3
次の日。
マティスたちは市場で旅の補給を終え、孤児院へと向かった。
「あ!リファねーちゃんたち!」
「あらら?」
孤児院の門の前で待っていたのか、アルが叫び、こちらに走って来た。
「おそいよみんなー!ずっとまってたんだからな!」
「ご、ごめんなさいアル君」
「はしゃぎすぎだろ、ガキだな」
「むっ……いいからホラ、はやく!」
アルに急かされて、3人は孤児院の中に入った。
扉を開けた先の広間には、長テーブルにケーキやご馳走が乗っていて。みんなはすでに座り待っていた。
「あー!やっときたー!」
「はやくー、はやくー」
みんなに促される様に、3人は空いている席に座った。
「はいはい、皆静かにしてね。ろうそくに火を点けますから」
先生がマッチでケーキの先にたつろうそくに火を灯していく。
つけおわったら、先生はそのまま部屋の明かりを消した。
暗闇にぽうと輝くケーキ。みんなが一瞬黙り、そして言う。
『アル、誕生日おめでとう!』
アルはその言葉と共にろうそくの火を一気に吹き消す。
部屋の明かりが灯され、歓声の言葉が響き渡る。
「アル君、おめでとうー!」
「へへ、ありがとうみんな。リファねーちゃんも」
「さあ、ケーキを切り分けましょうね」
先生がナイフをケーキに入れている間、リファはある事をアルに聞いた。
「ねえ、アル君は大きくなったら何になりたいの?」
「おれ?おれは、きしになる!」
アルがそう言いながら右腕を大きく振り上げた。
「騎士?煉魔騎士団のことか」
「そう!そんでいっぱいかせいで、こじいんのみんなをらくさせてやるんだ」
ふっとマティスが鼻で笑う。
「やめとけ、おまえなんかじゃ―――むぐっ」
否定の意を示そうとしたマティスの口を、ヴァイルが塞ぐ。
「いいじゃないか、でかい夢は良いもんだ。頑張れ少年、応援してるぞ」
「へへ、ありがとなヴァイルのにーちゃん!」
―――それから、とりとめのない沢山の話をした。
みんなもみくちゃになりながらご馳走を奪い合って、笑ったり、泣いた子も居たりして。
それは楽しく、賑やかなひとときだった。
そういう時間ほど、早く過ぎ去るものだ。
「―――えー、もうみんないっちゃうの!?」
「まだ、まだいいでしょ~!」
子供たちの引き留めを宥めながら、3人は孤児院の外へ出た。外は小さい雨が降っていた。
「名残惜しいけど、みんな、ここで一旦バイバイだ」
「長居するときりがないからな」
「みんな、またね。私たちまた必ず来るから!」
リファは子供たちの頭を一人ずつ撫でてあげながら、別れの挨拶をした。
それが終わり、皆に見送られて孤児院を後にしようとした時、アルが孤児院の門を飛び出して叫んだ。
「ねーちゃんたち、おれ、ぜったいきしになるからな!」
リファが、それに答えた。
「……うん!信じてるよ、頑張って―――」
―――瞬間、白の視界。
そして爆発音と、地響き。
何が起こったのか、恐らく誰も分からなかっただろう。
3人は、そのまま気絶した。
「―――ん……ぁ、れ……?」
大粒の雨に打たれ、初めに目を覚ましたのはリファだった。彼女は何が起こったのかと辺りを見回した。
倒れたマティスと、ヴァイル。
起こさなくては、そう思いリファは二人を揺さぶった。
「お、起きて下さいマティスさん、ヴァイル、さ……」
―――そこで、気付いた。孤児院の前に誰かがいる事を。
血だまりの中に、アルがいる事を。
「―――ッ!!」
リファはそこに向かって飛び出した。そして条件反射的に回復魔法をアルにかける。
「アル君、アル君!聞こえる!?大丈夫!?」
「……」
アルの返事は無い。
体が異常に冷たくなっていた。死にかけていると思った。
「アル君!!」
「おい、どうした!!」
「アルになにか、……!!」
気がついたマティスとヴァイルが傍に駆け寄るが、二人も息を飲んだ。
「どうしよう、どうしよう、マティスさん、アル君が死んじゃいます……!!」
「……っ」
リファは泣きそうな声でマティスにすがった。
だが、血だまりの量を見たマティスは、言い出せなかった。
『―――手遅れだ』、と。
「―――」
「ぇ……アル、君!?」
アルの目が、微かに開いていた。それに、口も。
「―――ねー、ちゃん、さむいよ―――」
「っ、待ってて、今温めてあげるからね……!」
リファはそう言うと精神を集中させて、さっきより大きな光を手の平に纏わせた。
恐らくは、強力な回復魔法が発言したに違いない。だが―――
「―――」
雨にびしょ濡れになっていくアルの体を懸命に治療しても、彼の顔に生気は戻らない。
「ねえ、アル君、何か喋って!?お姉ちゃん、頑張るから……っ!」
「―――と、ぅ」
「え……?」
微かに聞こえたアルの言葉。
「―――ぁり、が……と、ぅ―――」
……そういって、アルは目を閉じ、呼吸を止めた。
「……ぁ」
抱きかかえていたアルの体が、リファの膝元から崩れ落ちる。
「あ、うあぁあぁ……!」
リファは、立ち上がった。今、彼女の頭を支配しているのは悲しみではなく、『敵』だった。
リファは思い出していたのだ。
黒い張り紙。
爆発。
『芸術の花火』。
―――この事態を引き起こした犯人が、どこかにいる―――
そう考えたリファは、全力で走り出していた。
「おいリファ!?どこに行く気だ!!」
マティスの静止も聞かずに―――
マティスとヴァイルは、孤児院に残っていた皆の容体を確かめていた。
壁に吹き飛ばされてかすり傷を負った者もいたが、その程度で済んだようだ。
全員が正気を取り戻した後、アルの事を話した。
「アル……!!」
「ねーねーどうしたの?アルまだねてるの?」
「アル、おいおきろよー」
無邪気な子供たちはアルの死を理解できず、呼びかけていた。
マティスは歯を食いしばって目を背け、ヴァイルは子供たちにこう言った。
「……みんな。アルはもう、起きないんだ。幸せな所へ、呼ばれたんだよ」
「幸せな、所?」
「ああ」
子供たちは賢かった。ヴァイルの言葉に騒ぐのを止め、アルの周りに寄り添った。
「……アル、ばいばい……?」