6話 勇者VSマヨネーズ
「あれ? ユーリ様何をなさっているんですか?」
エプロンを身に着けて台所に立った俺に、リタが駆け寄って来た。
「マヨネーズを作ろうと思ってね」
「マヨネーズって何ですか?」
「まあ、調味料みたいな感じかな」
俺にはどういう訳かぼんやりと前世の記憶があった。
前世ではブラック企業とかいうのに勤めていたりと嫌な事が多かった気がするが、この世界には無い良い物も沢山あった。その一つがマヨネーズだ。……あれは旨かったなあ。
そんな訳で、何となくマヨネーズを食べたくなった俺は、自分で作って見る事にしたのだった。
「まずは卵を入れてと」
俺はモンスター牧場から持ち帰ったコカトリスの卵を、木のボウルへと割り入れた。
「私も手伝っていいでしょうか?」
「いいよ一緒に作ろう。酢を取ってくれ。塩コショウも」
「はい!」
「えーっとどうすんだっけ……まあいいや適当で」
リタから受け取った酢を適当にボウルへと流し込む。
塩コショウと油も目分量で入れて、後は混ぜれば完成。……だと思う。
しかし……
「なんかベチャベチャですね……」
「ほんとだな……」
全然混ざらないし……明らかに水分が多い。
卵白は入れない方が良かったのかも知れない。
頑張って混ぜてみたが、ボウルの中には黄色っぽい謎のベチャベチャが波打っているだけだった。
「うーんダメっぽいなあこりゃ」
――あまりこれは使いたくないが、仕方ないか。
「調理」
俺が手を翳すと、ボウルの底のベチャベチャの水分は減って行き、ふわっと膨らんで行った。光沢も出た。ちょっと指で取って舐めてみる。
――うん。マヨネーズだこれ。
「リタも食べてごらん」
「はい! ……あ! 美味しいです!」
「よーし。ちょっと早いけど昼ご飯にしちゃおうか。庭の野菜を取って来てくれ。マヨネーズは野菜に合うからな」
元気に返事して勝手口から庭へと向かったリタを見送ると、玄関の呼び鈴が何度も打ち鳴らされた。
「おーい! ユーリ出てこい! 今日という今日こそ俺達のパーティに戻って来て貰うぞ!」
アレスの奴……また来たのか。
俺は仕方なしにマヨネーズを追加で調理してから玄関へと向かった。
「ユーリ! 戻っ……」
「――今更もう遅い」
「まだ言ってないだろ!」
「お前の言う事は大体予想付くんだよ」
「とにかく、戻って来て貰うぜ!」
……面倒くさいなあ。
「もう遅いけど、まあ上がれよ。折角だから昼飯食べていってくれ」
「中々気が利くじゃねえか! ようやく身の程を弁えられるようになったらしいな!」
……相変わらずうざいが、まあいいか。今日の俺は機嫌がいいし。
アレスを連れて居間へと向かうと、庭で取った無数のキュウリを抱えたリタが立っていた。
リタはアレスの姿に気付いたとたんに顔を曇らせる。
「げっ……アレスさんですか?」
「何だその態度は! 俺は勇者だぞ! 舐めやがってクソガキが!」
「まあまあ落ち着いて。……昼ご飯にしよう」
キュウリを水魔法で洗って、マヨネーズを付けて噛り付く。
「うん。旨いぞ」
アレスとリタも俺に倣った。
「おいしい! おいしいですユーリ様!」
「うめええええええ! 何じゃこりゃあああああああああ! うますぎるぞこりゃああああああ!」
二人とも気に入ってくれたようで良かった。
「朝焼いたソーセージパンもあるぞ。これにもマヨネーズが合うかもな」
アレスは、ソーセージパンにマヨネーズを塗りたくると豪快に齧り付いた。
「うんめええええええ! こんなうまいもん初めて喰ったぞ! やっぱお前は最高の荷物持ちだぜえええええ! 戻って来てくれえええ!!」
「それは絶対無理」
「チクショオオオオオオオオオ!! でもうめえぞおおおお!」
リタの方は、無言でマヨネーズ付きソーセージを貪っている。
「リタ、あんまり早く食べたらのどに詰まらせるよ」
「モゴモゴゴ……モゴゴモゴ!」
「ちゃんと食べてから喋りなさい」
「モゴ……」
「うめえええええええええ! うますぎるうううう!」
「……アレスももう少し静かに食べろ」
そんな感じで楽しい時間は過ぎて行った。
しかし、食後にリタが入れてくれた紅茶を飲んでいると、アレスの例の発作が再発してしまった。
「ユーリ! 腹ごしらえも済ませたし本題に入らせて貰うぜ!」
「――それ以上言うな」
「は? ふざけてんじゃねえぞ!」
「マヨネーズおいしかっただろ?」
「それとこれとは話が別だろ! 戻っ……」
「――それ以上言ったらマヨネーズは二度とやらん」
「ぐっ……!」
「ちょっと余ったから持って帰っていいぞ」
アレスは一瞬迷いの表情を見せたが、
「……仕方ねえ! 今日は特別に帰ってやる! だがもう同じ手は喰わないからな!」
「はいはい。じゃーねー」
ガラス瓶にマヨネーズを詰めて渡してやると、アレスはウキウキで帰って行った。
「すごいですねマヨネーズ……アレスさんを追い払う事も出来るなんて」
「……ほんとだなあ」
俺は深く感謝しながら、ガラス瓶に入ったマヨネーズを魔導冷蔵庫に入れたのだった。