第4話
雫さんは厨房へ行くと、あらかじめ用意していたらしいラーメンを運んで来た。
ラーメンを見て真っ先に思い出すのは、絢音さんと初めて出会った時のこと。……だが、今回は雫さんが頭からどんぶりを被っていることはもちろんなく、しかも、とても美味しそうな匂いを漂わせている。それを俺の掌の上にゴトン、と置くと彼女は言った。
「そら、早く食べなよ。せっかく作ってやったのに冷めちゃったらヤバいでしょ」
「何がヤバいのかわからんが……そうだな。じゃあ、いただきます」
俺は久しぶりに自分で箸を持ち、食べた。ここ数日はずっと絢音さんに「あーん」をされていたのだ。
……ああ、自分で食う飯は最高だ。しかも雫さんの料理、絢音さんの何倍も味がいいぞ。
「君も料理できたんだな」
「いっつもねーちゃんとかーちゃんのためにご飯作ってたのアタシだし〜? 作れて当然っていうか?」
「へえ。確かに毎度毎度指を切ったり色々してたらやってられないもんなぁ……」
「ねーちゃんドジだから仕方ないっていうかぁ〜? ねーちゃんのドジっぷりはマジウケるでしょ」
俺は首を傾げた。ドジなのは認めるが、それのどこが面白いかわからない。やはりギャルとは感性が合わないな、と思った。
「ところで、さ」
そんなことを考えていた俺に、雫さんが少し声のトーンを落として話しかけて来た。
何か大事な話なのだろうか? いや、彼女に限ってそんなことはないな。どうせ早く出て行けとか脅すつもりに違いない。
「なんだ? 俺はこの体が治るまで出て行かないぞ」
「何勝手に勘違いしてんの? アタシが言いたいのはそんなことじゃないし! ……めんどくさいからとっとと本題言っちゃうけど、アンタ、ねーちゃんのことどう思ってるわけ?」
俺は一瞬、何を言われたかわからなかった。
「はぁ!?!? 見りゃわかるでしょ、ねーちゃんがアンタにメロメロなことくらい! もしかして鈍感主人公気取ってるの? まじダサいんだけど?」
「いや、鈍感主人公は俺が一番嫌いなタイプだから。ってそんな話じゃなく、え、本気で絢音さんが俺のこと好きなのか?」
「だーかーら、そう言ってるでしょーが! そうじゃなきゃ『一生お世話させていただきます』だなんて言うわけないっつーの!」
顔を真っ赤にして怒鳴りまくる雫さんに、俺は気圧されていた。
しかも怒鳴られている内容が内容だ。告白ならともかく、妹からの恋愛感情の暴露。
それを受けた俺は、一体どうしたらいいのだろうか……?
「どうって言われても困る! 俺はこう見えても彼女いない歴=年齢なんだぞ!? 恋愛とかわかるかぁ! ……うぐっ」
大声を出し過ぎたせいで全身が軋んだ。痛い。涙が目に浮かぶ。
「そんなんアタシにだってわかってる! アンタみたいな痴漢魔まがいのおっさんを好きになるような女なんかいるわけないっしょ!?」
「で、でも絢音さんが好きになってるじゃないか」
「ねーちゃんは乙女の皮を被ったおばさんなの! 察して!!!」
段々ヒートアップしてきた雫さんのキンキン声が部屋に響く。
確かにわかっていた。絢音さんがちょっと普通の女の子じゃないな〜ということくらい。
だがしかし、そう思うと悲しくなってしまうじゃないか。俺には一部の物好きなおばさんしか寄って来ないのかよ……と。
実は過去に一度だけ、会社の同僚の太っちょおばさんに告白されたことがあった。丁重にお断りしたけども。
そんな記憶を思い返しつつ、俺はどうにか落ち着こうとする。
いくらあれでも、絢音さんは若々しく美しい女性だ。できれば手に入れたい、という男心は無論のことある。あるが……やはり、直接本人の口から伝えられていない以上、強気に出られるわけがない。
「それに俺にあんな人が釣り合うわけねえだろうが……」
情けない気持ちを紛らわせるために、再びラーメンをジュルジュルっとやった。
しかしあっという間に食べ終えてしまって手持ち無沙汰になった俺に、雫さんからぽい、と何かを投げつけられる。見るとそれは一冊のノートだった。
「何なんだ、これ」
「読めばわかるからとっとと読んで後悔して!!!」
先に後悔すると前置きされたものを読む気にはならなかったが、雫さんの目があまりにも本気だったので俺は仕方なく読んだ。
そして、言われた通りに後悔した。
これ以上ヤンデレという言葉が似合う女性を、俺は他には知らない。
まあ、そもそも多くの女性を知らないだろうと言われればそれまでだが、それにしてもこの愛は変わっているというか、かなり異質だと思う。
『鈴木さんの××を吸いたい』
『無理矢理にでも奪ってしまってもいいかしら』
『鈴木さんを食べたい』
『耐えられないわ』
『一緒になりたい』『どうして鈴木さんは私を受け入れてくれないの』
『愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる』
正直言って狂気。
俺は身震いが止まらなくなった。
「わかったでしょ? だからお願い! いや、お願いしますッ! ねーちゃんに告白してあげてください!!!」
だから、雫さんに似合わない土下座で懇願された俺は……ただただ頷くしかなかったのだった。
その日、絢音さんが帰って来てから俺は告白した。
絢音さんは狂喜乱舞して受け入れてくれた。しかも、こんな恐怖の言葉付きで。
「良かった。鈴木さんは雫の方が気に入ったんじゃないかと思ってずっと不安だったんです。もう絶対、何があっても離しませんからね。でも告白したからには覚悟してください。もちろん鈴木さんのことは信用させていただいていますが、もし、万が一他の女に浮気などするようなことがあったら……許しませんからね?」
背筋がヒヤリとしたが、まあ浮気をするつもりもなかったし、丸く収まってくれたならいいか、と思ったものだ。
だがこの時の俺は知らなかった。まさか溺愛がいっそう激しさを増し、傷が全治した一年後も俺はベッドに拘束され、愛でられ続けることになるなんて――。
これにて完結です。最後までお読みいただきありがとうございました。
なぜか溺愛おねえさんがヤンデレ化してしまいました……(笑) 最初はこんな予定じゃなかったのになぁ。
最後に、タイトル・そして原案を下さったしいたけ様に最大限の感謝を!




