イカといものにっころがしっていうのは
イカ。食べてないなあ。
イカ、イカ……っと。ないなあ。あっ。
…………唐揚げか。ちょっとな……。
「ありがとうございました、またお越しください」
イカはあったけど、なかった。
俺が欲しいのは生イカであって、イカの唐揚げではなかった。
冬の寒い季節になると、夜や夕方、御飯の前や後、御飯にだって出た、イカ。
一番食ったのはイカといものにっころがしだったな。
母が亡くなってもう三年。
イカはめっきり食べる機会が減った。
あまじょっぱくて、イカの出汁が出て。
御飯にも合って。そのままでもおいしくて。
母が亡くなってからは、母がイカを連れて行ってしまったみたいに、イカは私の世間では取れなくなってしまった。
母。たまに乗る柚子は、ちょっと嫌だったよ。俺は柚子駄目だってこと、知らなかった訳じゃなかったろうに。
柚子を避けて食べていたあの日のイカにっころ。なんの気もなしに、食べていた。
帰り際、曇り空の向こうから、小さな雪の欠片が降ってくる。悲しくはもうない。
ただ、もう変わってしまって戻りようがないことなのだということを、地面に落ちて染みも残さずに消える雪の欠片が教えている。
でも。お母さん。イカはもういいよ。
お母さんが居た証を、無いことをもって告げるなら。イカ、ないことが、俺を今の俺らしく保つ。
今日は、鍋だな。