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3話 勇者VS少女


 その日、俺は栽培している薬草を売りに町へと赴いていた。


「いつもありがとね。ユーリさんの薬草は質がいいって評判なのよ」


「恐れ入ります」


 道具屋のおばさんから金貨3枚を受け取った俺は、何の気なしに露店通りへと向かった。


 石畳の露店通りには果物を満載した籠や、魚の塩漬けを詰め込んだ樽なんかが並んでいる。


 リンゴを買ったりしながらゆったり歩いていると、ふと檻に閉じ込められた10歳くらいの少女と目が合った。


「…………」


 赤い瞳に赤髪の少女だ。

 犬のような耳と尻尾が生えているのでどうやら獣人のようだ。


 ……しかし、檻に閉じ込められているという事は奴隷だろうか?

 俺がアレスのパーティに入るのと引き換えに、王に頼み込んで奴隷の売買は禁止して貰った筈だった。

 俺は檻の傍に座る店主らしき男を睨み付けた。


「そう睨むなよ……俺だって解放しようとしたさ」


「何があったんだ?」


「……酷い病気に掛かっちまってどうしようも無くなったんだ」


 言われてみると、少女の顔は虚ろで頬にも赤みが差している。

 俺は檻の前で屈み、少女へと手をかざす。


「――治療ヒール


 少女の全身が青白く光り輝いていく。

 やがて少女顔の赤みも抜けていった。


「……何だこりゃ? 何が起こった?」


「もう治ったから解放してやってくれ。この子の面倒は俺が見る」


「わ……分かった」


 店主が檻のかんぬきを外して扉を開くと、少女はゆっくりと檻を出た。


「もう大丈夫だよ」


 俺が少女に微笑みかけると、


「……ご主人様が治してくださったんですか?」


 少女は不思議そうに俺を見上げていた。


「まあそんな所だ。俺の事はユーリって呼んでくれ」


「ユーリ様……助けてくれてありがとうございます」


「様は付けなくていいよ。俺は君の事を奴隷にするつもりはない。ただ、助けになりたいと思っただけだから」


「そんな訳には行きません。ユーリ様の為に誠心誠意ご奉仕させて頂きます!」


 ――うーん。俺は対等な関係を築きたいんだが。

 まあ少しずつ打ち解けていければいいか。


「君の名前は?」


「リタといいます」


「そっか。よろしくな」


 リタの面倒は俺がきちんと見てやる事にしよう。


 俺はリタと美味しい料理を食べたり、服を買ってあげたりして、町を後にした。



 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 リタと出会ってから一週間が経った頃だった。


 窓から差し込む朝の柔らかな日差しで目を覚ました俺は、家の傍にある泉へと顔を洗いに行った。

 ふと泉の前で、木剣で素振りしているリタと目が合った。

 リタは素振りを止め、満面の笑みで駆け寄って来る。


「ユーリ様! おはようございます!」


「おはようリタ」


「そうだ! ユーリ様聞いてください! さっきゼーラちゃんの大きさ計ったら、また大きくなってたんですよ!」


「そりゃあ良かった」


 リタは大分俺に心を開いてくれているようだった。

 出来れば様付けで呼ぶのは止めて欲しいが、まあ焦りは禁物だろう。


「私、ユーリ様の助けになれるような立派な剣士になりたいんです!」


「気持ちは嬉しいけど、あんまり無理するなよ」


「はい! 無理せず頑張ります!」


 俺は泉で顔を洗うと、切り株に座ってリタの素振りを見物する事にした。


 美しい泉を、緩やかな風が流れて行く。


 ふと、泉の向こうから見覚えのある男の姿が視界に入った。

 男は銀の胸当てを身に着け、赤マントを肩から垂らしている。


「ユーリ! 頼む! 俺達のパーティに戻って来てくれ!」


 そう叫んだのは、勇者アレスだった。


「久々だなアレス」


「頼むから戻って来てくれ!」


「それはもう遅いけど、紹介するよ。俺の新しい家族のリタだ」


 リタは素振りを中断し、俺の傍に立って小さくお辞儀した。


「リタです! よろしくお願いします!」


「ふーん。お前そういう趣味だったんだ」


「……勘違いするな。俺はロリコンじゃない」


 俺が呟くと、リタは何故か悲しそうに俯いてしまった。

 ……あれ? 俺何か不味い事言ったか?


