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【単発】異世界系まとめ

定点カメラ令嬢は噂話がお好き

作者: 沢瀉 妃



 先日まで、学院を騒がせていた話題の渦中にいたご令嬢はルーデウス侯爵家のご令嬢です。

 彼女は歴とした青い血を持つ一人です。侯爵家は代々王家に忠誠を誓い、騎士や侍従や乳母である家系です。それだけ王族の近くにいることを許されている、というのはまあその家格も含めいかに懇意にしておられるのか明らかでしょう。

 三大侯爵家の一つに数えられるルーデウス家は特に、エイシャル公ヘンリー閣下からの信頼厚く、ご長男のラインツ様は侯爵様の下で当主教育の最終調整を行い、一年の海外留学を終えて、来月には要職に就くことが決まっておられます。


 まあそれはいいのです。ラインツ様や侯爵家の方々には特に問題がありませんので。この度の騒動の中心におられたのは侯爵家の六人のお子様の六番目、末娘のマリアベル・ルーデウス様でした。


 マリアベル様は今年、十六になられます。第二王子殿下やクレイル公爵家の長男、サーヴァス辺境伯のご長男など有名どころの令息たちと同い年です。

 わたくしはと申しますとルーデウス家の四番目と五番目、双子なのですがアントニオとビクトリアがおりますのでこの二人がよく話しかけてくれます。わたくしは親しくさせていただいていますから、異性であるアントニオはともかくビクトリアのことはトリーと愛称で呼ばせていただいております。


 さて、話がそれましたが、マリアベル様が入学されたことでこの学院には各学年にルーデウス家の関係者がおります。一年のマリアベル様、二年のアントニオとトリー、三年に三男のエーリッヒ様です。エーリッヒ様は優秀ですから生徒会の副会長をなさっておられます。生徒会長ですか? 王太子殿下です。


 つらつらと名前を上げさせていただきましたけれど、基本的に全員にすでに婚約者がおります。王太子殿下も、エーリッヒ様も、アントニオも、トリーも、マリアベル様も、第二王子殿下もクレイル家のご令息もサーヴァス家のご令息も、もちろんわたくしも、全員にです。


 ことの発端は第二王子殿下でした。発端というのもなんだか違和感がありますけれど、どうにもマリアベル様との距離が近いということでご令嬢の皆様が眉をしかめておられたのです。わたくしは言われるまで気が付きませんでしたが、たしかに婚約者でもない相手と隣り合わせに座って手を取り合うのはあまり褒められたことではありません。

 きっとなにか励ましておられるのよ、と婚約者である公爵家のエリス様は何度かお目こぼしされていたようですが我慢できなくなったのか王子殿下とマリアベル様のいるところにご自身と、ご自身の侍女を連れ「あまり外聞がよろしくありません」と()()()()()()()を申し上げました。


 が、王子殿下には覚えのない罪で詰られ蔑まれ、マリアベル様はエリス様が怖いと泣き出し、一転その場は混沌の嵐。幸いにも王太子殿下とエーリッヒ様がいらっしゃいましたのでその場は収まりましたがそれ以来エリス様はすっかり落ち込んでおられたようです。お可哀想に。


 それから続々と高位貴族のご令息がすっかりマリアベル様に傾倒し、骨抜きにされてしまいましたのでさあ大変です。あちらこちらでエリス様の二の舞、三の舞、四の舞と同じようなことが起き続けました。先日まで仲睦まじく中庭で昼食をとっていたあちらも、放課後に図書館で学んでらしたあちらも、健気にも休み時間のほんの数分顔を見に教室を行き来していたあちらも、すっかり見る影もございません。


 その中でも特にエーリッヒ様が頭を抱えておられました。なんと王太子殿下までそのうちの一人になってしまわれたのですから当然です。エーリッヒ様は毎日必死で王太子殿下を説得されていたようですけれど、王太子殿下の耳はただの筒になってしまわれたらしく右から左へ、左から右へ、一等信頼している臣下であり友人の声も全く届かなくなってしまったのです。


