10話 勇者VS大人リタ
「ユーリ様!」
テラスで美しい満月を見上げていると、リタが駆け寄って来た。
驚いた事にその姿は、背丈もスタイルも完全に大人になっていた。
「ユーリ様! 抱っこしてください!」
「どうしたんだ……その格好?」
「私達獣人は、満月の夜にこうなっちゃうんです」
そういえば聞いた事がある。獣人は10歳前後になると、満月の夜に大人の姿に変化してしまうらしい。
「ユーリ様!」
「や……止めてくれ!」
飛びついて来たリタを何とか引きはがす。
「……何でですか? いつも抱っこしてくれるじゃないですか」
そんな事言われても……俺だって男なんだ。
いくら中身がリタとはいえ、外見が大人の女性と密着したら素面では居られない。
「とにかく、ダメなものはダメなの」
「……じゃあ頭撫でるだけでいいですから……」
困ったことにこんな日に限ってリタはやたらと甘えて来る。
「仕方ないな。……引っ付くんじゃないぞ」
「……はい」
隣に座ったリタの赤髪に手を乗せると、犬耳がゆったりと垂れ下がった。肩まで伸びた髪を柔らかく撫でてやる。
ふと、リタの赤い瞳と目が合ってしまい、思わず目を逸らす。
……子供なので気にした事は無かったが……リタはよく見たらかなり整った顔立ちをしている。
そして悪戯っぽい表情で俺を見ている。
「どうしたんですか? ユーリ様?」
「……大人をからかうのは止めなさい」
「おーい! ユーリ! 戻って来てくれー!」
アレスの声だ。
リタの方はあからさまに顔を顰めているが、俺はほっと胸を撫でおろした。
「今更遅いから無理だけど、丁度いい所に来てくれたな」
「何だよ丁度いいって……ん?……うおおおおおおおおお!!??」
リタの姿を見たアレスは、目と口を開け広げていた。
そして駆け寄って俺に大きな声で耳打ちして来る。
「……ちょっと!! ユーリ!! 誰だこの超絶美人は!!」
「誰って……リタだけど」
「ふざけてんじゃねえぞ! あのガキがこんなボンキュッボンな訳がねえだろおがあ! 誰なんだよ!」
「だから、リタは獣人だから……」
「――頼むよ! 妙な事言ってねえで紹介してくれ! 滅茶苦茶タイプなんだよおおおお!」
そうだった……こいつは人の話を聞かない奴だった。
「頼む! 頼むよお!」
「ええ……絶対嫌だ」
リタが将来どんな男と結ばれても、しっかり者のリタが選んだなら間違いは無いとは思うし、リタの意志を尊重してやりたい。
だが、アレスだけは断じて無い。絶対に。
そもそもリタはまだ子供だ。
「頼むよお! ガチのマジで惚れちまったんだよ! 絶対大切にするから!」
嘘は苦手だが、この際仕方ない。
「リリータさんはもう結婚してるんだが……」
「リリータさんっていうのか!? 結婚してようが関係ねえ! 俺の愛は本物だ!」
「いや、リリータさんは旦那さんとラブラブでな……」
「何だとおお! 調子に乗りやがって! 旦那の野郎と決闘してボコボコにしてやる!」
ダメだこいつ……。
リタとリリータさんには悪いが、別の角度から行くか。
「リリータさんは結構怖い所あって、ちょっとした事でキレて人を包丁で刺したりするんだ」
「おお! 暴れ馬か! 好きだぜそういう気が強い女! 俺好みに調教してやるよ!」
「えーっと……」
どうしよう。収拾がつかない。
困惑する俺をよそに、アレスはリリータならぬリタを熱く見つめ出してしまった。
「リリータさん! 俺あなたの事が好きです! 結婚してください!」
「私リリータじゃないですけど、どのみち無理です」
リタはゴミを見るような目でアレスを見下ろしていた。
「無理ってどういう?」
「とにかく無理です。絶対無理です」
「可能性は?」
「無いです」
「……そんな」
アレスは虚ろな目で、呆然と立ち尽くしてしまった。
こんなに落ち込んだアレスは初めて見たかも知れない。
「おい大丈夫か……? マヨネーズやるから今日はもう帰れ」
「……うん」
「じゃあな。また来いよ」
とぼとぼと帰って行くアレスの背中に軽く声を掛ける。
振り返ったアレスは、半泣きで俺を睨んでいた。
「ユーリ! 今度こそ絶対にお前を引き戻してやるからな!」
「……はいはい」
何となく夜空に浮かぶ満月を見上げて見ると、とても綺麗だった。
「じゃあそろそろ寝るか」
「はい! あの……一緒のベッドで寝たらダメですか?」
「……それは絶対ダメ」
「えー!」
暫くごねていたが、リタは大人しく自分の部屋に戻ってくれた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
俺はベッドに寝そべりながらリタの事を考えていた。
――リタもその内、好きになった男と結ばれたりするんだろうな。
誰かは知らないがその男は相当な幸せ者だな。
少し羨ましいかもしれない。
俺はいつものように安らかな眠りについた。




