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―――クローレへの道中。
「……なるほどねえ。だから監獄侵入なんてやってたんだ」
カロル爆破事件、それに連なる陰謀の説明を聞いたリンは納得したように道を歩いていた。
「兄ちゃんも相変わらず危ない事に首突っ込んでるなあ」
「平和を守る為ならどこへでも、さ」
「やれやれ……それで、爆弾の件はどうなったんだっけ?」
「あぁ、これか」
マティスが鞄から監獄内にあった書類を取り出す。
「こんなもんは、こうするのが一番だ」
と、『腕』で掴んだままじりじりと焼き捨てた。
「何に使うつもりだったかは知らんが、これで開発計画は無に帰したはずだ」
「……そうだといいです。もうあんな事は起きちゃいけない……」
「……ああ」
噛みしめる様にリファが呟いた。
「……あー、あたしお腹すいた!ねえ皆、そろそろこの辺りでキャンプ張らない?」
暗い雰囲気を察してか、リンがそんな提案をした。
「んー……まだ早くないかあ?」
「あたし、魚食べたい!ほらあそこに湖が見えるじゃない?兄ちゃんとマティスで釣って来てよー」
「はあ?何で僕たちがそんな事しなきゃならないんだ。大体、竿なんて持ち合わせてない」
「マティス君~、君の不思議魔法があるじゃ~ん。あれでホラ、ちょちょいっと」
「……おいヴァイル。お前の妹、教育がなってないぞ。」
「面目ない……」
「あ、じゃあ私たちは食べられる野草とか取ってきますね。リンさん、手伝ってください」
「あいよー」
二人はそう言い残し、森の方に行ってしまった。
「何であいつの意見がするっと通ってんだ」
「すまん、マティス。こうなったら言いなりになるしかない……」
「くそ……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、マティスたちは湖の方へと向かった。
「……リファ~、これって食べられるー?」
リンが木に生っていた実を差してリファに聞いた。
「えっと……これは食べられませんね。こっちのが食べられる木の実です」
リファが隣りに生えていた木を指さした。
「ふぅん。じゃ、こっちに生えてる野草は?」
「それは毒草ですね……この花が咲いてる草は食べられますよ。あとこの独特な形の野草も」
てきぱきと説明するリファに、リンは感心した。
「すごいね、リファって薬師かなにか?」
そう言われ、リファは困惑する。
「あ、いえその……実は私、記憶喪失なんですよね」
「記憶、え、そうなの!?」
「はい、それで今は情報が欲しくてマティスさんと旅をしているんです」
「はぇ~、そうだったんだ……」
口をあんぐりと開けて驚愕するリン。
「そうだ、……マティスとは仲良いの?」
「え?」
突然の質問に、リファは手を止めた。
「だってさ、途中までずっと二人っきりで旅してたんでしょ?」
「はい……そうですね、色々と助けてもらいましたし」
「じゃあホラ、そういう感情もあったり?」
「?」
リファが首を傾げる。どういう意味か測りかねている顔だ。
「だからー、好きになっちゃったりするのかなー、って話!」
「……私、マティスさんの事好きですよ?」
頭の上に?を浮かべて返すリファに、リンはげんなりとした。
「違うよ~!恋愛!恋人テキな意味で!」
その言葉に、リファは大きく目を見開いて、固まった。
「……こい、びと?」
その言葉を吐き出した後、リファは数回瞬きし、ぼん、という音と共に顔を真っ赤に染めた。
「こ、こ、コイビトなんてそんな!」
「お、良い反応。さては心当たりがあるな~?」
頭をぶんぶん横に振りながら否定するリファに追撃をかけるリン。
「ありませんそんなの!だ、大体マティスさんの方が、私なんかに興味ないでしょうし!」
「そうかな~?マティス、リファには当たりが柔らかい気がするけどな~」
「うう……り、リンさん、意地悪です……!」
―――同じ頃、湖についたマティスとヴァイル。
「……で、釣竿は作れそうなのかマティス?」
「やるしかないんだろ……ふっ……!」
渋い顔をしながら、目の前に魔力を集めていく。
初めただの棒だったそれはだんだんとしなりを持ち、釣竿へと姿を変えた。
「おー!やっぱりすごいなお前……何でも屋だな」
「……嬉しくない呼称だ」
マティスは釣竿をヴァイルに渡し、もう一つ同じものを作った。
「ほいっと」
湖に向かって竿を振る。
ちゃぽんという音がすると、二人は何も言わずに釣りを始めた。
