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次の日。
4人は悩んだ結果、とりあえず前日と同じ街区を回る事にした。
が、歩き出したリファをマティスが止める。
「?」
「リファ、ちょっと僕についてきてくれ。……見せたい物が有る」
「え……は、はい……?」
言われるまま、マティスについていくリファ。
やがてついたのは、城の門だった。
門番はあらかじめ来訪を知っていたかのように、門を開けた。
「え、どうして……?」
「……」
マティスの顔は厳しそうに歪んでいる。リファはそれ以上何も言えずに、先に進んだ。
そして、恐らくは城の最奥。
王の間の大扉を、マティスは開け放つ。
―――『魔王』。そう呼ばれる存在が、そこにいた。
「―――っつ、!?」
思わず剣を抜こうとしたリファの体を、マティスの魔力体が巻き付き止めた。
「―――ま、マティスさんッ!?解いて下さい、あいつは……ッ!」
「なるほど、やはり『解る』か。間違いは無い様だ」
魔王は玉座から離れ、リファの顔を見る。
「……『勇者』よ」
「ゆ、うしゃ……!?」
その言葉に戸惑いを隠せないリファ。
勇者?なんだ、それは?
「貴様だけが計画の不確定要素だった。だが今……それがわが手に落ちたのだ」
魔王がその顔を悦びに歪ませる。
リファの喉元に手を当て握りしめながら、上げる。
「っく……はっ……!」
リファの目の前が白くなっていく。
横から、微かにマティスの声が聞こえた。
「アゼル様。処刑は後程、勇者の魔力を吸いあげた後でも宜しいかと」
「……くく。わかっておるわ。……衛兵!この者を東塔に閉じ込めておけ」
「はっ」
気絶してしまったリファを、衛兵が連れて行く。
「……アゼル様、約束通りルーナを」
「ふん、良い。あのような小娘、勝手に持っていくがいい」
「は……」
マティスは一礼し、西にある塔へと向かった。
そこには鳥籠のような檻が浮かんでおり、中には少女が入れられていた。
マティスは扉の高さに合わせ足場を作ると、鍵もかかっていない扉を開けた。
「……ルーナ」
「……、!?」
ぼうっとしていた少女はマティスの姿を見て一転、驚愕した。
「に……い、さま……?」
「ああ」
「そんな、まさか」
ありえない、といった風に頭を振る少女。
「兄様なわけが、ああ……!」
「腕を見ろ。こんな無様な生き物、他に居ない。……迎えに来たぞ、ルーナ」
「……にい、さま」
ルーナと呼ばれた少女は、マティスの胸に抱き着きすすり泣いた。
昼。町中に『勇者が捕らえられた』という宣言が衛兵たちから成された。
それだけなら良かったのだが、『リファ』という名前まで公表されたのがまずかった。
その日はヴァイルたちと集合するわけにもいかず、宿を取った。
だが、彼らはやって来た。宿の部屋の中まで。日が暮れた頃だ。
「……マティス。こりゃ一体どういうことだ」
「……何の事だ」
ヴァイルはずかずかと近寄り、マティスの胸ぐらをつかむ。
「とぼけるな。朝、リファと城に向かって連れ立って行ったのはお前だろう」
「……」
「リファを、売ったのか」
それまで黙っていたマティスが、口を開く。
「……ああ、そうさ。」
「僕はあいつが『勇者』だと知ってた」
「そして魔王に差し出したのさ。妹の命と引き換えにね」
「何を怒る事がある。あいつは僕たち魔族の『敵』なんだぞ?」
そこまで言って、マティスの頬にヴァイルの拳が飛んだ。
「兄ちゃん!」
椅子が吹き飛び、リンが止める。が、ヴァイルの怒りは収まっていないようだった。
「今まで一緒にやって来た仲間だぞ!?それをお前は騙し討ちみたいに売ったんだ!」
その言葉に、マティスは笑いを溢さずにはいられなかった。
「はは。……仲間?冗談じゃない。それはお前たちが勝手にそう思っていただけだろう」
切れた口の端を舐めとり、マティスは続けた。
