15.学校見学
「学校見学に行こう」
昌が喜んだ。編入試験は2月だ。
「行くのは俺と大樹さん。ダンテは来なくていいから」
ある意味ダンテは有名人だ。大学でもそうだが高校でも。なにしろ『愛のために留年した男』だ。だからつれてなど行きたくない。
「汐、俺に偏見持ってるだろ」
「そういうの偏見って言わない、正当な評価だ」
「親友、なら認める?」
「認める。お前以上の友人はいないよ」
「じゃ、もう一個ランク上げるって言うのは」
「無し。さ、出かけるよ、二人とも」
こうしてつれなくもダンテは置き去りにされた。
「大きいんだね! 体育館が二つ!」
「バスケもバレーボールも全国レベルだからね。卓球だってバドミントンだって負けちゃいない」
「汐はなにやってたの?」
「俺は陸上と弓道」
「中と外?」
「そうなるかな……陸上は弓道のためにやってたようなもんだよ。ストイックになるって言う意味では同じだから」
中に入ってグラウンドを歩く。大樹が懐かしそうにサッカーゴールを撫でた。
「大樹さん?」
「俺はね、サッカーがやりたかったんだ。ほんの少しクラブにも入ったよ。バイトするからって言うんですぐにやめたけど」
「そうだったんだ……バイトって?」
「俺は施設の出なんだよ。だから……家庭教師を」
そこからは踏み込んではいけない話だ。『綾子さん』の娘さんに勉強を教えていたのだから。
「上手じゃないんだ、そんなにやってないからね」
少し悲し気な大樹の気持ちを察して尚も先を聞こうとする昌を促した。受付に向かう。
「他の学校から編入を希望しています。学校見学をしてもいいでしょうか」
「どうぞ。ここにお名前を……あなた、深水くん?」
「はい」
「あなた、よく覚えてるわよー」
その記憶がダンテ込みだとしたら汐は全く有難くない。
「優秀だったものね、評判だったのよ、卒業してからも」
「ありがとうございます。あの頃は本当にお世話になりました」
父に無理をさせたくなくて、手続きごとは全部自分でやっていた汐だった。
「担任だったのは江川先生ね、もうすぐ授業が終わるわよ。ちょっと待つ?」
「いいですか?」
「どうぞどうぞ!」
受付室に入れてもらってお茶までもらった。大樹が挨拶をする。
「仁科と申します。息子の昌がこちらに編入したいと申しまして」
普通のスーツだが、すでに大樹は普通の男性じゃない。身のこなし、話し方、笑顔、人の惹きつけ方……
「お父さま、でいいんでしょうか」
「はい。今日はお世話になります」
彼女はすっかり『逆上せ上って』いる。受付のもう一人の女性もちらちらと大樹を覗き見してくるし、大樹は困ってしまった。
そしてやっとチャイムが鳴った。
「待たせたね! 久しぶりだ、元気そうじゃないか!」
江川は人づてに汐の父親が亡くなったことを聞いていた。来校していると聞いて、一瞬どんな顔をしようかと迷ってしまった。
「お父さんのこと、聞いてたよ。伺いもしなくて悪かったな」
「いえ、身内で終わらせたような式でしたから」
思ったより汐の声が沈んでいなくて江川はほっとした。
「そうか……今日は?」
「彼は仁科昌くん。こちらはそのお父さんです。仁科さん、江川先生は3年の時の担任の先生だったんです」
大樹はすっと手を差し出した。
「仁科と申します」
つられるように江川が手を握る。今どきの男性がするような仕草には見えないが、大樹には嫌みを感じなかった。
(大人の男性、って感じだな。でもそれにしちゃ若い)
昌と大樹を見比べた。
「息子がこちらの転入試験を受験を希望しておりまして、今日は汐くんに甘えて見学に参りました」
「そうですか。編入ということですね? ご事情を伺ってもいいですか?」
「引っ越しをしまして。今息子は17歳です。実は心臓が悪く手術を受けました。その関係で一年留年となります。汐くんにもこちらの高校が大変いいと勧められて伺いました」
「なるほど……」
江川はにこっと笑うと昌の目を見た。
「体はもうすっかりいいのかい?」
「はい。部活も経験が無くて今からすごく楽しみなんです」
「留年ということは納得してるのかな?」
「自分でそう決めて父に言いました。二年生は中途半端だったんです。半分くらいは休学だったし。一年はぎりぎり出席日数足りたんですけど」
江川は大樹の方に顔を向けた。
「試験は2月の上旬になります。ちょっと待っていてください。確か転入試験の過去問があったはずなので見てきます」
「ありがとうございます」
江川が出て行った隙に大樹はこそっと汐に聞いた。
「今の俺の喋り方、おかしくなかった?」
「ちょっと硬かったけど気にするほどじゃないよ。きっときちんとした人だって感じたと思うよ」
「良かった!」
今の大樹には、普通の会話の方が難しくなりつつある。
「父さん、考え過ぎ! リラックスして」
「う、うん」
いまだにこの息子に『父さん』と呼ばれることが嬉しくて堪らない。なにしろ17年間父親じゃなかったのだから。
「お待たせしました。こちらです。一年もぎりぎりだったということは、この中身に追いつけそうかな」
昌はぱらぱらと捲っていった。
「大丈夫だと思います。勉強、汐とダンテに見てもらっているから」
「ん、んん!」
慌てて汐が咳払いしたがもう遅い。
