13.ホストとは
「見たい見たい見たい見たい見たい!」
「俺も見たい」
今、昌と汐が「見たい」とごねているのは、エスコートをするために支度を始める大樹の様子だ。
風呂は自宅で入った。これから霧島家に移って身なりを整える。その出来上がった姿を見たいのだ。
「だめだ、そんなの」
ちょっと赤くなった大樹が懸命に止めるが、言うことを聞かない。特に昌が。
「一度見せてあげたら? それでもいいんだろ? Akira」
ダンテが口添えする。
「うん! 一度でいい! 父さんのそういうカッコ見たい!」
「俺もできれば」
二人とも好奇心いっぱいだ。とうとう折れて、大樹は二人とダンテを伴って霧島邸を訪ねた。
「いらっしゃい! あら、Ushio、Akira、どうしたの?」
「実は……」
二人の願いをフィオレに言うと、フィオレが大笑いをした。
「そう! じゃ、お父さんが『アルベロ』になる姿を見たいのね?」
「『アルベロ』?」
二人の口が揃う。
「hirokiは本名を使わないの。プライバシーを守れるのよ、ファンクラブでは」
「ファンクラブ、だって!」
「すごいな……」
「……支度してきます、遅刻するとまずいから」
「美しく、ね」
「フィオレ!」
別室に大樹が着替えに行っている間、ダンテが飲み物を入れて来る。温かいレモネードだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
昌は大人しくご馳走になった。待ち遠しくて心が忙しいのだ。
「パーティー、ご招待ありがとうございます」
「いいのよ、Ushio。久しぶりよね、パーティーを開くのも」
「ええ。そう、ですね」
最後に来たのはいつのことだったか。父の具合が悪くなり、そこからは霧島邸にもほとんど来ていなかった。
「身なりもラフにね、身内ばかりだし」
フィオレは快活に言った。暗い雰囲気にしたくない。汐の気持ちを考えるからだ。
「ありがとう」
軽いお喋りをしながら大樹が出て来るのを待つ。
「時間、かかるんですね」
「正装ですからね、今日は舞台の観劇にお付き合いするのよ」
「そうなんですか」
「Akira、心配だったんでしょう? ホストなんて聞いて。何も心配いらないわ。ファンクラブが出来たことで、大樹はそういうものから守られるの。会則で私が許さないから」
「ありがとう! それ聞いて安心しました!」
フィオレは温かい目で昌を見た。本当なら四朗と自分の間にもこんな男の子が生まれるはずだった…… だから昌が息子のように思えてくる。
「あなたの嫌がるようなことはさせないわ、Akira。私がHirokiを守りますからね」
そこに大樹が出てきた。昌も汐も立ち上がって大樹の姿を見つめた。声も出ない。
軽く撫でつけた髪。アルマーニのスーツ。ネクタイ。磨かれた靴。背筋がピッとしているからスーツ姿が映える。
「かっこいい……」
「かっこいい……」
「こら! そんなこと、言うな」
大樹はもう真っ赤だ。
「Hirokiは体格がいいからとても見栄えがいいのよ。車は大丈夫ね? 地図は頭に入ってる?」
「はい、大丈夫です」
乗るのは、アルファロメオ。四朗が三台持っている内の一つだ。それはあまり使わないということから大樹用となった。何度かフィオレを乗せて高速も走っている。
「じゃ、ガレージに行きましょう」
そこまでついて来た昌と汐には閉口したが、男の子というものは車に憧れるものだ。自分にしても、いつかいい車に乗ってみたいと思ったことはあるが、まさかこんな……
「じゃ、行ってくる」
ドアを開け、すいっと中に吸い込まれるように乗った大樹を見て、「映画みたい……」と思わず昌は呟いていた。
『鈴木さま』は50代の奥さまだった。ある会社の元役員の未亡人だと言う。金に不自由はしていないし、子どもたちも自立している。一人になった彼女は持て余す暇をなんとかできる対象を探していた。そして見つけたのが『アルベロ』だった。
「あなたの応援をさせていただくわ、アルベロ」
車の後部座席からそう声をかけられる。
「ありがとうございます。光栄に思います」
「あなたは完璧! でもまだお勉強中だとも聞きました。私は舞台が好きなの。だからその世界をあなたに教えてあげるわね」
「とても有難いお申し出です。是非勉強させてください」
自分の知っていることを注ぎこむ相手……これこそが、鈴木さまの欲しているものだった。
「カッコ良かったね、大樹さん!」
「うん! 俺の父さん、カッコいい!」
興奮冷めやらぬ二人だが、ダンテが余計なことを言う。
「Ushioもホストやってみる? きっとファンクラブが出来るよ! 俺、ファン第一号!」
「……俺がバカだった。お前のこと、少しでも見直して損した」
「え? ジョークだよぉ、Ushioー!」
昌を引っ張って家に戻る汐を追いかけようとしたダンテの袖が、フィオレに捉まれた。
「なんだよ、Ushioが行っちゃうよ!」
「あなたって本当にバカね。Uhsioはもっと真面目な子が好きなんだと思うわよ。本気で好きなら汐の喜ぶことを言いなさい」
「分かってるよ! でもつい出ちゃうんだ、Ushioを構いたくなってさ。ああいう『ツンデレ』っていうのが俺には堪んないんだよ」
「Ushioが『ツンデレ』だとは知らなかったわね。お行きなさい」
ダンテを猫っ可愛がりしているフィオレは笑って弟を送り出した。
(懲りない子!)
