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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
深水家の Three Men
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18.解放

 冬を通り越し、3月らしい晴れ間を覗かせたある日。大樹は大きなビルのエレベーターに乗っていた。今日は大樹にとって過去と決別するけじめの日だ。


「何しに来た」

 高遠の声は相変わらず冷たかった。それでもすんなりとアポイントを取れたのは有難かった。不要の言い争いはしたくない。

「お借りしていた三千万円の返済のために伺いました」

 大樹がそう言うと高遠の片方の眉が上がった。

「返済、だと?」

「はい。これまで昌のことを面倒見てくださったこと、有難く思います。感謝しています、本当に」


 高遠はソファに座れとも言わなかった。自席から高圧的に見上げる姿勢は以前と変わらない。

「借金でもしたのか?」

「……都合がつきました。なによりも高遠さんに早くお返ししたくて」

 どう都合つけたのかを言うつもりは無い。借金をして用意したのだと思われても構わなかった。

 高遠は内線で橋本という秘書を呼び出した。

「中を改める。橋本、数えてくれ」

「はい」

「はい」

 橋本に大金の入った大きな封筒を渡す。

 もちろん、帯封のついた新札百万円の束で持ってきたのだが、信用ならないということらしい。最後の嫌がらせの意味もあるのかもしれない。

 その間、高遠は無言で書類の事務処理を続けている。まるで大樹がそこにいないかのように。


 橋本は小声で高遠に「合計三千万円です」と告げる。高遠は頷いて、やっと大樹を見た。

「この後お前がどこで借金まみれになるのか知らんが、もう私には関係ない。一切の関係を断つという意味でも、念書を書いていってくれ」

「分かりました。なんでも書きます」

 これで解放されるのだ、高遠家と。そう思えば最後の屈辱などどうということもない。

「それで? 昌との貧乏暮しは上手く行っているのか?」

 持っていたペンがぴたりと止まる。けれど言い返したくない。大樹は橋本の言葉に従って念書を書き続けた。

 日付と名前を書く。

「印鑑などなんの役にも立たん。橋本、朱肉で指紋を取っておけ」

「はい」


 感慨深かった。この18年というもの、この高遠家に縛りつけられて長い時を経てきた。

「最後になにか言いたいことがあるか? 聞いてやらんでもない」

「いえ。長い間、大変お世話になりました。お蔭さまで昌と二人、暮らして行けます。ありがとうございました」

 けじめはけじめだ。大樹は深く頭を下げた。

「これでお前たちとも縁が切れる。清々する、もう思い出さんでもいいのだからな。二度と私の前に顔を出すな」

 口は開かなかった。再度頭を下げる。秘書に促されて部屋を出た。


 外から大きなビルを見上げる。

(終わった…… 昌、やっと終わったよ)

札束を叩きつけるより、高遠に罵声を浴びせるより、自分には大事なことがあった。

(もう二度と昌の人生に関わらせない)

 悪かったのは全て綾子だ。そして、自制できずに突っ走った若い頃の自分。

 それでも昌という大きな財産を得た。その喜びの方が大きかった。



「今夜はご馳走なんだね!」

 昌が驚いている。ワインが出て、スープ、サラダ、そしてステーキ。パッと見て普段の夕食とは明らかに違う。

「今日はお祝い事があったからね」

「え、なに!?」

「昌には分かんないこと」

「汐のこと?」

「ま、そう」

 大樹の返済が終わったお祝いだと言えるわけが無いからそういうことにしてしまう。けれど大樹には汐の気持ちが伝わっていた。

 うるっと来ている大樹を見て汐が慌てる。

「大樹さん! 食べ終わったらコーヒーお願いしていい?」

「あ、ああ、分かったよ。……汐くん……」

「な、なに?」

 続く言葉はきっと「ありがとう」だろう。こういう時に大樹のような純朴な人間は困るのだ。実に誤魔化しが下手だ。

「君には」

「ミルクだけでいいから。砂糖は要らないよ」

 目配せをする。昌の方に僅かに指を差す。やっと(ああ)と思い至ったらしい。

「分かった。ミルクだけだね」

「変なの! いつもそうじゃん、父さん忘れたの?」

「うっかりしたんだよ。ね、大樹さん」

「そ、そう、うっかりした」

「ふぅん」

 それでも食事の最中に時々大樹の手が止まる。

「父さん、今日食欲無いの?」

「いや、そうじゃないよ」

(きっと今までのことを思い出してるんだ)

 汐には分かる、どんなにこのことで大樹が自分を追い詰めて来たか。


 コーヒータイムになってやっと落ち着いたらしい。大樹の笑顔が多くなった。

「具合、良くなった?」

 昌は昌で心配している。せっかくのご馳走も今日の体調には重かったのかと。

「大丈夫だよ。昌……楽しくやって行こうな」

「え、なにを?」

 慌てて汐が付け足す。

「ほら、高校生活! あっという間に3月も終わるしさ、そうだ、部活決めたの?」

「まだはっきり決めてないんだ。陸上やろうかなって思ってるんだけど」

「陸上かぁ、俺と同じだね」

「体鍛えるんだ。部活って選べるの、一個?」

「掛け持ちしてる子、結構いるよ。体育会系と文系とかさ。でも最初っから飛ばし過ぎない方がいいと思うよ」

「分かった、よく考える」

 これですっかり大樹のことは頭から飛んだらしい。大樹が感謝の表情を汐に見せる。汐は笑顔で応えた。



 大きな荷が下りた大樹は、清々しい思いで日々を迎えた。

(もう考えなくていいんだ)

それを毎朝自分に言い聞かす。それほどに三千万という重圧は重かった。

(晴れて親子二人、自分たちのことだけ考えて行けばいいんだよな)

 まだ問題は残っている。ホストの仕事をいつまで続けなければならないのか。

(でも貯金が増えると思えば……昌の進学費だって心配なくなるんだし)

それでも月に七百万近い収入には心が痛む。フィオレには最後の日まできちんと務めを果たす、と告げてある。後はフィオレの意志一つだ。

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