イカのおすしっていうのは
イカ。おいしくはない。決して。
それでも通いたくて。通じたくて。
あなたに会えるなら、このすいている所も。
イカ。おいしくはないんだ。辛うじて。
ーー。
あの人に会ったのは、冬の旅行先だった。津軽ーー青森のりんごを見つけたくてやってきた、とある地域のとある民宿でだった。
「いらっしゃい。遠い所からようく。あがらんしゃってえ」
あの人。黒髪の流れる止まることを知らない艶やかなしっとりのある目のあたたかなひと。若く、しかして幼くも見聞こえる津軽の女。聞けば、今年で二十一だという。揺れる髪の向こうに透ける細い肢体が動くたび、心がなごやかになる気持ちがした。それは、焚きのようでーー。
部屋に通されてすぐに、話がしたがった。
「こちらの方ではりんごが多くあるから、消化するのも大変ではないですか?」
「ですだども、りんご干し、りんご蜜やんら、りんご風呂だってあるくらいですでゃ、困るってこどもないんでしょって。りんご、おすぎでしか?」
「りんご風呂……いゐですね。温かい」
じゃあ、と部屋から出ようとするあの人を、一旦は逃がす。去り際ににこりと笑って。きっと、見えたかろうか。顔を見て感じでは僅かに、笑ったような気もした。
外に出たくないきにしても、用がないなら出なければいけなくもある。十月では津軽も一層寒きに置かれて、吹きさらしの風舞いのもとにあるからしくて、さみしさも込み上げてくる方々にて。
一見の店に辿り着いたし夕刻。僕は何がやりたいかと腑にたずねて見たところで、青森のかつ海峡をよぐイカのたぶる前のことこころにて、召されたいと思ったのでした。挨拶もかしこに、招かれて。
「主人、イカは何がやられるかな?」
「へい。えいかはつくらりも良いし煮てもおいしすくねんざりえい。ま、変えも」
「じゃア、それで」
地目をば杓地のカッ杯でい、やりなんしぇい、と。さしさくと水ト螺縁クのしくさしくるオ所にて、改酩すーー満杯。
すこしくの間飲み進むこと、小味一時。
「あいすまんとて、ありまじから縁里のけんしにあててオカレマスことよスく」
そくして出てきましくしたのは、飯い衣にまとわれしイカ参配。アテ先はある。
結論として、イカはあまりうまくはなかった。娘さんには好いている人が前もっていて、その人と一緒になりもしたらしく、翌年に尋ねた時には睦まじく先駆の拝塵を後うすところにすでにあった。
一瞬でも考えたことは無意だったろうか。そうでもなかったとは思いたい。
それでもーーそれでもあなたに会えることは温かくて。好きにと言わなければこうして通うことにも易いあり程にて、幾日年も通うこともできにくなしければ、途中でやめてしまった次第でふる雪の。
イカ。今食べれるなら、どんな味かしら。
おいしくはないんだから、かしがしら。
ありと居り侍らる今そ去り。イカ、ね。