イカ焼きっていうのは
縁日やお祭りのそばを通るたびに、思い出す。
食べられなかった、香ばしい匂い。
夢のように灯りが夜に滲んで。幾つもの。
人混み。どやっ気。暗がりの温かさ。
すべてがまぼろしのようにある、あの場所でーー。
今日、なんか通りが騒がしいな。
あ……今日は、なんかのお祭りかな。
小さい頃。母さんにたまたま寄ったお祭りで、なんか、なんでもいいから食べたい気になっちゃって。ねだったのはイカ焼きだった。
お母さん、イカ焼きが食べたい……。
最後は消え入るような声だったような気がする。母さんは、イカ焼きの屋台を、手を繋いだ私から目を離してみると、険しい顔で私を見返した。
駄目。買わないよ。帰ろう。
母さんはまくし立てるように言った。
私が疑問だったのは、お祭りは何かを買って食べたり飲んだりする所であるような気がしていて、それをしない限り、お祭りは楽しめないんじゃないかということだった。
かといって、イカ焼きが特別食べたい訳でもなかった。たこ焼きでも、りんご飴もあるはずなのに。それでも、欲しいものは欲しかった。
イカ焼き食べたいぃ……イカ焼き……。
駄目だって言ってるでしょう!? 帰る!
お祭りなのに何も買わないなんてない、とは言えなかった。母さんになんの事情があったかは分からない。一個500円きりのイカ焼きが買えない訳でもなかった筈だ。しかし、買わないの一点張り。私は泣きべそをかきながら、手を引かれずるずるとお祭りを後にした。
うちに帰ってからは、なんだか塞ぎ込んでしまったと思う。その日の夕飯がなんだったのかすら、あまり覚えてなかったと思う。
それからは、お祭りにはなんだか行かなくなってしまった。お祭りに行くと、あのみじめな思いが戻ってくるように思えたからだと思う。そのせいでかは知らないが、イカを炒めたり、焼くこともなくなった。不思議なことだが、イカ自体たまにの友人との飲み会で少し食べるぐらいにまでなってしまった。
イカ。あの日あの時、イカ焼きを買って食べたりしたら、私の人生は変わっただろうか。後から知人に聞いたことだが、お祭りでは、過去と今が交わるときもあるのだという。
あの日あの時。私は誰かとすれ違ってーー。イカ焼きの屋台でイカ焼きを買わなかったことで、誰かとすれ違ってーー。
今、付き合っている人がいる。私はもしかしたら、あの不思議な空間であの人のいつかに出会ったのかもしれない。
もちろん、確実なんて所はない。そんなこと、話したこともない。話さなくていいとすら、思っている節もある。
お祭りの日にすれ違った二人に、なんの意味があるのかは分からない。ただ、あの日イカ焼きを食べなくて私とあの人はすれ違ったなら、あの日に、意味はあったような気がしている。
イカ焼きの匂いは鼻を離れない。あの日のみじめさと素敵な出会いのすれ違いの両方を匂いの中にとじ込めて。
イカ焼き。私は食べなくてもいいかもだから。二人の幸せを離さないでいて。
どうか、居られる時の、いつまでも。