 ことがことですので、エーリッヒ様はすぐルーデウス侯爵様に報告をし、アントニオもトリーも兄の報告に間違いはない、と言葉添えをいたしました。

 わたくしも第三者としてと言うことで三人に頼まれましたから、エーリッヒ様がどうとかではなく公爵家のエリス様や王太子殿下のご様子など見たものだけをお伝え致しました。侯爵様はそれはそれは沈痛な面持ちで「わかった」と言うと焦っておられたのかなかなかちぐはぐな装いで王城に向かわれました。国王陛下と王妃殿下とお話をなさるのでしょうね。


 侯爵様と王家、加えてその他の婚約関係者の家々が結託すれば出るわ出るわ証拠の嵐。あっけなくマリアベル様の周辺がなぜそんな有様になっていたのかは結構すんなり分かって解決いたしました。


 なんでも、マリアベル様のご愛用の香水に異性を篭絡するという秘薬、そして意識を操る秘薬の二種類が混入していたのです。マリアベル様の香水は調香師に言いつけて作らせた特別製とのことで、その調香師を当たるとマリアベル様に命令されたと申しましたけれど、その頃のマリアベル様がどうにもおかしいと1ヶ月ほど香水を使わせないよう、王家の貴賓牢へ見張り付きで軟禁した結果、マリアベル様の意識すらもその秘薬で操作していたことがわかりました。挙句、マリアベル様を使い侯爵家から金品を掠めていたというのですから大わらわ。


 調香師は貴族への加害と詐欺ということで、死刑になることに決まりました。しかも打首ではなく毒ガスやら虫責めやら楽に死ねない方法をとられたと聞いております。なんせ操ったのはマリアベル様1人でもそれによって数多のお家の関係の悪化や崩壊を招いたのですから国益を損なったと見られるには十分、いえ十二分でした。


 幸い、籠絡や意識を操作といっても限界があるようでマリアベル様は無垢のままでしたし、関係者各位はお家の処置でいいだろうという程度の話で済みました。王家がどうこういうような大きな問題に発展しなかったのは不幸中の幸いというものです。

 ところが、あとになってまたわかったのですがどうやらその「異性を篭絡する秘薬」ですけれど、厳密にはもとからある好感度を無理やり引き上げるというもので無から有を作る薬ではありませんでした。つまりマリアベル様に少しでも下心がなければ意味がないのです。ご家族であるエーリッヒ様とアントニオがマリアベル様にそう言った態度をとらないのは家族ゆえ、性的な感情など一切ないのですからごく当然だったのです。


 マリアベル様は大層お可愛らしいお姿ですから、引く手あまただというのはトリーからも聞いていました。とはいえ末娘ですから侯爵様も侯爵夫人もなるたけマリアベル様に悪い虫がつかないよう防御を固めていたようです。ですから、婚約者のいない彼女とあわよくば、という思いを持つこと自体はまあ当然だったといえるでしょう。

 それを聞いて面白くないのは正規の婚約者のお嬢様方でした。当然です。たしかに結婚するまで肌を許さないというのが貴族の常識ではありますが、それにしたってよそのお嬢様をいやらしい気持ちで眺めた挙句、篭絡されてこちらの助言も右から左に抜けていたのでは、あの心を痛めた日々はなんだったのかとなるに決まっています。


 拷問されていた……もとい処刑の順番を待っていた調香師が発狂気味に「だってヒロインが! ヒロインがルート通りに動かないから! あの女が!」と叫んでいたとのことですがヒロインというのはマリアベル様のことでしょうか。あの調香師も女性なのですが、もしかしてマリアベル様に懸想されていたのでしょうか。真相は闇の中ですけれど、それはさておいていま、貴族間では婚約破棄(しかも女性側から)が空前の大ブームなのです。

 ちなみにマリアベル様はその後ショックで寝込んでおられますけれど、彼女は完全に被害者ですので今後嫁ぎ先には困ることもないでしょう。嫁げる男が残っていればな! と侯爵様は大変お怒りでしたがそのあたりはすべて調香師に向かうようエーリッヒ様が手筈を整えておられたとあとでアントニオに聞きました。




