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「……このままで、ですか」
厳かな顔でリファは問いかける。
「ああ、アゼルを倒す。もともとそのつもりだったんだ」
部屋の隅にあったリファの剣を渡し、マティスは出口を示した。
監獄塔を下り、そのまま玉座の間へと走る。
「奴の背後にあった黒体は、見たか?」
「え?」
「多分アゼルは、クローレの住人の魔力を吸ってる。その塊が、僕には見えた」
衛兵は居ないようで、容易に玉座の間の前につく事が出来た。
「……だから、早い内に奴を討たなくちゃならない」
「……はい」
「覚悟は良いな」
「はい」
確認し、大扉を開く。
夜も深いというのに、魔王アゼルは当然かのようにそこに座っていた。
「―――来たか」
アゼルが玉座を立つと、禍々しい魔力が吹きすさんだ。その後ろには、巨大な黒体が浮いている。
「全く未来とは読めんものよ。あの襤褸切れの様な小僧が私に牙を向けるようになるとは」
「……同感だよ」
吐き捨てるように言う。
「魔王、アゼル!我が命運と世の平穏をかけて、あなたを討ちます!」
それを聞いたアゼルは高笑いし、全身にオーラの様なものを纏った。
「命運、そうかこれも命運か!……ならば貴様はそれに従っているがいい、勇者よ!」
「……行くぞ……!!」
―――熾烈な戦いが始まった。
アゼルの戦い方は偶然か、マティスの戦い方に似ていた。
圧倒的な火力の魔法で牽制し、隙あらば魔力を纏った格闘術が襲う。
マティスは火球で魔法を相殺し、小型の『壁』を造って拳と蹴りを防いだ。
リファもタイミングを合わせ、『壁』を足場に空中から斬りつける。
二人の息はここにきてぴったりと合っていた。
「―――成程、厄介な術を使うな」
「っあんたが両腕をぶった切ってくれたお陰でな……っ!」
アゼルとマティスが蹴り技をぶつけ合う。
跳ね返ったマティスは壁を使い体勢を変え、腕を剣にしてアゼルに突っ込む。
アゼルは防御するもののバランスを崩し、そこにリファの聖魔法剣が斬り伏せた。
「ぐうっ!」
リファの聖剣はやはり効果が高い様で、積極的に急所を狙っていく。
だが、アゼルも魔王。一筋縄ではいかない。
ファイアボールどころでは無い上位の魔法をノーモーションで打ち出してくる。
範囲の広い魔法を使われればマティスとリファは分断せざるを得なくなり、コンビネーションが崩れる。
「ぐあっ!」
マティスがそれを狙われ、蹴りを食らい壁に叩きつけられる。
「マティスさん!」
リファが向かおうとするも、アゼルが立ち塞がり、目の前で魔力を爆発させる。
「きゃあぁっ!」
リファも同じように壁にぶつかり、二人共膝をついてしまった。
アゼルは部屋の中央で両手を掲げ、巨大な火球を生み出した。
「さあ、どちらから灰にしてやろうか」
「っく、そ……」
「うぅ……」
―――その時、大扉が壊れ、アゼル目掛けて吹き飛んだ。
「むっ……!」
アゼルは火球を大扉へ撃ち、それを燃やした。
―――扉の向こうに居たのは、ヴァイルとリン、ルーナだった。
「バッ……お前ら、何で来た!」
そう聞かれたヴァイルはにやりと笑ってこう答えた。
「言ったろ、仲間だと『信じてた』ってな」
「そうそう、アタシたち、仲間じゃない!」
「……及ばずながら、お力になります。―――『ヒーリング・フォース』!」
ルーナの回復魔法で力を取り戻すマティスとリファ。
「……お前ら」
「助かります、皆!」
ヴァイル兄妹が隙の出来たアゼルに突進を仕掛ける。
「うおぉりゃあ!!」
「『千烈』<フィンブル>!!」
「ぐっ……おぉ!!」
力と力が拮抗する。それはやがてはじけ飛び、両者の間を開けた。
その間に、ルーナがリファと何か話す。
……それは、逆転の道筋だった。
(なんだ……?)
