彼女に殺されかけたら、親友と付き合うことになった。
二月十四日、バレンタインデーにデートの予定があり、待ち合わせ場所に向かった。すると、彼女は涙目で友達の後ろに隠れていた。僕は彼女を涙目にするような行動を取った覚えがなかったので疑問に思い、記憶の限り行動を精査していた。すると、彼女の友達が敵意をむき出しにして口を開く。
「薫と別れてくれ。もう、これ以上付きまとわないでほしい」
その言葉は僕にとって寝耳に水で、話し合おうとするが問答無用で切り捨てられてしまう。こうして、彼女の友達から接近禁止と言われてしまった僕は、スマホを出すように、怒気を撒き散らしながら言われたので、気圧されて思わず渡してしまった。すると、彼女に関するデータをすべて消される。そして、ダメ押しの一言を言われてしまう。
「金輪際、いや二度と連絡して来ないように!」
親友にフラれたことを伝えると、僕の自宅でサシ飲みすることになった。
週末になり、親友―小鳥遊―を家に招き入れるとどういうわけか、夜通し吞むという話になっており、気付いたら眠り込んでいるようだった。
翌朝、口の辺りに違和感を覚えて目を覚ます。
「なにかした?」
先ほどの違和感について訊いてみる。
「何ってなんだよ」
と笑顔ではぐらかす。それから小鳥遊を家に帰るよう促して、しばらくすると彼からチャットが来る。
〈ごめん、実はキスした〉
とのことで、僕は見間違いかと思い、何度も見返す。さらに、追い打ちをかけるような文が送られてくる。
〈お前のことが好き〉
という爆弾のような文面であり、驚きのあまり固まってしまった。そのチャットに返答できずにボーっとしていたら、電話がかかってきたので思わず出てしまう。
「も、もしもし?」
驚いて声がひっくり返っているのを聞いた相手は楽しそうに、
「おおーーー、テンパってんなー」
電話の向こうで、ケタケタ笑っている姿が目に浮かび、腹が立ってきたので文句でも言おうとしたら
「取り消さないからな」
と更に釘を刺してきたので、言い返そうと口を開いた。
「混乱してるから、今日会うのはやめておこう」
「俺だって混乱している」
「え????」
その予想外の返答に困惑していると、
「告白して平気でいられるわけがないだろ?」
至極真当な回答を前に呆然とするも、なるべく合理的な返事をすることに努めた。
「だったらなおさら今日はやめて、落ち着いてから会うことにしないか?」
僕は説得しようとするがあいつは止まらなかった。
「混乱してるけどお前を好きだと思ったのは、ずっと前からだった。だから気持ちに嘘はない。墓場まで持って行こうと思ってたけど、弱ってるお前を見たら、理性が飛びかけた。お前のせいだ、俺の人生返せ」
「えぇ・・・、いや意味わからん」
「分かれ」
「混乱している事には変わりないし、会うのは後日で・・・・」
「いや、お前ちょっと出てこい。こうなったら俺がいつからお前が好きだったか熱弁させてもらうわ」
「嫌だよ。お前こえーよ。電話切るぞ」
「切ったら家に行く。どーなっても知らんぞ」
「恐ろしいこと言うなや」
「じゃあ、ちょっと出てこい。大丈夫だ。ファミレスにするから、二人っきりじゃないだろ??な???今すぐ、出てこい」
「お、おう・・・」
「今すぐとか無理だから」
「じゃ、三時半に出てこい」
「行きたくない」
「押しかける」
「断る」
コントのようなやり取りをしつつ、話を続ける。
「俺だってな、拒絶されて平気でいられるほど大人じゃないんだぞ。確かにキスしたのは軽率だったのかもしれんが、嫌われたくないと思ってるし、でもなかったことにはもう出来ないからな」
「・・・・・」
「とにかく出てきてくれ、頼むよ・・・」
「分かった。けど・・・・」
「ありがとう!待ってるから!!!」
そう言って通話が終わる。約束した時間の少し前に到着すると、小鳥遊は席についていたようで、彼に呼ばれて席に着く。そして、暫しの沈黙。沈黙に耐えかねたのか、口を開いたのは小鳥遊だった。
「来てくれてありがとう」
「お、おう」
話の前にメシを食うことにする。
―――しばらくしてメシも食べ終わり一段落着いたところで、小鳥遊が口を開く。