「ただいま……」
ダンテはドアを開けてそっと言ってみた。
(ドアが開いてたってことは、望みがまだあるってことだよな)
入るとそこに立っていたのは昌だ。
「汐、怒ってるよ。鍵開けておいたから感謝して」
「どれくらい怒ってる?」
「今日は勉強中止だって。それくらい怒ってるってこと。でも昼食のことは言ってなかったから一応作ってみれば? 俺も手伝うから」
「ありがとう、頼む! Ushioの好きな茶碗蒸しを作るよ!」
そこからは二人掛かりで昼食の用意を始めた。汐は天岩戸ならぬ自室にこもっている。多分一人で勉強しているのだ。
「汐ー、お昼ご飯出来たよ!」
昌が声をかけると少しして「今行く」と返事があった。ドアが開いてそこにいたのはダンテ。汐はくるりと背中を向けた。
「昌、部屋に持ってきて」
「分かった」
「Ushio! 茶碗蒸し作ったんだよ!」
ちょっと足が止まる。ダンテは餌付けだけはしっかりしてある。
(よし! これでもらった!)
「ご苦労さま。もう今日は帰っていいよ、ダンテ。じゃ」
汐はそのまま部屋に戻ってしまったのであった。
鈴木さまとの観劇は、本当にいい経験になった。大樹は自宅に送り届け、門の前で頭を下げた。
「今日はありがとうございました。本当に勉強になりました」
「いいのよ、お役に立てれば。あなたへの今月の投資報酬、最高額をフィオレに渡しておくわね。またお会いしましょう」
姿が見えなくなるまで大樹は頭を下げていた。カチャリと音が聞こえ頭を上げる。運転席に戻って、初めてふっと小さくため息をついた。
(勉強にはなったけど……将来役に立つのかな)
そんなことを思いながら。これで70万の報酬が入ったのだから驚きだ。
「君が大樹くんか! 噂以上の青年だね!」
(いや、青年というのは……)
34歳だ、抵抗がある。
パーティーと言ってもカジュアルで、と言われて、ネクタイなしで訪れた三人。フィオレに紹介された四朗さんは……汐の言った通り暑苦しかった。
身長は汐と同じくらい。だから大樹よりちょっと低い。フィオレの選んだ人なのだから……ということは関係が無かったらしい。こう言っちゃなんだが、街中で見たら『おじさん』の部類。紳士には見えないのだ。
体重は109キロあるのだと言う。本人が言ったのだから間違いない。
「どうもね、ダンテもフィオレも食事を加減しないから美味しくて食べ過ぎてしまうんだ。腹なんか1メートル18もあるんだよ」
(聞いてないのに)
頷くだけで相槌が打てない。汐はもう知ってるのだから自分に対する自己紹介なのだと思う。だからと言って、まさか自分の身長体重を言うのもおかしなものだ。
顔が……濃い。パッと見て時代劇を思い出す。太い眉、ごつい鼻。くっきりとデカい目と唇。
形容しがたいが、ただ一つ。街中のおじさんに見えようがなんだろうが、見たら忘れないだろう、ということ。オマケに声が野太い。「ガッハッハ!」と恐ろしくデカい声で笑う。
(なるほど、外交官……押しつけがましくて似合ってる)
そんな失礼なことを考えた。
豊かな髪は3分の1ほど白髪だが、そこだけ見ればロマンスグレーという言葉が合わなくもない。
だが。その僅かなロマンスグレーも挨拶が終わってテーブルについたら目が点になってしまった。カパッ! と前頭部分のカツラを外したそこにあったのは、テカテカした光だったのだ。
「すまんね。仕事の時はつけっ放しなんだがどんなにいいカツラでも蒸れるんだよ。食事の時は外した方が楽でね」
(いや! つけといてください!)
