5
―――ソイル監獄所。
堅牢な砦に守られ、罪の重い者たちが収容、処刑される場所。
その内部は地上だけではなく、地下にまで張り巡らされているという。
マティスたちは深夜、その砦の外壁にたどり着いていた。
「……で、これからどうする気だ?まさかそのまま入るつもりか?」
「バカか……。いま認識魔法をかける。これは『目立ったことをしなければ気付かれない』魔法だ」
『深層<ロア>』と詠唱したマティスは、次に外壁に沿って足場を作った。
ひょいひょいとそれにジャンプして外壁から余裕で侵入すると、直ぐに物陰に隠れた。
「良いか、今からぐるりと地上の牢を確認してきてくれ。騎士の視界にはなるべく入らないようにな」
「マティスは?」
「僕は中央の監視塔から地下を探る。何かあったら監視塔で落ち合おう」
「わかった、じゃあ後で」
監視塔内部にはすぐに侵入できた。
なかには騎士の詰め所があったが、体が触れる事が無い限り気付かれることは無い筈だった。
(……ん?)
ふと、机の上に置いてあった書類に目が留まった。
(何かの、設計図……?)
そこには、火薬の扱い方が書かれていた。
安定した状態。
指向性。
操作できる爆発動作。
(……)
なるほど、やはり繋がっていたというわけだ。
あの男は実験台で、データを取るための囮だったというわけか。
腸が煮えくり返りそうな感情を抑え、マティスはそのまま階段を下りて行った。
最下層は牢獄になっていて、ぐるりと見渡したところ騎士は居なさそうだった。
慎重に牢を順に見ていくと―――
―――そこに、リファが居た。
しかし、予想外の事が一つ。
「……でね、あたしはつくづく運が悪いなぁって話なのよ」
「そうなんですね……大丈夫、いつかツキが回ってきますよ」
……何やら仲が良さそうに談笑している獣人族の相手がいたことだ。
「……リファ」
「きゃっ!」
「わぁっ!?」
いきなり声をかけられ姿が見えるようになって驚いたらしい。二人共声をあげた。
「ま、マティスさん!?何でここに……」
「助けに来た。急いでここを出るぞ」
「え、え?」
戸惑うリファに対し、傍らの女は元気に聞いてくる。
「はいはーい!あたしも助けて貰っちゃったりしていいのかな?」
ちっ、と舌を打つ。
「お前、罪状は?」
「無実」
「犯罪者はみんなそういう」
「ほんとだってば!」
「ま、マティスさん、リンさんは良い子ですよ?」
「……」
マティスは檻を腕で捻じ曲げ、穴を作ってやった。
「ぷっはー!アリガト、黒い人♪」
「別にお前の為にやったんじゃない」
「ありがとう、マティスさん」
檻から出た二人に、認識魔法をかけるマティス。
「良いか、声を出さなければ見つからない魔法をかけたから、二人共僕についてこい」
「あ、はい……」
「あいさー!」
「うるさい!」
牢獄から階段を上っていくとき、騎士とすれ違った。
(まずいな)
二人が居なくなったことはすぐにばれるだろう。
ならば、直ぐにここを立ち去るほかない。
(急ぐぞ、お前ら)
(はい)
(あいさ)
途中、詰め所に誰も居なかったので、例の資料を丸ごと取ってやった。ばれやすくなる危険はあったが、これを放置する方が危険だろう。
それと、置いてあった籠からリファの剣と、リンとかいう奴の槍を取り戻した。
階段を上り、監視塔の下に出る。そこには既にヴァイルの姿があった。
(よう)
(お、そっちの首尾は良かったみたいだな……って)
マティスの後ろを見たヴァイルの目の色が変わった。
「兄ちゃん!?」
「リン!?」
(こらバカ、大声を……!)
丁度その時だった。監獄中にサイレンが響き渡ったのは。
「あ……」
「っ……全員ついてこい、外壁から逃げるぞ!」
マティスはそういうと手近な外壁に向かって走った。
そして『足場』を出そうとしたのだが……
「!?」
急に足を止めるマティス。
しまった、僕としたことが……!
