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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
深水家の Three Men
13/35

6.簡単なわけが無い

 一時間ほどで汐は目が覚めた。朝からの疲れはほとんど取れていて、熱も下がっているようだ。喉が渇いて台所に行った。

 そこには大樹が座っていた。目の前に、広げたしわくちゃな紙がある。

「大樹さん?」

「あ? ああ……具合は?」

「調子いい感じがします。眠ったのが良かったみたい」

「そうか」

 ダンテから帰り際に押し付けられたミックスジュースを持って座った。

「で、どうでした? 話したんでしょ?」

「二階に閉じこもって……それっきり」

「それっきり?」

「いくら声かけても応えてくれないんだ」

 汐はごくごくっとジュースを飲んだ。

「そっか……今日の夕飯頼んできます。まだ俺、無理だし。大樹さんに頼んでも無理でしょ?」

「夕飯? 昌は今」

「話を聞いて閉じこもってる。当たり前の反応でしょ。俺だってそうなると思う。いいじゃないですか、一歩確実に進んだんだから」

「汐くんっ、そんな簡単なもんじゃ……第一この先どう進展するのか、手続きは、待っちゃくれない!」

「だから。良かったです、肝心の関門を突破できて。え、後は簡単に進むとでも思ってたんですか?」

「君は……」

「食べないとね。生活の基本だから。だから夕飯頼んできます」

 言い置いて、汐は二階に上がって行った。

「そうか……大きな関門をくぐったんだ……」

 大樹はもう一度戸籍謄本を手で押し広げた。そこにある空欄を、なんとしても埋めてやりたい。次の目標が出来た。


――こんこん

 当然、返事があるわけもなく。

「汐だ、開けて」

 それにも返事が無い。少し強めに叩いた。

「昌、開けろ」

 少し待つと、やっとドアが開いた。

「入ってもいい?」

「……いいよ」

 部屋の鍵を渡してから初めてこの部屋に入った。中を眺める。すっかり学生の部屋になっているが、自分の時と違って高級品が多い。

 高遠は太っ腹にも、昌に関するものはほとんどお下げ渡し下さった。デスク・チェア、衣類、デスクライトまでも。多少はなにかの心が残っていたのか。

「悪いんだけどさ、夕飯頼める? リゾットでいいから」

「うん……」

「じゃ」

 出ようとする汐を思わず昌は引き留めた。

「それ、だけ?」

「なにが?」

「なにが、って……知ってるんでしょ?」

「大樹さんが昌のお父さんだったってこと? 知ってるよ」

 途端に昌の形のいい目が吊り上がった。

「汐もグルだったんだ」

「グルって、」

「知ってて黙ってた」

「黙ってたよ、俺の問題じゃないから」

「どういう意味?」

「そのまんまの意味だけど。昌がどう思おうと、どうしようと、親子であることには変わりないだろ? 事実があるんだから先のことが考えられる。それだけのことさ」

「……汐って冷たいんだ」

「それを言うなら大樹さんだろ。目の前で息子が心臓病で苦しんでるのに、高遠さんに医療費払わせて自分は見てるだけ。昌のために働いてもくれなかった。自分のすべきことを他人におっかぶせて、楽な道を取った」

「そんなんじゃないっ! 俺は我がままだったから楽なはずなんかないし、俺についてたから働けるわけないじゃないか! 医療費だって大樹が払えたはずが無くって、だからしょうがなくって」

 唐突に言葉を切った昌。汐はにこっと笑った。

「解決したみたいだね。じゃ、リゾットよろしく。7時には食べたいから」


 とんとんとん、と汐の階段を下りる足音を聞きながら、なぜか涙がぽたんと落ちた。


  

(大樹さんと一緒にいた方がいいかな)

 汐はもう一度大樹の前に座った。大樹は昌の様子が知りたいはずだ。

「どうだった?」

 時計を見ると夕食の支度まではまだ充分時間がある。きっと気持ちが落ち着かなければ昌は降りてこないだろう。けれど籠っていたくてもタイムリミットがある。嫌でも昌はリゾットを作るために降りて来なくちゃならない。

「一方的だったけど頼んできました。昌の様子っていう意味ならもちょっと時間かかると思います。でも、全否定じゃない。そう見えました」

 大樹の目がぱっと開く。

「本当か!?」

「ええ。大樹さんは言うべきことを言ったんだから今度は待ったらいいと思います」

「君は……冷静だね、どんな時も」

「そうでなきゃ……大樹さんとは違う意味で俺も病気の父を抱えてきましたから。子どもの頃からあの近所の猛攻撃をかいくぐってこなきゃならなかったし。冷静でいることを覚えるしかない」

