5話 勇者VS崖登り
この話は勇者視点です。
「どうなってやがんだよ……これ」
俺は雑魚の癖に調子に乗ってるユーリの馬鹿をパーティに引き戻す為、森にあるユーリの家を訪ねた……はずだった。
ユーリの家があるはずの場所には、切り立った崖が塔のように空高く聳え立っていやがった。
塔の天辺には、ユーリの赤レンガの家が微かに見える。
「ふざけんじゃねえぞユーリ! どんなイカサマを使ったかは知らねえが、俺から逃げられると思うなよ!」
――今日という今日こそ、絶対にユーリの馬鹿を俺のパーティに引き戻してやる!
俺は崖の窪みを手掛かりにして、必死の思いで塔を登って行った。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
俺がユーリの荷物持ちの才能に気付いたのは……ユーリが俺の言葉を真に受けて勝手にパーティを脱退してすぐだった。
ユーリの代わりにSランクパーティから引き抜いたおっさんを荷物持ちにしていたら、てんで役に立ちやがらなかった。
おっさんは荷物持ちとして最低限の仕事である筈の、装備品の手入れや荷物の収納すらまともに出来なかった。
ユーリの場合は、「ヒール」とか呟いては荷物を上手い事どこかに収納していた気がするが、おっさんはその程度の事も「出来ない」とか抜かしやがった。
その上荷物持ちがやるべき仕事である索敵、斥候、食糧調達、ルート開拓なんかも、「荷物持ちの仕事じゃない」とか言ってやろうともしやがらない。
そのくらいユーリの奴は軽々とこなしてたってのに……!
おっさんが無能なだけかとも思ったが、誰に荷物持ちをやらせても結果は同じだった。
その上、モンスターとの戦いで俺のパーティは急に苦戦するようになってしまった。
魔術師のキャシィは「以前は強化魔法みたいなのが掛かっていた気がしたッスけど、ユーリさんがいなくなってから無くなっちゃった気がするッス……」とか言っていたが、強化魔法なんて能力の1割程度しか強化出来ない雑魚魔法だから関係ないだろう。
俺達のパーティが急に勝てなくなった理由は、決まっている!
――荷物持ちが無能過ぎるせいで、戦っている時にどうしても荷物が心配になって調子が悪くなってしまうからだ!
ユーリという才能ある荷物持ちが俺のパーティに戻って来てくれれば、俺のパーティは以前の強さをきっと取り戻せる!
「待ってろよー! ユーリ! 絶対にお前を引き戻してやる!」
そして本領を発揮した俺の力で魔王を倒して、王国から大金を貰ってハーレムを作って一生遊んで暮らしてやる!
俺は息を荒げながらも、必死に切り立った断崖を登って行った。
それにしても……
「もう無理……きつい……死ぬ……聞いてない」
思ったより高いじゃねえか……。
だが、もう半分以上登って来ちまった。
今更帰るには……もう遅い。
「クソッ! 諦めてたまるか! 絶対にユーリを俺のパーティに引き戻してやる!」
俺は残された力を振り絞り、額に流れる汗も拭わずに崖の窪みに手を掛けて行く。
やがて、頂上の崖が近付いて来た。
もう少しだ……!
「うおおおおおおおおおお!」
やった! やっと頂上だ!
「うわ。アレスじゃんか。来たの? 今リタと雲遊びしてて忙しいんだが」
「ユーリ! 戻って来てくれ! 俺達のパーティにはお前が必要なんだ!」
「今更だし、もう遅いんで無理」
「何だとお! ふざけてんじゃ……うわっ!!」
やばい! うっかり手が滑った!
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「じゃーなー」
遠ざかっていくユーリはいつも通りの気のない声で俺に手を振ってやがる。
クソ……俺はこんな所で死ぬのか……!
まだエロい事全然してないのに……!
「チクショオオオオオオオオオオオオ!」
どうにもならねえ……地上の景色が非情にも近付いて来やがる。
――やばい! マジで死ぬ!
着地に失敗し、俺は草むらに転がった。
「いってええええええええ!」
しかし俺は死ななかった。
俺の勇者としての力が覚醒したって事だろう。
俺が落ちる時、ユーリの奴の手がなんか光ってた気がするがどうせ気のせいだ。良く考えたら俺は最強なのでこの程度で死ぬはずが無かった。
俺は塔の天辺で偉そうにしてやがるユーリに向かって、思いっきり雄叫びを上げてやった。
「ユーリ!! 憶えてろよ! 今度こそ絶対に引き戻してやるからな!!」