を下ろすと小声で話しかけて来る。
「マジ? 体操やんの?」
「うん、考えてるとこ」
「経験は?」
「ないんだ。初心者」
「へぇ……良かったら今日連れてってやるよ」
「サンキュー! 助かるよ」
明日からのスケジュールなどを聞かされて、ホームルームは終わりとなった。
中西が連れて行ってくれた体操部の部室はきれいだった。顧問が掃除に煩いのだと言う。
「いい先生だよ。元体操選手だったから厳しいけどね。今日は見学ってことで見て行けば?」
「いいのかな」
「大丈夫だって。一年の勧誘は来週からだけど、俺の紹介だって言えばいいし」
中西圭吾は気さくな男子だった。昌より一回り体格がいい。着替えるとその筋肉に驚いた。
「みんな中西くんみたいな体してんの?」
「三年はもっとすごいよ」
「俺もそうなるかな」
以前より大きくなったとはいえ、どう見ても自分は貧弱だ。
「だいじょぶ、だいじょぶ。俺も去年はひょろっとしてたから」
それを聞いて安心した。なら来週入ってくる一年がいれば目立たないかもしれない。
「だれ?」
学生服のまま体育館に入るときれいな逆三角形の体型をした男子が寄ってきた。
「俺と同じクラスの仁科です。体操部に入りたいって、今日は見学で」
「俺は部長の槙野。体操の経験は?」
「ないんです。あまり運動もやったことなくて」
「一年の時はなにしてたの?」
「転校してきたばかりです。前の学校ではちょっと病気してて無所属でした」
じろじろ見られたが、飾ってもしょうがない。
「じゃ、中西、いろいろ教えてやって。いいと思ったら入部届出してくれればいいから」
「はい!」
「おっかない人だね」
「そうでもないよ。5月に大会があるからピリピリしてるだけ」
「5月!? すぐじゃん!」
「仁科は気にしなくていいよ。選手は大変だけどさ」
「中西くんは?」
「中西、でいいよ。俺は候補から落ちたの。8月にも大きな大会あるし。そこ目指して頑張ってるとこ。部長は三年だからさ、8月が最後の大会になるんだよ。それもあってピリッとしてるわけ」
「ふぅん」
中西は説明上手だった。練習前のストレッチを見せられる。
(やっといて良かった!)
汐とダンテのお陰で多少なりともついていけそうだ。
体育館の一角が賑やかになる。振り向くと女子ばかり。
「あれね、ダンス部。他に卓球とか応援部とか一緒になるんんだ。第一体育館はバレーボールとかバドミントンとかだから」
見ていると彩がこっちに気づいた。にこっと笑顔を見せられて自分も笑顔を返す。どうやら彩はクラブでも積極的な女子のようだ。
昌のトレーニングは日に日に本格的になってきた。学校は楽しい。いつも教室の隅っこにひっそりといた昌は、今はそのど真ん中で大声で喋ったりしている。中西の交友関係が広いお蔭でどんどん友人の輪が広がる。
「どこから引っ越してきたの?」
「ね、前の学校ではなにやってたの?」
そんな女子の質問にも飽きもせず何度も同じ説明をする。友だちと話す、それだけのことがこんなにも楽しいとは知らなかった。
「お前、相手考えて喋った方がいいぞ」
中西が注意してくれる。
「どうして?」
「勘違いする女子が増えるからさ」
クラス委員を決める時にも積極的に手を挙げた。前もって彩に聞いておいた美化委員。結構やることが多いが、横の連携が必要だから委員会が活発だ。その分彩と会う機会が増える。
今では通常となった彩との帰り道。
「どう? 体操部」
「楽しいよ! 中西がいろいろ教えてくれてさ、今は基礎体力作りの真っ最中」
「心臓……苦しくない?」
彩にはこれまでのことを話してある。汐の家にいる経緯まで。
「もうなんともないよ。これからはどんどん体動かしていくんだ」
「無理、しないでね」
「ありがと!」
昌の生活は今、絶好調だ。
「Ushio~、分かんないとこ教えて」
ダンテが家に入り浸っていることを汐は良しとしていなかった。
「もう昌も学校に入ったんだから自分一人で勉強しろよ」
「ええ、一緒に勉強した方が効率いいだろ?」
「俺は一人の方が効率がいい」
大樹は今日はエスコートで出かけているし、日中ダンテと二人きりなんて汐にしてみれば冗談じゃない。
「夕食はさ」
「それももういい。俺一人でなんとでもなるから」
「Ushio、冷たい! 今まで俺、一生懸命やったろ?」
「感謝してるよ。だから図書館になら一緒に行く。それで手を打て」
ダンテにしてもデート先が図書館じゃロマンもへったくれも無い。けれど汐の頑固さはよく知っている。
「……じゃ、明日から午後は図書館! それなら構わない?」
「一日おき。それなら構わない」
「……手を打つ」
ダンテには辛い恋路だ。叶うとも思えない愛の行方。けれど最近じゃその危なっかし気な道を歩くこと自体に楽しみを見出している自分に気づき始めてもいる。