 汐は笑っていた。親戚にもよく『可愛げが無い』と言われたもんだ。

「……済まない。いやな言い方をした」

「いいんですよ。俺、とっつきづらいって自覚あるから」

「ダンテくん」

「『くん』要らないです」

 大樹はちょっと笑った。

「ダンテはそこが気に入ってるんじゃないのかな?」

 汐は嫌な顔を見せた。

「ああ、そんなことを言ってましたね。汐は『冷静』っていう仮面をいつも被ってるって。自分の前では仮面が外れるからそれが嬉しいって」

「なるほどねぇ、仮面か」

「分かんないです、自分では。自然にそうなっちゃうから」

『違う意味で』、汐の言った言葉を考える。

(子どもでいられなかったんだ、汐くんは)

 そう思うと汐の頭を撫でたくなる。よくぞここまで真っ直ぐ生きた、と。

(お父さんにはきっと君は自慢の息子だったよ。嬉しかったんだ、君が息子で。だから楽しかったんだ)

 いつかそう言いたい、感情を抑え込んでしまう汐に。


「手続きの話なんだけど、いろいろ考えてみたんです。もう少し調べてみたらどうでしょう。3つ4つのサイトを見ただけで説明に差があったじゃないですか。そんなことが他にもあるかもしれない」

「弁護士とか聞いてみたら」

「金、かかりますよ。どうしようもなかったら相談するしかないかもしれないけど。まず自分が出来ることをした方がいいです」

 大樹は苦笑を浮かべた。

「これじゃどっちが大人か分からない」

「すみません」

 大樹は慌てて手を振った。

「非難じゃないよ。もし非難されるとしたらそれは自分だ。……俺もリストを見直してみたんだ。俺の住所変更関連の手続きは簡単だ、明日にだってできる」

 汐は頷いた。

「問題は昌だ。こっちに住所を移しただけじゃ『高遠昌』のままだ。やっぱり認知手続きが先になるね」

「そうですね」

「当然高校の手続きもその分遅れてしまう。『高遠』の名前で編入してほしくないんだ、俺は」

 カタン、と階段の方から音がした。

「昌!」

 大樹が立ち上がる。無言のまま昌は座ったが、視線の先はテーブルだ。

「俺の……話でしょ。ちょっと聞いてた。たくさん……考えること、あるけど。……大樹のこと、どう思って行けばいいか分かんないし」

「昌……」

「だからそこはあまり話したくない。聞かれたくもない、なに言うか分かんないから」

「分かった」

 大樹は余計なことを言わなかった。喚きたいだろうに一生懸命話している姿がいじらしくて。壊したくない、昌を。

「でもそれとは別に手続きが止まってるってことだよね?」

「そうだよ」

「じゃ、それはやる。高校とか……大学とか。これから先のことに関わるから。どうせ変わるんだったら新しい生活を『高遠』で始めたくない」

「分かった。すぐに調べるよ。そして手続きをしよう」

「汐も……手伝ってくれる?」

 手を出すべきではない、と思った。これは『仁科家』の問題だ、間違えたくない。

「昌、それはできない」

「いいじゃん、手伝ってよ!」

「大樹さんと調べてこの先のこと、決めていくべきだと思う。役所の手続きもね。二人で築き上げて行った方がいいんだ、誰かに頼らずに」

 大樹には分かった。昌との間に『親子』としての歴史が無い。

(今こそ、その歴史を作り出すんだ)

「昌、俺と二人でやろう。汐くんに頼るのは筋違いだ、俺たち二人の問題だから」

「……夕飯食べてからでいい?」

「いいよ」

(俺とお前……『親子』になって初めての共同作業なんだな)

 身が引き締まる思いがした。神聖な時間を迎えるのだと。

  