「じゃあ、約束だから俺がいつからお前のことが好きなのか説明する」
「いや、いいって」
「ダメだ。ちゃんと聞けよ。キモイと思われようが続けるぞ」
「わ、わかった」
頷いて烏龍茶を口にする。
「お前を膝枕したことがあっただろ??」
「・・・!?」
思わず、烏龍茶を噴き出す。
時を遡ること中学時代。小鳥遊は僕が中学に入学してから、数ヶ月経った頃転校してきた。見た目がかわいかったので、女子と一部の男子に人気があった。
中学時代の彼は華奢で、今は180cm以上もあるが当時は150cmもなかったように思う。小鳥遊はとにかくモテたので、男子からは疎まれる存在になっていた。なので、同級生や上級生の男子からは、特に風当たりが強かったように感じていた。
休み時間になると中庭で本を読むのが日課だった僕は、休日も公園のベンチで読書に勤しんでいた。ある日曜日、いつものベンチで読書を楽しんでいると、陽光が暖かく、眠気を誘ってきたので、横になる。そしてしばらくすると、頭のあたりに違和感を覚え、目を覚ましたら小鳥遊がベンチに座り、彼が膝枕をしていた。
『頭痛そうだったから』
と小鳥遊が微笑む。寝ぼけてた僕は赤茶けた髪の色が日の光に当たって、キラキラして綺麗だなぁと思っていた。
「お前あのとき、俺の髪ほめてくれたろ?」
問いかけるように話す小鳥遊。
「え???」
僕は、彼の意外な言動に思わず聞き返してしまう。
「コンプレックスだったんだよ、赤茶の髪」
『学校でいつも一人でいるなぁと思ってたんだ。今日たまたま見かけたから声かけようかと思ってて、そしたら寝ちゃってた』
当時、そんな風に言われた記憶がある。
「その時から意識してたんだと思う」
小鳥遊はそう言い烏龍茶を飲む。
華奢だった体格はバスケを始めたことで少しずつ良くなっていき、中三になるころには僕との身長差が逆転しており、その頃には小鳥遊をいじめる奴等はいなくなっていた。
ふと、小鳥遊が右手を握ってきた。僕は驚いて身構えたが、
「何もしねーよ」
と笑い、右の掌を指で触って、
「まだ握力もどんねーの?」
と聞いてくる。
僕は高二になってすぐ、ある事故で左足と右手を骨折したことがあり、一週間意識が戻らなかった。それは、全治七ヶ月の怪我で退院後も、リハビリとか色々あって、高二の授業をほとんど受けることが出来ずに留年してしまい、普通に歩けるまでに回復したが、全力疾走は難しくなった。そして、右手には握力が著しく低下する後遺症が残った。さらに小鳥遊は入院中、色々と世話をしてくれたのだ。
小鳥遊には当時、彼女がいたのだがほぼ毎日、僕の世話をしていたので愛想尽かさたのか
「私と夏樹、どっちが大事なの??」
って当時の彼女に聞かれたらしく、当の小鳥遊は、
「夏樹って言っといた」
と言いながら乾いた笑いを湛えていたのを覚えている。その時は冗談だと思ったのだが、今にして思えば意外とそうじゃないかもしれないと感じている。そんな話をファミレスでしていると、小鳥遊のスマホが不意に鳴り出した。
「もしもし」
一瞬僕を見ると、慌てるように
「ちょっと席外す」
って言い、店の外に出ていった。数十分くらいたって帰ってきたら、不機嫌そうな顔をしており、
「お前、元カノに俺の番号教えた?」
少しキレ気味に言う。
「ん?どー言うこと??」
何を言ってるのか分からなかった。
「お前、フラれたってチャットくれたけど、原因は聞いたのか??」
ここで僕は、はじめて二月十四日に起こったことを詳しく説明した。説明している間に彼の怒気が高まっていくのが分かる。
「今から、お前の元カノがここに来る。夏樹もここにいろ」
「は???え?なんで??」
起こっている状況に頭が追いつかず戸惑っていると、小鳥遊が簡単な説明をしてくれた。そして、電話から数分後に、元カノが来た。彼女は僕がいることに驚いているようで、
「な、なんで佐倉がいるの?」
「俺が夏樹と話してるときに、どうしても会いたいって連絡してきたのお前だろ??で、何の用だよ」
静かな怒りを発散するように言う。
「邪魔なら席外すけど・・・」