「ダンテ? 汐くん、その、君たち今、その、付き合って」
「いません! しょうがないんです、家が隣同士だからアイツ、侵食してくるんです!」
江川は思い出していた。廊下を走って逃げていく汐と、高らかに「Ushio~」と叫びながら追っていくダンテの姿を。途端に吹き出した。
「そうだよな。君はずっと逃げ回っていたもんな」
「もちろんです! 冗談じゃないです、付き合うだなんて。ただアイツも面倒見のいいところがあって昌の勉強を手伝うことになっただけです」
「君たちはいまだに不思議な関係だね」
「先生! 今日の見学の話!」
「あ、ああそうだった。どうする? 僕は次の授業があるんだが深水くんに任せてもいいかな」
「はい、大丈夫です」
「じゃ、悪いが任せるよ。帰りは気にせず都合に合わせて帰っていいから」
「はい。ありがとうございます」
全員で立ち上がる。大樹が一番背が高く、受付の園田さんともう一人の女性の目が釘付けだ。男性の江川から見ても驚くほどいい男だ。
「手続きは1月15日までにお問い合わせください。詳細をお知らせしますから」
大樹はごく自然にまた手を差し出した。
「今日はありがとうございました。また改めてお世話になります」
「授業中だから静かにね」
「ここ、作りが変わってるね! 中庭があってそれを囲んだ建物なんだ!」
「そうだよ。廊下に出ればどの教室からも中庭が見えるんだ。結構いいだろ?」
「うん、いい!」
所狭しと掲示板にはあれこれ貼ってある。部活の勧誘や大会、コンクールなどの成績発表。生徒会からのお知らせや学校新聞…… それを昌は熱心に読んだ。
「汐、生徒会やってたんだよね?」
「そうだよ」
「どうだった?」
「楽しかったよ、すごく。毎日充実してたし」
「部活と両立で来たの?」
「土日も学校は開いてるからね、少なくとも俺は困らなかった」
昌の中で、汐が目標になりつつあった。なんでも出来て優秀で。
「恋愛とかは? 好きな子とか」
「付き合ってた子はいたことはいたけど……学校での付き合いなんてたかが知れてるよ」
「ふぅん……」
どこまでもスマートで冷静な汐。
『俺の前ではそれが崩れるんだ』
ダンテの言葉を思い出す。
(ダンテってすごいや!)
校舎内をゆっくり回って、音楽室や美術室、視聴覚室にいろんな部室などを見せた。次は体育館やグラウンド、中庭を見て回る。
「中庭ってベンチがいっぱいあるね」
「ここで休憩とか勉強とか。昼には飯食ったり。あ、購買部も充実してるんだ。弁当だけじゃ腹が減るからよく休み時間にここで勉強しながら食ってたよ」
「ずい分自由な校風なんだね」
「ええ。この学校はいいですよ」
自分を褒められたようで汐は嬉しかった。
「購買部ってどこ?」
「こっち。保健室の近く」
連れて行ってもらうともう開いていた。今は11時過ぎだ。
「何時から開いてるの?」
「10時。文房具も売ってるよ。いざって時に助かる。あ、おばちゃん!」
「あら、久しぶりねぇ! どうしたの?」
「俺の親戚の子。今度ここに転入するから見学で来たんだ」
「そう! よろしくね、頑張ってここに入んなさい!」
「はい、ありがとうございます!」
「内緒!」
そう言って飲み物を三本もらった。昌は気を引き締めた。
(絶対、ここに入ってやる!)
「お帰りぃ。どうだった?」
「すごかった! あそこ、絶対に入りたい!」
「Akiraなら余裕だよ。何が良かった?」
ダンテは置いてけぼりにされたことも忘れたように陽気に話しかけてきた。この辺り、イタリア人らしいと言えば言える。
「全部! 俺、入ったら生徒会やりたい!」
「いいけど、Ushioみたいになるなよ。発作起こすほど入れ込むなんて」
「カッコいいよ! ダンテって汐の追っかけだったんでしょ?」
「そうだよ」
「なのに生徒会、やらなかったの?」
「うぅん……俺向きじゃないしね。拘束されるみたいでそれが苦手かな」
「そうなんだ……」
汐がそこで混ぜっ返す。
「ダンテが立候補したって落ちるさ、票が集まらなくて」
「いやいや、俺の魅力でそこは」
「ゲイだってだけでハンデだろ?」
「う!」
昌は早速過去問を開いてみた。さっきパラパラと見た雰囲気では、充分解けそうだったが。
「あ、過去問?」
「うん」
「うちでコピーしてくるよ。試しにやってみればいいじゃないか」
「ホント!?」
「待ってろ」
飛び出していくダンテ。
「いい人だよね、ダンテって」
「いい人だよ、俺さえ好きじゃなきゃ」
「う、うん」
最近はフィオレじゃないが、ちょっとダンテに肩入れし始めている昌。胸中複雑な気分だ。
「じゃ、バイト行ってくるね」
「あ、行ってらっしゃい! 気をつけて」
「行ってらっしゃーい」
ドアがバタン、と閉じるのを確認して、汐と昌はひそひそ声で話し始めた。当人がいないのだから、普通に話しても構わないはずだが。
「大樹さん、どんどんカッコ良くなってるんだね。そばにいると分からないけど」
学校での職員の大樹に対する反応を思い出しているのだ。
「俺、自慢していいってことかな」
「そうだよ、自慢していいんだよ」
昌がほっこりした顔になる。そこにダンテが過去問のコピーを持って入ってきた。昌は早速問題に取り組んだ。




