はじめてのはなし
「書きたい。」
そう思って、本棚に忘れられていたノートを探しに行った。B5のオレンジ色の表紙のノートが、思っていたとおりの場所に立てかけられていた。
手に取って、開いてみる。
初めの何ページかを埋める、黒いインク。以前に同じ衝動に駆られた時の名残で、今では何を書いたかもはっきりしない、お話めいた小説もどきたち。
恥部から目を逸らすように、すぐにページをめくる。白紙に横ラインだけが引かれた、ありふれたノートを開き、はたと気づく。
「ここには書けない。」
書きたいと思った気持ちは急速に萎み、何故だろうと考えた。何故、ここには書けないのか。そして、ふと思いつく。書きたい場所はどこか。
いつの間にか思い込んでいた。ノートとペンで書くものと。そうあるべきで、そうして書かれたものが正解であると。
そんな偏見に気づき、面白いと、気を良くした。上がった気分のまま、また出かけることにした。気に入りの本屋へ車を走らせ、着くなり店の片隅の椅子とテーブルを占拠して、文字を打った。
始めてすぐに求めていた感覚を捉え、満足感を得た。
そう、これだ。この感覚。
自分の情けない文字を見つめながら紡ぐのではない、デジタルの美しくバランスの取れた文字を見返しながら、自分の内側を晒していくこの感覚。
愉しい。
これならできると思い、迅る気持ちを抑えながら、文字を打ち続けた。
最後まで辿り着き、題名はなんだろうかと頭を悩ます。今日の日付だろうか。今後も続けて書くならば、何かにvol.1とでも付ければいいのだろうか。
答えが見つからないまま、とりあえずはコレにしようと名付けた。顔を知る誰かが読むわけではない。取り繕う必要はない。自分に言い聞かせながら打ち込み、投稿するボタンを押した。
"はじめてのはなし"