僕は状況を理解できずにおずおずと申し出ると、元カノがヒステリックな叫び声を上げた。
「邪魔に決まってんじゃん!!!」
元カノは声を荒げ、小鳥遊がそれを制する。
「邪魔なわけないだろ」
小鳥遊に睨まれて観念したのか元カノは説明を始めた。『合コンで会ったときから親友を狙っていたこと。そして、僕から情報を聞き出してやろうと思って近づき、僕に本気で好かれているようなので早く手を切ろうと思っていたこと。スマホのデータを消すときに親友の番号を調べたこと。僕のことは最初から好きでも何でもなかったこと。元カノも彼女の友達も小鳥遊の方が気になってて、二人で最初から結託していたこと』
僕は、これを全て聞いてそのショックから、めまいや吐き気に襲われ変な汗が出た。そして、過呼吸気味になり卒倒しそうになる。
『初めて手をつないだ時のこと』
『電話で他愛のない話をしながらデートの約束をしたこと』
『寝る前におやすみのチャットを入れたこと』
『好きだよと言って軽くキスをしたこと』
それらが全て虚構だと思うと、みじめで仕方がなかった。
説明を聞いて真っ先に口を開いたのは小鳥遊で、元カノが許せないといった様子で口を開く。
「ありえないから」
「は?」
元カノが聞き返す。
「他人のデータ盗むようなヤツを好きになるなんてありえないから」
小鳥遊は突き放すが食い下がる元カノ。
「でも、あなたが好きなの」
元カノの口から小鳥遊のことが好きだと聞いて、吐き気がした。
「悪い・・・」
そう言い残して僕はトイレに行き、五分くらいして席に戻ると、元カノはいなくなっており、小鳥遊が一人でいた。どうやら水をかけられたらしく、
「由衣人、なにしてんの??」
「ん?あっちが勝手にキレただけだ」
元カノと何を話していたかは分からなかったが、由衣人はニヤリと笑って、
「俺がどんだけ夏樹のことが好きか、吹き込んでおいたからな」
とんでもない発言に思わず声を上げる。
「ちょ、ええ!??」
すると、周りのお客さんがクスクス笑い出し、小鳥遊の言葉で張り詰めていた空気が一気に和んだ。その代償としてファミレスに居づらくなり、帰ろうという話になる。
「熱弁は今度改めてするからな。色々あって疲れたろ、帰ろうぜ」
「うん・・・」
歩きながら他愛のない話をして、僕の家まで数メートルという時に、小鳥遊は足を止め、僕の顔をまじまじと見る。
「どうした?」
「いや、家そこだろ。もう帰れ」
「何だよ、寄ってかねーの?」
小鳥遊は信じられないというような顔でこちらを見て口を開く。
「お前、俺が好きだって言ったの忘れてるだろ」
「あっ・・・・」
そのことがすっかり頭から抜け落ちていた僕。
「も~、しょうがねぇなぁ、夏樹は」
と言いつつ頭をポンポンして、溜息をつきながら電柱に寄り掛かる小鳥遊。
「色々あり過ぎて、頭がパンクしそう」
僕がそう言うと、何か言いたげに複雑な表情を見せる。
「なんだよ」
「いや、なにも」
「何か言おうとしたんじゃないのか?」
「うん。まぁ、そうなんだけどさぁ・・・・」
今にして思えば、酷いことをしていたように思う。僕のことを好きだと言った小鳥遊の話を有耶無耶にした挙句、言いたいことがあるなら言えなんて・・・・・。
両肩を掴まれ、抱きしめられる僕。
「え??いやあの、ちょっと・・・」
「好きなんだ!夏樹!!」
抱きしめたまま声を張り上げる。
「お前が好きだ!俺、自分で気がついた時、世間で言うフツウとは違うと思ったからとても怖くて、夏樹と仲良くなるのは嬉しかったけど、すごく怖かった!!」
それは魂のいや、号哭の叫びだった。
「気づかれたらダメだと自分に言い聞かせて、夏樹と俺の関係が壊れることが一番怖かったから我慢してた!!女の子とも付き合った。それがフツウだと思ったから、でもダメだったんだ。夏樹じゃないと、駄目なんだよ」
小鳥遊は泣いており、僕は抱きしめられたまま何も言えなかった。どうすれば良いのか分からず、抱きしめてきた親友の腕を振りほどくことが出来た筈なのにできなかった。どうしてなのかは、分からない。好きなのか、流されているだけなのか、それすらも分からないでいた。
(キスをしてもいいモノなのか?)