 夕食が終わると汐は薬を飲んで自分の部屋に早々と戻った。

「汐、大丈夫かな」

「まだ顔色が悪かったね。ご近所に知られないようにって、今までも一人で具合悪いのを我慢してきたんだろうか……」

 汐には強いというイメージがあるから昌も大樹も余計に心配になっていた。

「ん、んー」

 昌が咳ばらいをする。あ、という顔になった大樹は小さく「ごめん」と言った。

「なにが?」

「いろいろ、とさ」

「今はその話」

「しないよ。じゃ、調べようか」

 昌には勇気のいることなのだ。パソコンを覗く時、いやでも大樹の顔に近づく。大樹はそのことに気づかない振りをして次々と検索をした。

「どれもこれも似たようなことしか書いてない」

 昌はパソコンを放り投げたくなった。

「ね! 弁護士とかは?」

「お金が結構かかるんだ。俺も汐くんに言われるまでそんなことも考えなかったよ。もう少し頑張ろう」

「……うん」

 二人とも「認知」「裁判」を中心に調べていたが、昌が『認知の種類』という言葉を見つけた。

「認知に種類があるの?」

「え、どこ?」

それはよその役所のサイトにあった。

「強制認知と任意認知……」

「『任意認知とは、文字通り、男性の意思に基づいて行われる認知手続きです』これ、大樹がうんって言えばいいってこと?」

 大樹はそのページを夢中になって読んだ。

「『任意認知の条件はただ1つです。それは「父親が同意すること」……昌……手続きは俺だけでできるんだ……昌の同意さえ要らない。役所に認知届を出しさえすればいいんだよ」

 昌は背中を背もたれに預けた。

「それで、終わり?」

「その後に本籍地をここに移して終わり、だ」

「裁判、要らないってこと?」

「それは俺が認知を拒んだ時だ。昌……昌、認知できる! 親子になれるぞ!」

 大樹の興奮は昌には伝わっていなかった。手放しで『良かった!』などとは言えない。

「手続きすぐ出来ることは分かったよ。じゃ、明日?」

「明日行きたいと思ってるけど……」

 昌と自分ではテンションが違うのを感じた。

「ごめん……浮かれて」

「いいけど。大樹が嬉しいのが分かったから。じゃ俺、部屋に戻る。台所の片づけは大樹がやって」

「やっておくよ」

「おやすみ」

「おやすみ」


(無神経だった……自分だけ浮かれるなんて)

『良かったね!』そう言ってくれる人さえいない。心の中の『あのひと』の気持ちは高遠にあったのだから。綾子に呼びかけることも出来ないのだ。

(取り合えず二歩進んだ……汐くん、そう思えばいいね?)

 語りかける相手は汐だけ。いつか昌と笑顔で話せるようになるのだろうか……



 昌はもやもやしたものをどこにぶつければいいのか分からない。

(なんだよ、自分だけ浮かれちゃって)

まだ思いをぶつけあってもいないというのに。そう思って、(俺が今はいやだって言ったんだ)と自己嫌悪に陥る。

 このままでいいとは思っていない。だがこの先にどうやって進めばいいのか。

『お父さん』

 その言葉さえ自分の口から出るとは思えない。口をついて出るのは『大樹!』だ。

 まだ眠るような時間でもないのにベッドで毛布を頭から被った。



 次の日は朝からどんよりした雲が広がっていた。10月の終わり、それでなくてもうす寒い中、汐の風邪はぶり返した。

「やっぱり買い物と挨拶回りが良くなかったんだよ」

 台所で水枕を用意しながら大樹は呟く。昌はそばでおかゆを作っているが、どう返事しようか、などと余計なことを悩んでいる。いつもならどうということない会話なのに。

「ダンテ君との……ダンテとのやり取りが(とど)めかな」

「なんでダンテ、って言い直したの?」

 そこにはつい突っ込んでしまった。

(これなら話続けられそうだ!)

「汐くんが嫌がったからだよ、『くん』要らないですって」

 昌はくすっと笑った。それが今の大樹にはなにより嬉しい。

「本当にダンテが苦手なんだね」

「そりゃ、あんなに迫られちゃね」

 それきりまた沈黙になる。

(俺も……あんな風に見られたのかな……血が繋がってるから当たり前かも。……気持ち悪いとか?)

