9話 勇者VS布団
「う~~~~ん……」
どうやら俺は寒さで目を覚ましてしまったらしい。
魔導時計を見ると午前7時。起きるにはまだ早い。
俺は8時まではぐっすりと眠りたいタイプだ。
しかし、この分では寒くて二度寝出来そうにない。
仕方なしに押し入れから毛布を出したが、
「……なんか埃っぽい匂いがするな」
まあずっとしまい込んでいたから当然か。
仕方なしに俺は布団を抱えて、眠い目を擦りながら庭へと出る。
外はもう明るかった。
「レントさーん。ちょっといいですかー?」
トレントのレントさんは普段は枯れ木に擬態しているが、俺がテイムしたモンスターだった。
栄養剤をあげる代わりにたまに物干し代わりになって貰っている。
レントさんは俺の声を聞き付けて、森から庭へと這い寄って来た。
「ちょっと布団干したいんでお願いします」
軽く頷いて枝を広げてくれたレントさんに、布団を被せていく。
まあ、布団干しを使えばすぐに布団は清潔でフワフワになるのだが、肌に触れる物に関しては天然嗜好で行きたい。
それに、ヒールに頼り過ぎても良くないかもしれないし。
そして俺が布団叩きを軽く振りかぶった時、
「おい! ユーリ! 俺のパーティに戻って来てくれ!」
例によってアレスがやって来た。
「今更遅い」
「何だよそれ! 調子乗ってんじゃねーぞ!」
「今日はキャシィとオデロはいないの?」
「あいつらはバイトだよ! 俺がお前の家を訪ねる為の交通費を稼いでくれてんの!」
「ふーん。大変だねえ」
「お前のせいだろが! 頼むから戻って来てくれよ!」
「絶対嫌だけど……だって面倒くさいし」
「面倒臭いとは何だ! 俺のハーレム……じゃなかった、魔王を倒して世界の平穏を取り戻す為に、お前の荷物持ちの才能が必要なんだよ!」
「魔王ならもう俺の仲間になってくれたけど? ギラルさん憶えてないの?」
「ギラルさんが魔王な訳ねーだろーがああああ!」
あー駄目だこりゃ……やっぱりこいつとは話が通じない。
「とにかく、力づくでも連れ帰ってやるぜ!」
アレスが背中から長剣を引き抜いた時、俺に名案が浮かんだ。
「いい事考えた」
「な……何だよその笑みは……」
俺は布団をすっぽり被ったレントさんに作戦を伝えた。
レントさんは軽く頷いて答えてくれた。
「おい! 聞いてんのか! 俺のパーティに戻ってくれ!」
「いいよ」
「マジで!? よっしゃあああああああああ!」
「ただし俺のモンスター、フワフワゴーストのフワワを倒せたらね」
俺はアレスに布団叩きを投げ付けた。
「伝説の勇者様なら、布団叩きで十分だろ?」
「……何だとお! ユーリの癖にナメやがって! こんなふざけた雑魚モンスター余裕に決まってるじゃねえか! ビリビリにされても泣くんじゃねえぞ!」
一応、レントさんと毛布にガードブーストを掛けておく。
レントさんには思いっきり、毛布の方は程良くだ。
「死ねえええええ! オラアアアアアア!」
布団が叩かれる軽い音が庭に響いた。
俺は勝手口から台所に入ってレモンティーの準備を始めた。
ちょっと今日は薄めにしてみようかな。
「雑魚があああああああ! 調子乗ってんじゃねえぞおおおお!」
俺とリタの分と、それとアレスの分も作ってやるか。
アレスは多分終わった頃にはヘトヘトになってるだろうから、すぐ飲んですぐ帰れるようにアイスにしといてやろう。
「クソガアアアアアアアア! くらえええええええ!」
「あ……おはようございますユーリ様」
ピンクのローブ姿で部屋から出て来たリタに微笑みかける。
「おはようリタ。レモンティー飲むよね?」
「はい、ありがとうございます。ところでアレスさんは何を?」
「ああこれ? 布団叩きして貰ってるんだ」
「これならどうだああああ! 必殺! サウザンド勇者アタック!!」
柔らかい日差しの中、軽い音が布団から響いてくる。
「アレスの奴、中々筋がいいじゃないか」
木製のテラスで切り株の椅子に腰かけ、微笑みながらレモンティーを飲む。リタは苦笑いでアレスを眺めていた。
「……大体状況は分かりました」
「まあ、この前チキン南蛮あげたし、たまには役に立って貰わないとね」
やがて、アレスは息切れして今にも倒れそうなほどふらつき出した。
「ハア……ハア……クソ……今日はちょっと……調子が……出ないみたいだな……今日は……帰ってやる……」
布団もフワフワになっているし、十分だろう。
「ああ帰るの? ありがとね。アイスレモンティーいる?」
「……おう」
アレスはガラスのコップを傾け、アイスレモンティーを一気飲みした。
「プハアアアアア! うめえええええええ!」
「マヨネーズとタルタルソースもあげる」
「マジで!?」
「その代わり眠るから帰ってくれ」
「仕方ねえな……今日は調子が悪いから帰ってやる! だが次は無いからな! 絶対にお前を俺のパーティに引き戻してやる!」
「はいはい」
俺は適当にアレスを見送ると自室へと戻り、フワフワの毛布で最高の二度寝を堪能したのだった。