イカめしっていうのは
イカめしなんて大嫌い。イカなんて。でも、どうしてだろう。あの大嫌いな味を、この季節には思い出してしまう。それでさらにまた、大嫌いなことを思い出す。いやだなあ。ああ、でもーーでも、この大嫌いなことを思い出すなら。そこだけは、悪くないのかも。
彼と別れたのは、冬のことだった。
何が悪かったということでもないけれど。なんだが、すれ違っていた。
彼は、一体どんなつもりだったのだろうか、イカめしを置いていった。イカめしの下に一枚、メモ用紙を挟んで、どこかへと行ってしまった。メモには、文字が。
ごめん、帰るわ。
そういうものだった、といえばそれで済むことなのかもしれない。でも、そうとは済まないことも私にはある。何はともあれ、イカめしを食べることにした。
くしを外して、イカで包んだもち米にかぶり付く。いかのさくってなった後、辛い。醤油が効き過ぎていて、味も素っ気もない。もち米も、固くて、なんだか味がこっちはしない。まずい。
イカめしは好きだった。あの人と一つずつ。二人で朱色の箱を開けて、イカめしを頬張る時に、しあわせな感じがした。
あの人の話はつまらなかったから、喋っている時は退屈で、別のことを考えていた。そのことがまずかったのかな。私は考えてみるが、はっきりとは分からない。
味の抜け落ちてしまったようなイカめしの形をした不味いものを半分程食べたところで、涙が出てきた。あの人のことーー航哉のことを、思い出す。思い出しーー思いだーーあれ? 思い出すほど、あったっけ?
思えば。航哉は旅行にも私を連れて行かない。いつも話を聞くばかりで、私はなんとはなしに聞いていたけど、一回も旅行に連れて行ってもらっていない。
なんたることだ! 私は航哉が大嫌いだった! 出先で美味いものを食いまくる航哉が目に浮かぶ。なんたることだ!許さん!
イカめしは怒りのまま食べ終えて、なんだか不味くてさらに怒りが込み上げてくる。嫌いだ……航哉なんて、嫌い!!
それから私は引っ越してとある仕事に就くのだが、航哉のことは無かったことになった。私を置いて出て行ったクソ野郎、航哉。イカめしの恨み、晴らさいでか!
……まあ、でもいい。いつかまた会える時が来たら、文句と張り手位は食らわしてやろうと思う。航哉! 待っていろ!
イカなんて嫌いだ。イカなんて。イカめし、航哉との思い出の味だけ輝いて、消えないんだもん。