 また余計なことで会話が途切れる。大樹も心の中で(あ)と思いはしたが、表には出さなかった。



 大樹は冷ましたお茶と水枕を持った。昌は薄い味噌汁とおかゆ。こんこん、とノックしたらしわがれた声で「はい」と返事があった。

「熱、どれくらいだった?」

「38.3℃。滅多に風邪引かないけど、引くと長引くんだよ、いつも」

「じっとしてないからだろ?」

 大樹の目が優しい。きっといつも動き回っていたに違いない。

「だって」

「俺たちがいるんだからさ、安心して寝てよ。でも、これは食べること」

 昌が差し出したトレイを見てため息をつく汐。

「今日は昌と手続きで回って来るよ。なにか欲しいものがあるかい?」

「無いです」

「帰る前に電話するよ」

「夕飯なにがいい? 俺が作るからさ」

「……分かんない」

「分かった。任せて」

 二人が出て行くのを見送って汐は座った。

(おかゆ、父さんが作ってくれたっけ)

 そう思うと懐かしくて堪らない。不意にジャガイモが食べたくなった。茹でて軽く潰してぱらっと塩をかけたもの。それだけなのに父が作るとすごく美味しかった。



 外に出ると向こうから歩いて来たのは日和さん。

「お出かけ?」

「はい」

 大樹の笑顔は毒が無い。

「汐ちゃんは?」

「今日は」

「家事、してます」

 大樹の返事を昌が横取りする。

「そう。じゃ、気をつけて行ってらっしゃい」

「はい!」

 離れてから昌が突っ込む。

「言う気だったでしょ、寝てるって」

「言いそうだった」

「だめ、封印! 汐が寝てらんなくなるよ」

「そうだった」

 改めて肝に銘じる。外では慎重に話さなくてはならない、と。



 元の住まいの区役所。そこでまず認知届を出す。

「免許証と認印と戸籍謄本……大変なことなのにこんなに簡単だなんて」

 神聖な手続きがあっさりし過ぎていて、実感の湧きようがない。

「188番の方」

 呼ばれて大樹は新しい戸籍謄本を頼んだ。今度は本籍地変更だ。昌の元に戻って相談をする。

「本籍地、どこにしたい?」

「どこって、汐のとこじゃないの?」

「どこでも選べるんだよ、ただ、戸籍謄本が欲しくなったら面倒だけど。本籍地でないと発行してもらえないんだ」

「じゃ面倒じゃないとこ」

「じゃ、汐くんの所の区役所にしよう」

「ほんとに適当なんだね!」

「皇居にする人だって多いって言うから」


 今度は本籍地と住所変更、それに伴う国民保険、国民年金の変更手続き。次々と終わっていく。

「これで終わり?」

 待ち時間など考えれば昌にとっては退屈だったが、大樹は一緒にやりたいと思った。昌も汐に「いい経験になるよ」と言われたからついて来たのだ。

「終わり。後は免許証とか俺個人のものばかりだ」

「一日で終わって良かった!」

 


 帰り道。大樹と昌は、無言ながらも二人の時間を過ごしたことでちょっと心の距離が縮まっていた。

 新しい戸籍謄本を二人で見直す。

『長男 仁科 昌』

 そのそばに『父 仁科 大樹』『母高遠 綾子』とある。

「母さん……」

 ぽつんと呟いた昌の声にびくり、とした。

「こんな風になるなんて思ってなかったよね、きっと」

「そうだね」

「……どんな人だった?」

「……愛を……探していた人だった。……そういう人だった」

「だから大樹と……その、」

「俺はまだ学生だった。大人だったら、よくそう思ったよ。そしたらもっと正しい道を歩んでいたかもしれない」

「俺なんか……生まれたから?」

「そういう意味じゃないよ! 昌がいてくれることが俺の支えだったよ。そうじゃなくてね、もっと君のことを考えて行動できたかもしれない。俺自身がガキだった。それが申し訳なくて」