そんなことを思っていたら顎を掴まれ、口を塞がれてしまった。朝にされたものとは違うモノだった。口内を舌が蹂躙していき、僕はされるがままで、ちょっといやらしい音が聞こえた気がする。口が離れてから腰が抜け、肩で息していた。小鳥遊は噴き出して、
「何やってんだよ」
と僕が知ってるいつもの笑顔を見せてくれた。
「なにってお前・・・、今のは反則だろ」
抗議の声を上げ、ある意味初めてのキスで顔が赤くなってしまう。
「夏樹、ごめんな。そして、ありがとう。あのキスをなかったことに出来ないとは言ったけど、お前を苦しめたくはないんだ。明日からフツウにしていられるように頑張る・・・。だから汚いモノを見るように、拒絶だけはしないでほしい」
「わ、分かった」
僕は戸惑いながらも、返答する。
「じゃあ、またな!!!」
いつもの調子で別れを告げる小鳥遊。
家に入ってしばらくすると、小鳥遊から電話があり、元カノの友人から電話がかかって来て、
『私はわるくない!!薫に頼まれたからやっただけ!』
と喚き散らしたらしい。僕は小鳥遊のことが心配になり、言葉を返すと
「そんなことより、夏樹は大丈夫なのか?」
って逆に心配された。知らない番号から電話がかかってきて怖い。知らないアドレスからのチャット。元カノからだと直感した。
「今から、そちらに行きます」
文はそれだけで他に何もなく、居留守を使うことにした。電気を消し鍵を閉め、ベッドの下に隠れる。数十分後に元カノが来て鍵を開ける。合鍵を渡した覚えはない。
「わぁ、真っ暗だね」
と言いながら、元カノは電気をつけ、僕の姿が顕わになる。
「ほら、やっぱりいた」
元カノは嗜虐的な笑みを浮かべながら近づいてきて、
「夏樹、座ってよ」
元カノはこたつに入って僕を見る。どうにかして逃げられないか考えていたが、部屋の出入り口付近はしっかり押さえられていた。
「いいから!!座れよ!」
脅すような強い口調で指示する。僕は猛獣に威嚇されて怯える小動物だった。まさか鍵を開けて入ってくるとは思わなくて、動揺していたので、録音という大切なことを忘れており、証拠を一つ失ってしまう。元カノは落ち着いて見えたので、きちんと話し合うことが出来るのではないかと思っていた。
「夏樹がトイレに行ってる間、由衣人くんと話したよ」
静かに言う元カノは、僕に対する目つきが少し鋭くなった。
「由衣人くんに酷いこと言われたんだからね!人の心をもてあそぶなんて最低だ!って言われたんだよ!!!」
「そ、そうですか」
(なんてこと言ってんだよ。僕には『夏樹がどれだけ好きか吹き込んでおいた』とか言ってただろーが)
「そんなひどいこと言われたら私、死んじゃうからね」
と小鳥遊に訴えたそうだが、『止めないけど?』ってバッサリ切り捨てられたそうな。元カノは
「由衣人くんが、自分にそんなヒドイことを言うはずがない。夏樹が何か吹き込んだんじゃないの!?」
と捲し立て、自分がデータを盗んだことは忘れているようだった。
「あんたの・・・」
急に元カノが立ち上がり、すごい形相でとびかかってきた。
「あんたのせいだああああああああ!!!!!」
「ぎゃぁぁあああああ」
僕は悲鳴に近い声を上げることしかできずにいた。どたばたと相当うるさかったように思う。実際に、この時点で隣家の人が大家さんに苦情を入れたそうで、後から聞いた話によると、大家さんは僕の部屋の前まで来たそうだ。
家の中から女の怒声が聞こえる。怒声のような、奇声のような?咄嗟にこれは自分では対処できないと思ったそうで、大家さんは警察に通報した。僕の声が全くせずに、女の声しか聞こえないことに不思議を感じたそうだが、僕は、首を絞められていたので、声を上げることが出来ずにいた。力いっぱい振りほどこうとしたがその時に、思いっきり体重をかけてきたので、全く振りほどけなかった。そんな時、不意に誰かが部屋に入ってきて、元カノを引きはがした。誰かと思い確認すると警官で『なぜここに警察が!??』と感じた為、詳しく聞いてみると、小鳥遊が念のために、僕の家の近くをパトロールしてほしいと依頼したそうで、警護や護衛は出来ないけど、パトロールならという話だったので、その話をを通してくれたらしい。そこへ大家さんから中で人が暴れていると通報が入り、巡回していた人に連絡が入ったため、様子を見に来てくれたとのことだ。