テーブルの下で大樹は昌の足を抓って蹴飛ばした。危なく昌は吹き出すところだったのだ。
だが我慢はすぐ限界突破した。
「どうしたんだい? 昌くん。ここは笑うところだよ。ガッハッハ!」
止まらなくなった昌の笑いをなんとか静めて「失礼しました!」と大樹は頭を下げた。
「いいんだよ。子どもは子どもらしく! 大人のように表面を飾る必要はない。な、昌くん!」
「は、はい」
返事の途中でまた笑いそうになっている。
「ところで、大樹くん。フィオレが君に骨を折っているようだね」
「はい。有難いことなんですが申し訳なくて」
「私がいない間、フィオレには寂しい思いをさせている。その相手をしてくれるならこちらこそ有難い! こう見えてもフィオレは男性にうるさいんだ。そのメガネに叶ったのだから安心するといいよ」
ここでまたもや昌は爆笑してしまった。男性にうるさいなら、どうしてこの『四朗さん』を選んだのだろう? 昌の声に出ない質問に答えるように四朗さんの言葉が続く。
「私はいいんだよ。押しの一手でフィオレを口説いたんだ。毎晩バラの花を持って訪ねたね。彼女の家の窓の下でカンツォーネを歌ったものだよ。こんな風に」
歌い出したカンツォーネは見事だったが。もう食事は始まっているのだ。歌っている時に食べては申し訳ないと、大樹は手を止めて聞いていたが、ふと見ると汐は黙々と食べている。
(小さい時からの付き合いっていうのは、強いな)
だが自分はそうはいかない。高らかに歌い終わった四朗さんは、大樹の手元を見た。
「おや、口に合わないかい? 冷めてしまっただろう。ダンテ、どうしてゲストの好みを聞いておかなかったんだ」
「いえ! 聞きほれてしまって! 食事は本当に美味しいです!」
かき込むようにディナーを食べて、コーヒータイムとなった。
「フィオレ、ダンテ、本当に美味しかった!」
心からそう思う。まるでホテルで食事をしているようだった。四朗さんはゆったりと葉巻を楽しんでいる。
「『ホスト』という名前だから抵抗があるのかもしれんが、本来『ホスト』というのは『接待側の主人』という意味があるんだよ、昌くん。今日のようなパーティーでは、ホスト役はこの私だ。そういう目でお父さんを見るといいよ。とかく日本人は言葉に妙な認識を押し付けるからいかん。正しい日本語で本質を見極めるといい」
「ありがとうございます! ちょっと父さんを見直しました」
四朗さんは満足したように深く頷いた。
「ところで汐くん」
話の矛先が自分に向かったことで、汐は(来た!)と思った。ここからの展開はよく承知している。
「ダンテはまだ気に入らないかい?」
「ええ、彼の望む意味では」
「ふぅむ……なにがいけないんだろう?」
「四朗さん、ずっと言ってるでしょ? いけないもなにも、彼は男性です」
「だから?」
「だからそこが問題なんです、俺にとっては。俺、好きになるのは女の子であって男じゃない」
「君は昔から硬いねぇ。いい男だよ、ダンテは」
「四朗、いいよ。俺は自分で頑張るから」
「これだけ全力で拒否してるんだからいい加減に目を覚ませよ!」
「汐! 俺もShiroのように窓の外でカンツォーネを歌ったらどうかな!?」
「水をぶっかける」
「Ushio~」
と、ここまで汐にとってテンプレなのであった。