「でも」

「昌、今年で17になるだろ? その年だよ、俺が綾子さんを愛したのは」

 本物の恋愛、そんなことは今の自分じゃ考えられないと昌も思う。子どもを得るような愛情を交わす。男子女子、ではなくて、男性女性として。

「なんか……すごいや」

「俺のこと、軽蔑するか?」

「……まだ分からないよ。どう考えていいかも。でもさ、こうやって書類になって少し感じたことがある」

「なに?」

「クソ親父んときには感じなかったのに」

 ちょっと照れたように言い淀んだ。

「『家族』って意味、考えてみようって」

「昌……充分だよ、それで。俺も焦らないようにする。昌の気持ちを尊重したい。困ったり悩んだりしたら相談する相手がここにいるって、そう思ってくれるかい?」

「俺ってさ、今までそういう相手、いなかったんだね。今言われて初めてそう思った。相談する相手……大樹に……あ、」

「急には変われないさ。いいよ、今まで通りで」

「うん……相談するかもしれない。気持ちが落ち着いたら大樹と喧嘩とかするかもしれない。その時にはガキ扱いしないって約束して」

「約束する」


 買い物をして帰ろうということになり、今夜のメニューを二人して考えた。

「今日は取り合えずリゾットにする。野菜たっぷりにして。俺、これしか作れないし」

 自分たちには出来合いのフライを買った。鶏のから揚げもだ。

「こういうの食ってもいいって、すっごく幸せ!」

 昌は食生活がガラッと変わったことが何より嬉しい。何を食べてもいいのだ。


 家のチャイムを押した。いきなり鍵を開けるのは今はまだ躊躇われる。だがなんの応答も無い。

「寝てるのかもしれない」

 大樹は自分の鍵を出した。開けたとたんに大声が聞こえた。

「……の家を相続するより金に換えた方がいいだろう!」

「そんな気はありません! とにかく今日はもう帰って」

 そこまで喋って、汐も大声の男性も大樹たちの存在に気付いたらしい。

「ごめん、気づかなかった。お帰りなさい」

「なんだ、この二人は」

「今一緒に住んでるんです。……そうだ、この二人の居住権も発生してますので。そのことも考えて改めて話し合いましょう」

「ふん、いつもお前は大人ぶって。そんな調子じゃ清史きよしもさぞ苦労したろう」

「父さんも俺も伯父さんにあれこれ言われるような家族じゃないっ」

「また来る。どいてくれ、邪魔だ」

 玄関で突っ立っていた大樹と昌は慌ててどいた。大きな音を立ててドアが閉まる。


「汐、だいじょぶ?」

「汐くん! ちょっと横になった方がいい!」

 真っ青になっている汐の体が揺れていた。パジャマの上から胸のあたりを鷲掴みしている。

「え、汐、心臓悪いの!?」

「ちが、っはっはっ」

 大樹は汐をソファに横にならせた。

「汐、俺が分かる!?」

「わか、っはっはっ」

「どうしよう! 大樹、どうしよう!」

「救急車呼んで!」

「ま、ま、て、だん、て」

「だんて? 隣のダンテかい!?」

「だ、んて、よん、で」

「昌っ」

「行ってくるっ!」

 昌は飛び出して行った。霧島家のチャイムをけたたましく鳴らす。

「はぁい、いますよぉ、いまーす」

 明るいフィオレの返事がしてドアが開いた。

「あら、Akira、よね?」

「ダンテ、います、か!?」

 息切れがしている。

「ダンテ? ダンテ! 隣の昌よ」

 階段の上から声がした。

「昌? どうしたの?」

「はや、くっ、汐が、汐が倒れそうで」

 そこからのダンテの行動は早かった。階段を跳ぶように下りてきて昌の手を掴むとそのまま深水家に駆け込んだ。

「Ushioっ、例のヤツだな!?」

 苦し気に汐が頷く。ダンテはすぐそばの戸棚の上の方から小さな紙袋を出して膨らませた。それを汐の口に当てがってやる。

「いいか、俺に合わせて呼吸するんだ、1、2、1、2、もっとゆっくり、1、2,……」

 袋がすぼまっては膨らんで、繰り返している内に少しずつ汐の様子が落ち着いてきた。

「水、用意して」

「はい!」

 大樹は自分が息が止まったような気がしている。昌で見慣れていたはずなのに、まるで動けずにいた。昌に至ってはそこに立ちすくんでいるだけだ。

「ゆっくり飲め」

 半分ほど飲んで、やっと汐の目が開いた。

「ごめん」

「いいって。まだ痛むんだろ? 少し寝た方がいい。熱も出てるじゃないか」

「部屋に、」

「動くな、俺の首に捉まれ」

 体格のいいダンテがまるでお姫様抱っこのように汐を抱えあげ、汐のベッドに運んだ。

「携帯ここに置くよ。用があったら呼んで」

「ありがとう」

「いいんだよ」

 ダンテはそっとドアを閉めた。


 戻ると昌がいろいろダンテに聞いてくる。

「さっきの、どういうこと?」

「Ushioはお父さんのことがあるからなんだって我慢してたんだ。けど時々ストレスが昂じると心臓神経症と過呼吸を起こす。なにかあった?」

「伯父さんという人が来ていて」

「ああ……仲悪いんだ、Ushioは。無理しちゃったんだな。もう大丈夫だと思うけど様子見てやってて」

「ありがとう! 俺、どうしていいか分かんなかった」

「俺もだよ。ダンテ、本当に助かった!」

「今度キスに応援してくれる?」

 にこっと大きな笑顔を残してダンテは帰って行った。 

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