その瞬間を見ていたマティスは、思索する。
……こういう時は、時間稼ぎに限る。
「ヴァイル!リン!相手に隙を与えるな!」
「おうよ!」
「あいよぅー!」
マティス、ヴァイル、リン。
3人の波状攻撃はアゼルを確実に押し込んでゆく。
「ぐううぅ!舐めるなぁ!!」
攻撃を防御しながらも、アゼルは体に魔力を溜め詠唱の代わりとしていく。
そして、それは爆発魔法という形で発動する。
3人はまたも吹き飛ばされ、アゼルの周りに誰も居ない状況になる。
それを危険と判断したリファが聖剣で剣圧を振るいながら接近する。
「たあぁっ!」
「ぬんっ!」
聖剣と魔手がぶつかり合い、はげしく音を立てる。
―――その間、ルーナがマティスに耳打ちした。
「―――リファ、皆!なんとか保たせろぉッ!!」
「「「おおッ!!」」」
マティスの一声に一致団結する一同。
アゼルはそんな彼らをあざ笑うかのようにオーラを高めていた。
「愚か者共が!すぐに全員まとめて焦土と滅してくれよう!!」
アゼルの体が今までに無いほど紅く光っている。
危険な魔法が発動する兆候だ。
―――だが、マティスの魔力体で作られた『魔方陣』は、今まさに完成した。
「……っルーナ!!いけッ!!」
「―――『驕り高き者封ぜる巨光の檻よ』!!」
「なにッ!?馬鹿な―――」
空中に展開された巨大な魔方陣は、アゼルの動きを『完全に』止めた。
「―――今だ、行け、リファーッ!!」
その声に応えるように、リファがアゼルの頭上に跳躍し―――
「たあああぁあッ!!!」
―――その身体を、両断した。
「ぐああああぁあアアアッ!?」
「はあ、はぁ……」
慟哭するアゼルを前に、肩で息をするマティスたち。
「が、ぐ……ッぐハハ、まさカ、貴様ラ如きにヤラれルトハ……!!」
二つに分かれたアゼルの体が黒く染まっていく。
「こレで終わッたト思ウな……マナハマダイキテ、此レに―――」
その言葉を最期に、アゼルは完全に消滅した。
「……終わったんだよな」
「……ああ、終わった」
「ふぃ~……」
「はあぁ……」
「……」
みんなで一息ついた後、誰ともなく笑顔が浮かんだ。
「……やったな」
「どうだマティス、仲間っていいもんだろ」
「……ああ」
「え!?」
「えー!?」
「……何驚いてんだよ、二人共」
「だってなあ……」
「素直過ぎて、なんかキモチワルイ……」
「……」
「あ、ゴメンゴメン言い過ぎた言い過ぎた」
一同に笑いが巻き起こる。
「よっし、じゃあ、ほい!」
「ほいってなんだよ、手なんか突き出して」
「皆でハイタッチだよ、ホラ行くぞ!」
「はいたっち……?あ、リファさん」
「ルーナさん、こうするんです、ハイ」
『パシーン!』
城の中庭に出ると、もう朝になっていた。
一同は並んで城門へと向かい、勝利の満足感に酔っていた。
「……」
ふと、最後列を歩いていたマティスが足を止める。
……胸騒ぎ?……気のせいか。
「マティスさん?皆行っちゃいますよ?」
不思議に思ったリファが声をかけ、踵を返す。
「ああ、今行く―――」
「―――」
胸から、何か黒いものが突き出ている。
言葉を発する間もなく、口から熱いものが飛び出した。
目の前が、一瞬で、暗黒に染まった―――
城門を出て、マティスが居ない事に気がついたリファが引き返してきた。
「さっきまでいたんです!突然いなくなるなんてそんな事……!」
その時、地響きが起こった。
「な、何だ!?」
「きゃああ!?」
「危ない、皆城から離れろ!!」
城が、あっという間に崩れ出した。まるで、拠り所を失ったかのように。
―――後に残ったのは、瓦礫の山、だった。
「―――マティス、さん―――?」
そう呼ばれた少年は、突然―――姿を、消した。
第一部終了です。
一旦中断となります。
次章以降の投稿は未定です。
悪しからず。