悪魔使いは悪役令嬢と夜会に行く⑦
◇◇◇
「──貴方も早く控室に戻りなさい」
女官長はミランダカーネルがメイド達に連れ出されて行くのを確認するとレヴィを振り返った。その頃には、マクシミリアンもケイシーとエイダンもエミリアの側までやって来ていた。
「エミリア大丈夫かい?」
「ええ、お父様」
エミリアがちゃんとマクシミリアンとケイシーと合流した事を確認すると、レヴィ自身はキリリとしたこの女官に追い出される形で会場を後にした。
──ああっ! キースさんとロイドは何処だろう?
今更ながら二人が居ない事に気付いたレヴィだが、会場に戻れば入口で仁王立ちしていたあの女官に叱られそうなので止めた。
──きっと二人も控室に戻っているよね。
そうお気楽に考えて長い回廊を歩く。幸い本当の控室は会場からそう離れておらず、道順はあの女官が教えてくれたので迷う事は無い。
「!?」
暫く歩いていると、目の前を歩く生き物が目に入った。
──あれは……!?
優雅に動く長い手足、しなやかな身体にフサフサの長い白い毛。見るからに上品そうな出で立ち。そして極めつけはピンと立った三角の耳と長い尻尾。そのフサフサの長い尻尾は楽しげに揺れている。
──妖精猫!?
レヴィは声を出しそうになって思わず自らの口を両手で塞いだ。妖精猫は魔力などが無くても認識出来る妖精である。普段は普通の猫に紛れている事もあり、一般家庭で飼われていた、なんて事もある。決して珍しい妖精では無かったが、レヴィは一度も見たことが無かった。
──まさかこんなところで出会えるなんて!!
レヴィは興奮で高鳴る胸を落ち着かせようとした。向こうはレヴィの存在に気づいてないのか、ゆったりとした足取りで回廊を進んでいく。目の前で左右に揺れる毛量豊かな尻尾はまるでレヴィを誘っているかの様だ。
──すっ、少しだけ……!!
レヴィはノースブルック候爵家の護衛騎士としての責任とか諸々は未知との遭遇により、あっと言う間に何処かへ吹っ飛んでいってしまっていた。
優雅な足取りで長い回廊を進んでいく妖精猫に気付かれないように足音をたてずにレヴィは後をつけた。
妖精猫は暫く回廊を進んでいたが、くるりと向きを変えて庭園の中に入って行ってしまった。
──何処へ行くんだろ?
疑問に思いながらもレヴィは妖精猫を見失わない様に追いかける。妖精猫がずんずんと庭園の中を進んでいくので、流石にこれ以上奥へ入ってしまうと不味いなと感じ始めていた。
この庭園には夜会の会場からも離れており、日もすっかり暮れてしまっている為月以外の灯りは無かった。しかし、庭園内はほんのり明るい。それは嘗てこの王宮に迷い込んだ時に見た光の玉。それがあちらこちらに浮かび、庭園内を照らしているのだ。
──随分奥まで来ちゃったみたいだ。
そろそろ戻ろうかと思い始めた頃、妖精猫が一本の木の下でピタリと立ち止まった。チャンスとばかりにレヴィは妖精猫の両脇をガシリと掴んだ。
「んにゃ!?」
妖精猫は突然両脇を捕まれ奇声を上げた。そして、だらんと手足を伸ばしたまま、大きなアイスブルーの瞳を見開き、硬直している。
「つ、捕まえた……!」
レヴィは押し殺した声で呟き、妖精猫を高く持ち上げた。硬直したままの状態の妖精猫は大きな瞳でレヴィを見ている。
──ふっさふさだぁー!
レヴィが妖精猫に感動していると、何処からかクスクスと笑い声がする。レヴィははっとして周囲を見渡した。この妖精猫の後をつけている時も周囲に人の気配は無かった。
──人の気配が無い? 一人も?
此処は王宮内であるにも関わらず、衛兵の一人もいなかったのだ。
レヴィはこの時初めて自分が妖精猫に随分と気を取られていた事に気が付き身構えた。
「──そう怖がらんでも良い。妾が遠ざけた」
「!?」
柔らかな女の声がした。声の方を向くと、先程まで誰もいなかった木の側に女が立っている。女にしてやや背が高く、緩やかな緑がかった長い豊かな髪をしていた。卵型の顔には髪と同じく緑の睫毛に縁取られた深い緑の双眸、整った鼻梁、少しふっくらとした唇がこれぞまさに黄金比だという形で配置されている。とても美しい女だった。
「その子は離しておやり」
女はレヴィに諭すように告げる。レヴィは呆然として女から目が離せなかった。レヴィが呆然としている間に妖精猫は身を捩り、その手の内からするりと抜けて、その女の後ろに逃げ込んだ。
彼女に敵意が無いのは分かるが、ふとリード領で上級精霊と出会った時の事を思い出し、レヴィはブルリと身を震わせた。