 たとえばそう。心優しく成績も優秀。生徒会に居ないのは単にお忙しいから、とあれだけ言われていたエリス様たちですけれど。


()()()()殿()()、とエリス様もご婚約を破棄なされたとか?」

「ええ、ええ、なんでも毎日エリー! 僕には君だけだ! と追いすがっては、婚約者でもないのに愛称で呼ぶなんて! とエリス様に氷のごとき視線をいただいておられるとか」

「エリス様も王子妃教育で毎日お忙しかったでしょうから嫌になってしまわれたのね」



 そうそう、それから賢王賢妃として名を残すのでしょうねとあとは卒業後の大々的な結婚式を控えていた王太子殿下とレベッカ様なんかはご覧のあり様。


「レベッカ、どうか、どうか考え直してくれ! このままではこの国の未来が」

「まあ、王太子殿下。ここは高貴な血の方がいらっしゃるような場所ではございませんわ。()()()()()()()()()()……だったかしら」

「違うんだ、そんなことは思ってないんだ! どうか話を聞いてくれ!」

「あいにくこの後、ファーヴィン伯爵様とお会いする用事がございますの。ごきげんよう」

「レベッカ!」



 ああ、そうだ。それに忘れてはいけないクレイル公爵家とラフランド伯爵家の縁談に関しては


「我が家の領民が大変頑張ってくれていますから、新しい事業が軌道に乗って我が家は安泰ですわ。もうそのために結婚する必要もないから、わたくしは経営の勉強に専念してもいいとお父様が言ってくださったんですのよ」

「ち、ちがうんだ、アイリーン……! ぼくはただ、ぼくより君のほうが柔軟で賢いことが不安で、捨てられるんじゃないかと」

「ええ、ですからお望みどおりにいたしますわ。おかげさまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にはならなくてよさそうですもの」



 とまあ、どこもかしこもこんな有様なのです。

 アントニオは不幸中の幸いでしたねと尋ねれば、妹でなかったらと思うとぞっとする、といつもは血色のいいその顔を幽霊もびっくりなほど真っ青にしておりました。トリーに聞いた話では、連日連夜家の中はお通夜だそうですし、関係各所に頭を下げて回っている侯爵は目に見えてやつれてお疲れで、かといって侯爵家だけを責めるわけにもいかないからとあちこちのお家からお気を落とさず、と憐憫のお言葉やお手紙がわんさか届くそうですから心労はいかばかりか。

 なんでもあの調香師、高位貴族の間では有名な人物だったそうでほかにも贔屓にしていたお嬢様やご夫人はたくさんいらっしゃるのだとか。本当の意味でたまたまマリアベル様だっただけ、だそうです。可哀そうに。



「災難でしたね、エーリッヒ様」

「ああ、殿下はあれだしもう本当にどうしていいのか。私の救いはあなただけです」

「まあまあ、お可哀そうに。ときにわたくしの好奇心でお尋ねするのですけれど仮にマリアベル様でなかったらエーリッヒ様も香水にやられていたのでしょうか?」

「ないと思いますね、だってあれは人間しか想定していないものですから。あ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「まあ、お上手ね」

「卒業後もあの殿下のおそばにいるのかと思うと憂鬱だ……わたしはあなたを連れ帰って語らいたいだけなのです。それ以上なんて望んでいないのに」


 うっとりと()()()()()()()に指を這わせながらエーリッヒ様はわたくしのほうを見つめました。

 たしかに、絵画を愛してくださるような男性にはあんな香水効かないかもしれませんね。

 こうしてわたくしが学院の噂話のかなめでいられるのもあとわずか。エーリッヒ様の卒業と同時に侯爵家に引き取られる予定ですけれど、そうすればエーリッヒ様はまっすぐ帰ってきてくださるでしょうし、異性に篭絡されることもないのでしょうけれど、お話しできる方が減りそうでそれだけがわたくしの今後の不安であるのです。

2-28追記 人数の修正を行いました。

エーリッヒが次男じゃないのかという指摘がありましたが、長男ラインツ(20)、次男リディア(19)、三男エーリッヒ(18)、四男アントニオ(17)、長女ビクトリア(17)、次女マリアベル(16)で侯爵家の子供たちは計六名が正しいです。

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[一言] モナリザを思い出した。なんか不気味で子供の頃苦手だったんだよね。
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