2 僕は聖女と遭遇した
2020/10/2:リメイク投稿
旧資料室。
僕達が過ごしている新校舎、ではなくその向かい側にある旧校舎に存在する教室だ。
新しく校舎が増設されたので特別な授業以外、旧校舎に立ち入ることは禁止されていたが僕のみ入ることができる。教員の手伝い――――資料集めとか雑用をさせられた報酬としてここの鍵を貰ったのだ。
担任曰く、偉く真面目なお前なら乱用はしない、とのこと。別に真面目ぶっているつもりはないが。
まだ旧校舎に人がいた頃に使われていた教室だが今では無用の長物。資料が欲しいなら図書館に行けばいいし、使用する人は古典の先生ぐらいだろう。
正直鍵を貰ったときは要らないと思っていたがなんだかんだ利用している。
生徒が誰一人入ってこないので静かだし、読書や勉強をするにはうってつけなのだ。
一つしかない渡り廊下を進む。最上階にあるのでいちいち階段を上らないといけない。行くにも一苦労だ。
見下ろすと校庭では野球部が泥まみれになりながら練習している。甲子園も近いから是非頑張って欲しい。他人事のように上から声援を送った。
練習風景を眺めるのを止め、旧校舎の扉を開ける。慌ただしい喧噪からかけ離れたこの場所はなんだか別世界に迷い込んだ感覚に陥りそうだ。
歩いている音がこだまする。
そのまま一番奥まで進むと目的地である資料室に鍵を差し込んだ。重々しい扉を開けると埃っぽい空気が同時に溢れ出る。ほぼ毎日使っているけど、この瞬間だけはどうにも慣れない。
資料室の内装はとにかく狭い。この一言に尽きる。
天井まで届く棚が四方に置かれ、それにも難しそうな本がぎっしり詰められている。そのせいで元々小さい部屋が更に圧迫される形へと変化していた。
極めつけに中央にある会議用の机、これがあるせいで更に狭く感じる。
鍵を締め、テーブルの下から椅子を引きずり出す。
背もたれに身体を預けるように脱力し、一息ついた。
さて……今日はなにをしよう。テストは来月末だし……本の続きでも読むか。
鞄の中から本を取り出す。紙のブックカバーで包まれた文庫は何だか特別な雰囲気を醸し出していた。
途中、自動販売機で買った珈琲を一口だけ飲み、栞が差さっている所を開く。至高の時間の始まりだ。
『コンコン』
嬉々として読み始めた瞬間、扉をノックする音が聞こえた。
旧校舎に人が立ち入ることなんて滅多にないし……空耳だろうか。日頃の疲れも溜まっているし今日は早く帰ろう。
『ドンドンドン!』
空耳じゃないな。
ため息と共に立ち上がり、鍵を開ける。
扉を開くとそこにいたのは、
「遅いです先輩。ノックしたのに返事をしないなんて……非常識ですよ。十八歳までには身につけてくださいね」
腕を組み、僕に対して高圧的な態度で話す黒髪の女子生徒。否、聖女が立っていた。
どうやら僕の目には幻覚が映っているみたいだ。この場所に縁もゆかりも無さそうな彼女が見えるはずがない。
昨日も夜遅くまで机に向かっていたせい「何ボケっとしているんですか。早く退いて下さい」じゃなかった。
言われるがまま入口から離れるとそのまま遠慮もなく聖女は椅子に座った。っておい、そこは僕が座っていた椅子なのだが。
いつもの愛想のある顔、ではなく。無表情で膝を組み、こちらを見つめる聖女。
生憎だが僕はエスパーでもなんでもないので言いたいことははっきりと口に出して欲しい。
目線で伝えるのを諦めたのか、彼女は口を開いた。
「……あの、来客に飲み物もないのですか?」
「当たり前だろ。そもそもお前みたいな奴は来客とは呼ばない」
あれだけ溜めといてしょうもないことを言うな。
本気でそう思ったのか、反論すると少しだけ目を見開いて驚く聖女。あれ、僕がおかしいのか?
「ここにあるのは?」
黒崎は目の前にある缶珈琲を指差す。
「それは僕のだ。間違ってもお前のために持ってきた物じゃない」
「自分の分は用意しておいて来客用はないとか……最低ですね」
確かに、普通であれば来客に飲み物を出さないのは失礼に当たるだろう。常識、とまでは言わないがビジネスマナーなんかだと基本中の基本だ。
しかし、それはあくまで正規の来客に対してだ。間違ってもこいつは違う。
「人にたかるな。自分で買ってこい」
「可愛い後輩のお願いなのに奢ってくれないんですか? これだから先輩は」
「喧しい。しかも自分で可愛いとか言うな」
それに言っていることがほぼ正しいからタチが悪い。自分の容姿が可愛いと自覚していなければ言えない台詞だ。
肩で息をしながら新しい椅子に座り直し、そのまま机に倒れるような形でうつ伏せになった。
「……お前がいると疲れる」
「良かったじゃないですか、私のおかげで運動不足が改善されましたね」
余計なお世話だ。
仏頂面を少しだけ崩す聖女。……いつからこうなったのだろう。