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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
深水家の Three Men
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14.日和さん

 日和さんが腰を痛めた。次に梅干しをもらいに行って分かったのだ。

「言ってくれなきゃ!」

 汐の言葉が嬉しいらしい。

「ありがとう、汐ちゃん。あなたくらいよ、私の心配をしてくれるなんて」

「お家の人たちは? 知らせてないの?」

 沙代里さんが言う。

「あまり気にしてくれないのよ。年取れば当たり前だろうって」

「そんな」

「82だからねぇ。いい施設を探してくれるって言うんだけど」

「施設? 冗談じゃないっ、日和さんはまだ若いです!」

 その日から病院の送り迎えは汐が始めた。


「あなたにこんな負担をかけるわけにはいかないわ」

「負担ってなんのこと? 俺、楽しんでるんだけど」

 汐にしてても近しい身内などもういない。

「遠い親戚より近くの他人! 父さんの時だってそうだった。日和さんはいつも俺のことホントの孫みたいだって言ってくれるでしょ? 俺の都合の悪い時はダンテが請け負ってくれるから。安心して」

 ダンテも同じ気持ちだ。汐と付き合い始めて……友人になって分かったのは『ご近所さん』の意味だ。他のご近所さんは適当に相手をするが、汐の言う通り、日和さんと沙代里さんは特別なひとたちだ。

「あなたたちが本当の孫だったら……心からそう思っているわ」



 その日和さんが……ある日、ぽっくり逝った。真夜中に一人で。沙代里さんも気づかなかった。

 いつも自分より早起きの日和さんが起きてこない。

「日和さん、まだ寝てるの?」

 穏やかな顔だったそうだ。だから沙代里さんは初め気がつかなかった。ようやく気付いた時には自分の心臓も止まるかと思った。

「ひよ、ひよりさん、ひよりさん、」

 その衝撃は沙代里さんには声のかけようのないほどのものだっただろう。


 そして5時42分。沙代里さんは汐の家を訪れた。まだ寝ぼけ眼のパジャマ姿の汐は、浴衣とスリッパ姿で訪れた沙代里さんを見て、「大樹さん!」っと叫んだ。大声は泊り込んでいたダンテも叩き起こした。玄関に飛び出すと、そこに呆けた沙代里さんが立っている。

「Sayori?」

「ダンテちゃん…… 日和さんを知らないかねぇ……」

 汐は日和さんの家に駆け出した。ゾッとしたダンテと大樹は沙代里さんが転ばないように付き添って林家に行った。

 中から「日和、さん……日和さぁああん……」と汐の泣き声が響いた。


 二人でいるからこその元気な姉妹だった。片羽をもぎ取られた沙代里さんは、何も分からないまま息子夫婦に引き取られることになった。施設に入れるのだと言う。抗議しかけた汐を、大樹が止めた。

「大樹さんっ、施設なんかに入れられたら沙代里さんは」

「それはね、ご家族が決めることなんだよ、汐くん。俺たちに出来ることなんか限られてるんだ。ましてご婦人だろ? 俺たちにはなんのお世話も出来ないんだよ」

 涙の迸る汐をダンテがいつまでも抱きしめていた。

「Ushio、辛いね……一番可愛がられてたからね、泣きたいだけ泣くといいよ」

 沙代里さんに挨拶をしたかったが、知らない間に『ご家族』は林家を空にしていた。汐の手に残ったのは、古いかめに漬けられた梅干しと、味噌だけだった……


 汐が心配だから、とダンテはずっと泊まり込んで世話をした。あれ以来塞ぎ込んだ汐は勉強さえしない。

「汐くんが心配だ……」

 大樹も昌もどうしていいか分からない。

「俺があちこち連れ出すから」

 父が亡くなった時には、この家自体が遺品だった。だから汐はなんとか自分を保てたのかもしれない。

 ダンテは何も言わない汐を連れ回した。プールでぽつんと汐が呟いた。

「なにもしたくないんだ、ダンテ」

「それ、HiyoriもSayoriも喜ばないよ」

「喜ぶ? いないのに」

「バカだろ、Ushio!」

 初めてダンテが汐に怒りを露わにした。

「今のUshioは可哀そうなんかじゃない! 思いに浸るのはもう充分だ、何か始めろよ! Hiyoriの喜ぶ顔を思い出せよっ、そうじゃないとHiyoriもSayoriも本当に可哀そうだ!」

 汐はダンテの顔を見上げた。

「俺に、できること」

「そうだよ。お前にできることだ」


 次の日汐は一人で買い物に出かけた。買ってきたのは、大豆。たらい、プラスチックの樽。久しぶりの笑顔だ。

「味噌、作る。梅干しは梅雨時に作るもんなんだって。味噌ならいつでも作れるから日和さんの味を探すんだ」

 ダンテを見る。

「手伝ってくれる?」

「もちろんだとも!」

 こうして、汐の味噌づくりが始まる。そして、次の梅雨には梅干しも。


 味噌は寒い時期に作って約10か月後ぐらいに食べられるようになる。大豆を煮て潰して、麹と塩を入れて。やることはあっという間に終わってしまった。汐はテーブルに座り込んでじっとその樽を見つめていた。ダンテが肩を叩く。

「お疲れっ」

「お疲れ……ありがとう、ダンテ」

「いいってこと。Amore(アモーレ)! キスを!」

「それは、無い」

 汐は樽を持つと床下収納庫にしまった。後は参考書を取り出して勉強を始める。

「ダンテ、懲りないね」

 昌が呆れて言うとダンテはウィンクをした。

「でもさ、エンジンはかかったろ?」

 昌が目を丸くする。確かに汐は次の行動に取り掛かったから。

「ダンテ、俺、上手く行かないで欲しいけど上手く行って欲しいよ」

「どういう意味?」

「せめて汐が女の子だったら良かったのにね」

「そしたら愛は生まれないよ、Akira」

「……やっぱり上手く行かなくていいや」

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