「そんなガキはどうでもいい! とにかく、お前は俺のパーティに戻って貰うぜ! 力ずくでもな!」


「……何なんですかこの人!」


 嫌悪感を込めた声を上げるリタに、アレスは歪んだ笑みで返した。


「知らねえのかクソガキ! 俺は伝説の勇者の血筋を受け継ぐアレス・ヘンリオン様だ! すごい血筋だし、とんでもない力があって最強なんだぞ!」


 ヘンリオン姓の人は確かに500年前に魔王を倒した伝説の勇者の血を受け継いでいるので、勇者を名乗る資格がある。

 しかし伝説の勇者は各地で子供を作りまくったので、今となってはヘンリオン姓の人はそこら中にいる。

 アレスの他に5人くらいヘンリオン姓の知り合いがいるが、全員庶民として普通に生活している。


 ……特段すごい血筋という訳でもないと思うのだが。


「とにかく俺はすごい血筋で、ユーリの1億倍はすごいんだ! どうだ? 恐れ入ったか?」


 偉そうに腰に手を当てるアレスを、リタは真っ直ぐ睨み返している。


「あなたなんかユーリ様の足元にも及びません! ユーリ様はすごく優しくて……あなたの1億倍すごいんです!」


「なんだとお! 舐めやがってこのクソガキ……!」


 アレスが歪んだ笑みを浮かべながら、長剣をゆっくりと背中から抜いていく。

 俺は庇うようにリタの前に立つ。


「ユーリ様……!」


「荷物持ちしか出来ない雑魚の分際で騎士様の真似か? お前には似合わないから止めときな!」


 ――面倒だが仕方ないか。


 俺が強制転移ヒールの詠唱を開始した時、


「ユーリ様! 私にやらせてください!」


 リタがそう言って木剣を構え、俺の前に出た。

 ……勇者と戦う気のようだ。


「……大丈夫か?」


「私、ユーリ様を馬鹿にしたあいつの事許せないんです!」


 ――まあ、リタは結構剣士の素質があるようだし、いざとなったらガードブーストで防御力を上げてやれば大丈夫か。


 俺は落ちていた木の枝を拾い、木魔法ヒールで木剣に加工してアレスに投げつけた。


「とりあえず、その剣はしまえ」


「なんだ? そのガキを俺と戦わせようってのか? 随分俺を舐めてるようだなあ!」


 リタは、嘲笑うアレスを強く睨みつけている。


「あなたなんか、ユーリ様が手を下すまでもありません!」


「言ってくれるじゃねえかクソガキ! 格の違いを教えてやるよ!」


 アレスは長剣を背中に収めると、木剣を拾った。

 木剣を構え、向かい合って立つアレスとリタ。

 そのまま二人は時が止まったかのようにじっと睨み合う。


 先に動いたのはアレスだった。


「クソガキがあああああ! 死ねえええええ!」


 アレスの隙だらけの大振りをリタは軽々と躱す。

 バランスを崩して前につんのめったアレスが振り返って剣を構え直そうとした時には……もう遅かった。


「――ハアアアア!」


 みぞおちに三連突き。アレスは吹っ飛ばされて泉に落ちてしまった。


「ボボボボッボッボオオオオオ!! ボッボボボボ! おぼれるううううう! 助けてくれえええええええ!」


 死なれたら寝覚めが悪くなるし、一応助けてやるか。


「――強制転移ヒール


「ッボッボボボボボオ! ユーリイイイイ! 次こそ絶対パーティに引き戻してやるからなああああ! オボオッボッボオ憶えてろよおおお!」


 アレスは光り輝きながら消えて行った。


「よくやってくれたなリタ。強くなったな」


「ありがとうございます! 私もっと頑張ります!」


 俺はリタの犬耳がついた赤い髪を軽く撫でてやる。


「…………」


「あれ、なんか顔赤くなってるけど風邪でもひいた?」


「な……何でもありません!」


治療ヒール使ったらすぐ治せるけど?」


「これは……治さないでください。……その代わり……もっと撫でて欲しいです」


「いいよ」


 俺は切り株に座ってリタを膝の上に乗せ、髪を撫でてやった。


 ――リタはまだ小さいし大人に甘えたい年ごろなんだろうな。苦労してきた分、やり過ぎない程度に甘やかしてやろう。


 俺はリタの髪を撫でながら、美しい泉を眺めながら、暫くのんびりと時を過ごした。


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