「どうした、早く……!」
「外壁周りが魔封じの罠になってる!これじゃ足場を造れない!」
「何!?」
「正門から逃げるしかない!急げ!!」
呻きを上げる監視塔の下、4人は見張りの騎士たちをいなしながら正門を目指した。
「見えた!」
マティスが叫ぶ。正門の先は橋になっており、今ならそのまま突破できるはずだった。
―――そう、『彼』が居なければ。
「!?」
急に橋が上がった。
マティスは横にあった詰め所にレバーがあると思い、そこに向かおうとして―――
「―――飛燕」
「っつ!?」
―――いきなり斬撃が飛んできて後退る。
「……残念だったな、咎人どもよ。ここは我らが守る大監獄。出ていくなら私を倒して貰おう」
鎧の揺れる音と共に正門の前に立ったのは、煉魔騎士を束ねる最強の騎士。
「―――デュラン―――!!」
分が悪いなんてもんじゃない。格が違い過ぎる―――それを知っているマティスは体中から汗が噴き出すのを感じた。
情けない。姿を見ただけでこれだ、こんなんだから僕は―――。
その時、いきなり肩を叩かれ、ビクッとして振り向いた。そこには、ヴァイルが居た。
「団長相手とは腕がなるじゃないか、サポート頼むぜ!」
「マティスさん、指示を下さい!」
リファが剣を構えながらこちらを横目で見る。
「……皆と一緒なら、大丈夫ですよね?」
「アタシも力になるぞー!」
「……お前ら」
……不思議と、汗は退いていた
同時に勝機を見た。
「―――よし。行くぞ―――!!」
マティスはその言葉と共に、頭上に魔方陣を展開した。
「暴虐の竜、その力得んと欲すれば!!」
チリ、と周りの空気が火花を散らした気がした。
「―――『イクリプス・フレア』!!」
マティスがそう叫んだ瞬間、魔方陣からデュランに向かって極太の熱線が発せられた。
しかし、デュランは熱線を大剣で受け流している。
「どぉりゃあぁ!!」
そこに向かってヴァイルが、足への斬りを浴びせた。
「わぁっ……!す、すごい……私もっ!」
「おぉ……あ、アタシついていけるかな?」
圧巻の光景に気後れしていたリファとリンもデュランに突っ込む。
「スラッシュフィン!!」
「『旋巻』<スライドルネド>!!」
リファは全力の一閃を、リンは体を回転させながらの突きを放った。
しかし―――
「ぬぅっ……『龍威』!」
デュランが両の手で大剣を地面に突き刺すと、彼の周囲に衝撃波が発生した。
「きゃあっ!」
「ぐっ……」
それを受けたヴァイルとリンが吹っ飛ぶ。
「ふん。まとめてかかってくれば敵うと思うか。―――飛燕!」
「っ……ウィングル!!」
デュランとリファの飛ぶ斬撃がぶつかる。しかし―――
「っきゃあ!」
―――リファの斬撃は打ち返され、ダメージを受ける。
「食らえッ!!」
マティスが火球を打ち出す。が、それは剣を一振りしただけで消滅した。
デュランはそのままマティスに向かって走り、連続斬りを浴びせる。一撃でも当たればただでは済まない斬撃。
「っと、―――『回守』!」
そこにリンが割って入り、槍を高速回転させてマティスを守る。
「う、くうぅ……!!」
「―――どこまでもつかな?」
デュランは連続斬りを続ける。
リンの守りが限界に入る―――と。
「リンッ!」
ヴァイルがデュランの兜を狙い、斬撃を浴びせる。
「ぐっ、小癪な」
デュランはヴァイルを薙ぎ払うが、後退って避ける。
「っち、もう少しで兜をはがせたんだけどな」
「貴様ら……」
「……その力……」
「ぬっ!?」
リンの体によって隠されていた魔方陣が、再び火を噴く。
「イクリプス・フレア!!」
「ぐうぅっ」
地面スレスレに発せられた熱線は、防ぐデュランの体勢を無防備にした。
「『斬壊』!!」
「ウィングル!!」
「連続突き―ッ!!」
そこに容赦なく浴びせられる3人の攻撃。
「……おのれぇえ!」
それをまとめて薙ぎ払うように、デュランが回転斬りを放つ。
「ぐっ!」
「あぁっ!」
「きゃあ!」
3人とも、それぞれ別の方向に吹き飛ばされ、再び立ち上がる。息は既に絶え絶えだった。
「……愚か者どもが。そのような攻め方で体力が持つものか」
「―――そうだな。確かに勝つための戦い方じゃない」
そう言葉を発したマティスにデュランが向き直る。
「ほう。ならば何のための戦い方だと?」
―――その時、デュランは正門を背にしていた。
だから分からなかったろう。
『それ』が何の轟音か。
「暴虐の竜、その力得んと欲すれば!!」
「何!?」
正門の橋が、下りていた。そして3人は既にそこに向かっている。
「逃がすか―――」
「―――イクリプス・フレア!!」
「!!」
詠唱を終えていたマティスが魔法を放ち、デュランはそれを防ぐしかなくなる。
魔法が尽きた頃、3人は橋を渡り切っていた。
「―――なるほど、貴様の火球は橋のロープを焼き切るためのものだったか」
くぐもった笑いが聞こえた。
「―――それで?貴様一人が犠牲になるとでも言うのか?」
「違うね。……知ってたか?僕にはこんな能力がある事を」
マティスが走り、デュランを飛び越す。そして、二人の間に巨大な『壁』を造った。
「!!」
そのままマティスは橋を渡り切り、振り返った。
「―――それでは、デュランさん。もう二度と会わない事を祈ってますよ」
『壁』を消失させ、代わりに『腕』を巨大な槌に変化させて、橋を叩き潰した。
完全な戦術勝利だった。
4人はソイル監獄を急いで後にしたのだった。
「―――ふ。まさかこのような形になるとはな」
デュランは独り言ちた。
「……橋を即刻修理させろ!私はカロルへ戻る!」
「はっ」
デュランは転送方陣を発動させ、カロルへのワープを開始した。
「……マティス。次に会う時は―――」
そう言い残し、デュランは姿を消した。
「はあ、はあ、はあ……」
監獄から走って数十分。
4人は誰ともなく足を止め、ハイタッチをかました。
「よくあそこから抜け出せたもんね~!」
「マティスさんが体を張ってくれたおかげですね」
「俺だってよくアレ相手に渡り合えたもんだと思うんだがねえ」
「……ああ、皆よく耐えてくれた」
「わ、マティスさんが褒めてくれるの、久しぶりです」
「……撤回する」
「なんですって~?さっきアンタの事守ってあげたじゃない!」
「頼んでない」
「シャーッ!!」
「あははは」
「ふふふっ!」
仲間達はいつの間にか4人に増えた。
そして、目的地はいよいよ近づいている。
魔都クローレ。それは目前に迫っていた……