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深水家の Three Men  作者: 宗田 花
深水家の Three Men
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4.ご近所さん

 この辺りは洒落た住宅街だ。汐の母は証券会社に勤め、そして成功者だった。だから家もそれなりに立派なものだ。大恋愛の末結婚した両親は、働き方についてしっかり話し合った。仕事の出来る母はバリバリと。温厚で病弱な父はほどほどに、と。

 そして近辺の自称セレブは噂話に飢えているから深水家については昔からよく取りざたされていた。

『きれいな奥さんよね』

『旦那さまが優しそう』

 その妻が幼子を残して事故で亡くなった時に寄せられた同情は、単に純粋な情に溢れたものばかりでは無かった。誰もが独り者の『いい男』には目敏いものだ。

 そんな地域だから女性は買い物に出るのでさえきちんと化粧をし服装を整えて来る。それでもさすがに日中にスーツ姿でスーパーに入る男性はいない。自然と大樹は人目を引いた。体格よく、見目も良く。


「この辺りの方ですか? お見かけしませんけれど」

「あ、深水さんの所に厄介になっている仁科にしなと申します」

 女性に話しかけられた大樹は丁寧に返した。名刺があったら渡していたかもしれない。

「大樹!」

 余計なことを言うな! とばかりに袖を引いたのはこれまた透き通るように美しい少年。まだまだ昌は栄養が足りていない。

「そうですか、深水さんの! 汐さんはどうですか? お父さままで亡くされて近所でもお気の毒だと話していたんですよ」

「ご心配をありがとうございます」

「汐さんお一人じゃねぇ、お寂しいでしょうね」

「俺たちで三人暮らしになりますので大丈夫ですよ」

「大樹!」

「三人! 汐さんと仁科さん親子で?」

「あの」

「俺たち、親子じゃないです!」

「あ、ごめんなさい、つい」

 このご夫人とのお喋りではなく、昌の返事で大樹はおたおたしてしまった。はっきりと親子じゃないと言い切った昌に、今夜そのことを話さなければならない。

「すみません、汐くんが体調崩しているので早く帰らないと。失礼します」

 相手に中途半端に情報駄々洩れして、二人は早々に買い物を終わらせた。



「ごめんください」

 チャイムが鳴って、女性の声。これで三度目だ。昌は大樹の足を蹴って玄関に向かった。大樹が出るとさらに話を広げてしまう。

「ごめんなさいねぇ、お節介だと思ったんですが汐さんが寝込むだなんて滅多にないから…… これ、煮物です。良かったら汐さんにどうぞ」

「ありがとうございます」

 汐のご近所さんだ、無碍にも出来ない。買い物から帰ってスーパーでのことを話すと、汐からも『今後はくれぐれも面倒なことは起こさないように』と言い含められている。だから昌は新たな情報を渡すつもりは無い。