「……なあ」
「なんだ」
「マティスたちってどこから来たんだ?」
「南西の……終わりの町だ」
「終わりの……って事は、そこそこ長い旅をしてきたわけだ」
「まあな……」
「リファと二人っきりで」
「……」
「なあ」
「なんだよ」
「どうなんだよ、リファとは」
ヴァイルがマティスの肩を小突く。
「……質問の意味が分からん」
「だからさ、リファの事を女として見たりしないのかって事さ」
ヴァイルのその言葉に、マティスは苦虫を噛みつぶしたような表情になって顔を背けた。
「……あんな甘っちょろい奴……大体、僕はそういう事に興味無い」
「おいおい、ひどい事言ってるな」
ヴァイルが苦笑した後、マティスが小さく呟いた。
「……女どころか、……仲間としても、僕は……」
「……ん?何か言ったか?」
「何でもない」
4人全員が作業を終え日も暮れた頃。
リファ特製の魚鍋をつつきながら仲間たちは談笑をしていた。
「……で、兄ちゃんさー、ローファスでの占いはどうだったのさ?」
「ぶふっ!?」
「?、なんのことですか?」
噴き出したヴァイルに、不思議な顔をするリファ。
「ふふん、アタシ知ってるもんね。わざわざクローレから遠出した理由」
「そういえば、森に居たヴァイルにはどこからの帰りなのか聞いてなかったな」
「そ、それは各地の平和を守るためにだな……!」
「嘘だねぇ。だって兄ちゃんが占いの予約券持ってたの家で見たもん」
「うっ……!」
「どんな事を占ってもらったんですか、ヴァイルさん」
質問攻めされ逃げられないと悟ったのか、ヴァイルの口がゆっくり開き始めた。
「……あー、その……もっと強くなるにはどうすればいいか、とか……」
「他には?3つ占えたはずだよね」
「ぐ……」
「ねえ?」
「……そ、そのお……彼女が出来るかと、その容姿……」
ニヤリ、とリンの口角が上がった。
「へえぇ」
「わあぁ」
(人の事言ってる場合じゃないじゃないか)
「で、可愛かった?」
「いや、それが……容姿の方は何故かもやがかってて」
「えー、なにそれ」
「認識阻害が入ってるらしくて……代わりに別の事占ってもらった」
「……ふぅん」
「で、でも!彼女さんは出来るんですよね!良かったじゃないですか!」
「何気に酷い発言だな」
……そんなこんなで、夕餉は過ぎて行った。
―――深夜。
キャンプで眠っていたリファは、ふと目を覚ました。
(ん……あれ……?)
見渡すと、テント内にいるはずのマティスの姿が無い事に気付いた。
(……どうしたんだろう)
なぜか気になって、リファは外に出てマティスを探した。
(……あ)
彼の姿は湖畔の隅にあった。
月の光を浴びて、空を見上げて。
何とも言えない表情をたたえて、マティスはそこに立っていた。
「……」
「マティスさん」
その声に跳ねる様に、マティスはリファの方に振り返った。
「……リファ、か」
目を細めてリファを見るマティス。
「どうか、したんですか?」
「……眠れなかった」
「……そうですか、じゃあ」
リファが歩を進める。
「隣り、良いですか?」
「あ、ああ……」
並んで立つ二人。
「……ヴァイルさん、明日にはクローレに着くって言ってましたね」
「ああ」
「やっと、って感じです」
「ああ」
「……マティスさん」
「ん……なんだ」
マティスが視線を横に動かすと、そこには頭を下げたリファの姿があった。
「……ここまで、ありがとうございました。何も知らなかった私を、連れてきてくれて」
「……!」
「マティスさんが居なかったら私、あの荒野で途方に暮れてたと思います」
「……そんなタマじゃないだろ、お前」
顔をあげたリファは、ニコっと笑って。
「ふふ。でもマティスさんに会えて、私は本当に良かったと思ってます」
そう言われたマティスは、ばつが悪そうに額を掻いた。
「……礼なんか、するな。自分を取り戻すまでは……それが、お前の使命だろ」
そして、今度はしっかり目を合わせて。
「それまでは、僕がお前を守る。わかったな」
「……はいっ」
胸を高鳴らせながら、リファは力強く頷いた。
「そろそろ戻る。明日も早いからな」
「あ……そうですね」
テントに戻ろうとするマティスの背中を、リファは追う。
(やっぱり優しいな、マティスさん……でも……)
トクトクと鳴る胸に戸惑いながら。
(これって、恋……じゃ、ないよね。……うん)
自分の想いを否定しながらも、足は自然と彼の後を追っている。
―――旅の終着点へ。それが今の二人を繋ぐ理由、だった。