ちょっと遅れて小鳥遊も飛び込んできた。
「バカ野郎!!!」
小鳥遊に怒鳴られる。
「全然大丈夫じゃないだろ!!何してんだよ!!!何してんだよ、お前!」
「お、怒ってんのか?」
「心配してんだ!!この阿呆が!!!!」
今日助かったのは運が良かっただけだからな。と念を押され、クドクドと説明される。
『警察の介入が遅かったら?小鳥遊が事前にパトロール要請してなかったら?隣の人が大家さんに苦情を言わなかったら?大家さんが通報してくれなかったら?』
部屋に飛び込んできたお巡りさんからパトカー要請があり、警察署に行くことになった。元カノは終始おとなしくしていたが、俯いてナニやら呟いていた。取調室に元カノが連れていかれようとしているときに、小鳥遊が、
「ちょっとすいません」
と割り込んで手をそっと握った。元カノは、顔を上げて小鳥遊を見る。
「人のスマホのデータを勝手に盗むのはダメだろ。それは分かってるね?」
小鳥遊は元カノに対して言葉による説得を試みていた。
「他人の家に勝手に入るのもだめだ、分かるだろ?」
黙ってうなづく。
「ごめんなさいは???」
「ご、ごめんなさい」
「よくできました」
小鳥遊は、元カノの頭をポンポンと叩くと
「うああああ~~~、ごめんなさいいいいい~~~~~」
元カノは号泣していた。ファミレスでは『とにかく嫌われた!!!』と思い、極端な方向で思い詰めていたようで、
「夏樹、ごめんね」
鬼かと思っていた元カノは憑き物が落ちたような感じで普通の女の子に戻ってた。僕も小鳥遊も警察署で調書を取られて、警察署を出たのが午前三時頃で、ダラダラ歩いていると、自販機を見つけそこでコーヒーを買う。
「夏樹は紅茶で良かったよな」
「う、うん。一日がこんなに長いとは思わなかったよ」
「まったくだ」
と言いお互い笑った。
「僕のことばかり言うけど、実のところお前はどうなん?アイツの友達から何度も電話あったんだろ」
「大丈夫だからここにいるんだろうが」
笑いながら返答する。
「どうやって、教えろよ」
「夏樹と違って俺は要領いいの。アイツだって簡単に堕ちただろ?」
小鳥遊の口車に乗せられて撤退したようで、そのスキルがうらやましくなる。自宅に戻り、床に座る。そして、僕の後ろに由衣人が座った。彼の両足の間に挟まれて、座ったままギューッと抱きしめられ、僕は抵抗したのだが、
「うるせー!!心配させたんだから罰だと思ってじっとしてろ!夏樹が無事でよかった。もうあんな思いはしたくないからな」
僕が入院した時のことを、由衣人は言ってるのだろう。
「教会にも神社にもお寺にも行ったぜ。いろんな神様にお願いしたね。助けてくれってよ」
「そっか、ありがとな。僕みたいなヤツの世話ばっか焼いて、損してんじゃないのかって時々思うんだよね」
「『みたいなの』とか『僕なんて』って、たまに言うよね?でも俺は知ってるぜ、お前が頑張ってるの。昔みたいな絵は描けないけど、今でも描いてんだろ?」
って言いながら、右手をツンツンした。
「でも、前みたいに描けないよ」
声のトーンが落ちる。由衣人は少し考えてから言った。
「大丈夫だよ。おまえが、前みたいに描くことが出来ないのは、分かってる。でも、そんな風に感じる必要はないと思うけどな。夏樹が描きたいと思ったモノを、今の力で描いてけば良いんじゃないか??」
その言葉に思わず無言になり、泣きそうになる。
「お前はよく頑張ってるよ」
って言いながら、抱きしめられる。
「お前の良いところも、ダメなところも全部好きなんだよ」
お互いに笑い、夜が明けるまで話をした。抱きしめている由衣人の方を向き、僕は接吻をする。
「これからイロイロとよろしく、由衣人」
「ああ、よろしく夏樹」