「器は明日にでも取りに伺いますのでそのまま気になさらずに」

「お名前を伺ってもいいですか?」

「あら、ごめんなさい! 私、大野、といいます。この並びの三軒向こうなんですよ。良かったらいつでも遊びに来てくださいね」

「ありがとうございます」

「じゃ、また」

 しっかりドアに鍵をかけて昌は戻ってきた。


「『じゃまた』って、お節介って自覚あるんならもう来るな!」

「昌! そんなことを言うもんじゃない。汐くんが困るんだぞ」

 今、汐は眠っている。うどんを作るつもりだった二人だが、もうその気は失せてしまった。スープが届き、果物が届き、煮物が来た。この後何が来るか分かったもんじゃない。

「大樹が悪いんだよ! 汐が具合悪いなんて言うから」

「気を付けるよ。すごいな、みんながピラニアに見える」

「汐、モテるんだね」

「カッコいいからね、筋通ってるし」

 というより、こういう地域で生まれ育つとこういう正統派が育つという見本みたいな青年だ。

「さっきさ、汐が起きてた時にこれからのこと大樹とよく話し合うようにって言われた。学校とかさ。どんなこと話したらいい?」

「え、今?」

「やることないじゃん、汐寝てるし」

 またチャイムの音。

「うざっ! またかよ!」

 この気忙きぜわしい中でどう話を切り出したらいいのか。今度届いたのは魚の煮つけだった。


 この日は大樹は昌と落ち着いた話をせずに済んだ。ご近所さんの来襲のお陰だ。自家菜園の野菜だの"体にいい"という自家製の飲み物だの。

「すごいとこだね!」

 汐が目覚めて昌は早速頂き物を汐の部屋に運んだ。汐がため息をつく。

「父さんにも差し入れすごかったんだ。ここじゃ体を壊すとえらい目に遭うんだよ」

「皿とか容れ物とか取りに来るって」

「真に受けちゃダメだ。あぁあ、明日は買い物だ……」

「なんで?」

「お返し。いいものを買わないとなんない」

「面倒くさっ!」

「そうなんだよ」

 言いつつ、頂き物をより分けていく。

「なんで分けてんの?」

「この"体にいい"ジュースは捨てて。父さん、これで腹壊したんだ。う~ん、この煮物、甘いんだよね」

 昌は摘まんで食べてみた。

「うわっ、甘っ」

「だろ?」

 そんな調子で食べられるものだけ残して、後は失礼ながら処分した。

「うどんなら食べる?」

「食べるっ! そういうのがいい!」

「じゃ、作って来るよ」


 昌が立った時だ。チャイムの音。

「またか」

 ぶつぶつと言いながらドアを開けっぱなしで昌は玄関に行った。

「はい、どちらさまでしょうか」

「Ushio! la() mia(ミア) Ushio!」

「昌っ! ドア開けるな!」

 汐が叫んだ時には遅かった。昌はドアを開けてしまっていた。

「ワタシ、トナリノ霧島ノ家ノモノデス。Ushioハ、イキテマスカ?」

 片言の日本語だ。

(え、外人? ちょっと待って!)

目の前にいる彫刻のようにきれいでデカい男性にわたわたする。

「昌! 食い物だけ取って追い返せ!」

(え、食い物だけ?)

「Ushio、ツメタイ!」

「そいつ、ばりばりに日本語話せるから騙されるな!」

 そして、ガチャっという音と共に汐の部屋から鍵をかける音がした。

「ちぇ、Ushio、照れんなよ、俺とお前の仲で」

 ずかずかと上がり込んだその男は汐の部屋のドアをドンドンと叩く。

「『俺とお前の仲』って?」

 昌はつい好奇心で聞いてしまった。

「君は?」

「ここの居候です」

「おぉ! 君も可愛いね! これからよろしく! あ、これ、俺が焼いたパイと搾りたてのミックスジュース。汐はこれに目が無いんだ」

「だからそれだけ置いて帰れっ」

 部屋の中から汐の怒鳴り声が聞こえる。

Amore(アモーレ)、せめてバーチョを!」

「冗談じゃない、昌、叩き出せ!」


 大樹も出てきてすったもんだの挙句、とにかく汐を興奮させたくないから、と昌はその外人を追い返した。

「あの人、誰?」

 大樹は部屋から出てきてキッチンテーブルに突っ伏した汐に飲み物を用意している。

「あ、大樹さん、ダンテが持ってきたジュースがいい」

「ダンテ!?」

「あいつのニックネーム。正式にはDurante(デュランテ)。略してDante。名前とおんなじで偉そうなヤツ」

「そうなの?」

「『Durante』って、『神の英知を人に与える』って意味なんだ。だからアイツ、自分が否定されるって現実が認めらんないんだよ」

「『バーチョ』って、なに?」

「……キス」

「えええ、あの人、ゲイ!?」

「そうなんだ……しかもイタリア男だからしつこいし質が悪くってさ。でもパイとジュースは美味いから分捕って蹴り倒してる」

 意外な汐の一面だ。大樹は面食らっている。

(汐くんって怖いんだ……)

「『ラミーア汐』って言ってた」

「『俺の特別な汐』って意味。アモーレは恋人。な? 気色悪いだろ?」

「お隣だから愛されちゃったの?」

 汐は顔をしかめた。

「高校からの同級生。大学も俺を追っかけてきて同じとこ」

「熱烈だね!」


 そんなこんなで、どさくさに紛れるように大樹の話はお流れになった。

(良かった……一日生き永らえた) 

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