「僕に仲間なんていない。僕が信じているのは僕一人だけだ。勝手に感情を押し付けるな」
それを聞いたヴァイルは目を見開き、わなわなと拳を握って、そのまま壁に打ち付けた。
「……く、そッ!!」
踵を返し、部屋を出ようとするヴァイルが、一言、
「……俺は信じてたんだ……!!」
と呟いた。
残ったリンも、微かな涙を溢しながら部屋を出て行った。
「……よろしいのですか?大切なお仲間さんたちだったのでは……」
「……いいんだ、これで」
胸のしこりは残ったまま、「良かったんだ」と呟いた。
ルーナが寝静まった頃、マティスは行動を開始した。
認識阻害を自分にかけ、城へと向かう。不思議な事に、門番がいないようだった。
(好都合だ)
マティスは足場を造り、城の中庭へと侵入する。
目指すは、東にある監獄塔だった。
扉を開けると、そこにはルーナの時と同じく、中央に鳥籠型の檻がぶら下がっていた。
足場を造り、檻の扉の前に立つ。
リファは、そこに居た。
ぺたんと座りながら、黙ってこちらを見ている。
暗がりでよく見えず、それははじめ、怒りに震えているのだとマティスは思った。
当然だろう、裏切りにも等しい行為を受けたのだから。
マティスは鍵穴にゆっくりと魔力体を流し、固定する作業に入りながら話し出した。
「……もう察してるだろうが、僕はあの魔王の息子だ。」
「エルフの母との間に生まれ、100年ほど前に用済みになってこの体で城から放り出された」
「魔王の血が流れているから、当然勇者であるお前の気も感じ取れる。弱弱しく、だが」
「確信したのは占いの結果がクローレ……いや魔王城だったことが分かった時だ」
「その時から僕は、お前を突き出して代わりに城に居る妹を助ける事ばかり考えていた」
「良い仲間の振りをしてたってわけだ」
魔力体を固め、頑丈な鍵を開く。扉が開け放たれ、マティスは下に降りた。リファもそれにならってジャンプする。
「さて、と……仕返ししたければしろ。僕は……」
「マティスさん」
振り返ったマティスの目に映ったリファの表情。
月光に照らされたそれは、紛れもない―――笑顔、だった。
思いがけない光景に、マティスは狼狽する。
「な―――なに、笑って、……っ!?」
瞬間、がばっと抱き着かれて。マティスは言葉を失った。
「ふふっ」
「……なに、を」
「嬉しいんです、ああ、良かったなあって」
「だから、なにが……!」
「だって、『信じて』ましたから。マティスさんが助けに来てくれるって」
「……!!」
「マティスさんの良くない所です。そうやって自分を卑屈に表現するところ」
「最初から、私を助ける事も考えてくれていたんでしょう?」
「なのに、わざと責められるような言い方して」
背中に感じる温もりに戸惑いながらも、マティスは反論しようとした。
「違う……!違う違う、僕は……!」
「……ねえ、マティスさん。」
リファはマティスの体にぎゅ、と力を込めて言った。
「私、マティスさんの事好きですよ」
「ずっと一緒に旅してきたから分かるんです」
「信じて良い人だなって、分かるんです」
「だから……」
リファは身体を離し、マティスの目を見て言う。
「だから、私の事も信じて欲しいです。……駄目ですか」
―――涙が、流れていた。
一人で生きていく事を決めてから、途切れていたものが、零れ落ちる様に。
「……あ」
頬を伝っていくのが分かる。それを拭うことも出来ずにいた。
「ふふ……マティスさんが泣いてるところ、初めて見ました」
リファが手で涙をぬぐう。
「……リ、ファ」
こいつは、あんな目に合っても最初から自分の事を信じていた。
……だから、まだ、『仲間』で居られるのだ。
それが、『信じる強さ』なのだと、マティスは気付いた。
「……僕も」
「え?」
初めの小さい呟きは、次にはっきりとして言葉になった。
「信じて良いか、リファの事」
その言葉を聞いたリファは、満面の笑みで答えた。
「……はい、お願いします!」
マティスも、笑っていた。