悪魔使いは悪役令嬢と王都に行く⑩
◆◆◆
──8年前
それはまだエミリアの父、マクシミリアン・ブランドンが候爵位を継ぐ前、とある子供同士のお茶会に呼ばれた時の事である。
「お父様! お茶会ではお友達も出来るかしら!」
「エミリアは良い子だからきっとできるよ」
エミリアは空色のワンピースをの裾を揺らし、青い瞳をきらきらと輝かせ、父であるマクシミリアン尋ねた。そんな彼女にマクシミリアンは優しく微笑んだ。
──上手く出来るかしら? どんな子がいるのかしら?
この日、エミリアは初めてのお茶会に期待に胸を踊らせていた。乳母のモリーに付き添われた会場行きの馬車の中でもエミリアははやる気持ちを抑えられないでいた。
お茶会の会場に入ってまず最初に目に入ったのは、美しい花の生け垣、白いテーブルの上にある美味しそうなお菓子や紅茶だ。この会場は広い中庭を開放してあり、まるで物語から抜け出して来たかの様な美しい配置だった。
次に目に入ったのはのは、エミリアは同じ年頃の子供達。エミリアは目を輝かせた。
当時のエミリアの周りにはエミリアと同じ年頃の子供が居なかった。エミリアの親戚やエミリアに近い使用人の子供達は皆エミリアよりも年上の子達ばかりであまり同じ年頃の子供と遊ぶ機会が無かった。
──お友達出来るかしら?
期待に胸を膨らませてエミリアはその輪の中に入って行った。
「エミリア・ブランドンと申します」
エミリアは覚えたばかりのカーテシーで挨拶しながら、最初の数人とは打ち解けて話す事が出来ていた。その時迄は。
しかし、次に声をかけた相手が問題だった。
会場の中心部から少し離れた場所、生け垣の端から鮮やかなピンク色の服がチラチラと見え隠れしていた。
──何かしら?
エミリアが近付いて覗いて見るとそこに一人佇む少女がいたのだ。
──あの子に声をかけてみましょう!
エミリアは輪から外れとそちらに向かった。そして、その少女に声をかけた。
「私、エミリア・ブランドンと申しますの? 貴方は?」
ピンク色の鮮やかなドレスに見を包んだ令嬢に声をかけるとその令嬢が振り返った。柔らかさそうな明るい茶色の髪に大きく丸い緑の瞳をした可愛らしい令嬢だった。
「あの……」
その令嬢はモゴモゴとするばかりで一向に返事をしない。
──どうしたのかしら?
エミリアは首を傾げながらも、静かに返事を待った。その令嬢はモゴモゴするばかりで何も言わない。
この時、エミリアが痺れを切らしてさっさと何処かに行ってしまえば状況は違ったのだろう。エミリアは親切にもその令嬢が話すのを辛抱強く待ってやったのだ。
人形の様に美しいエミリアに見つめられた令嬢の瞳が徐々に涙で潤んでいく。エミリアが「おかしいわ」と首を傾げているうち、最終的に彼女は泣き出してしまった。
──どうしちゃったのかしら?
エミリアは突然泣き出した彼女にオロオロと狼狽える事しか出来なかった。
「──何してるの!?」
更に運の悪いことにその場面を人に見られてしまった。始終その様子を見ていた者が居たならばエミリアが泣かせたわけではない事が分かっただろうが、その場所にはエミリアとその令嬢しかおらず、彼女の無実を証明出来る者はいなかった。
「あの子が泣かせたの?」
「酷いわ!!」
「キツそうな顔をしているもの!」
エミリアは周囲が何故そんな事を言うのか分からず大いに戸惑った。そして、それが後のエミリア・ブランドンの評価になってしまったのだ。
──どうしてこんな事になってしまったの?
エミリアは馬車の中で困惑しながらその日は会場を後にした。
それ以後も評判が邪魔をしてエミリアは意地悪や傲慢な令嬢として知られる事となった。なので、エミリアにとってはお茶会や夜会は気の進まない場所となってしまったのだ。
◆◆◆
「恥ずかしいわ……。たった一度の失敗でお茶会に行く事が怖くなるなんて」
衣装合わせの後、丸いテーブルに向かい合わせに座った状態で紅茶を飲みながら話をしていた。心を落ち着かせる為にエミリアは紅茶を一口飲んだ。
「エミリアは悪くないわ!」
ケイシーが机を叩きそうな勢いで立ち上がった。
「その子は何も言わなかったんですか? その場にいたのはエミリアとその子なんですよね?」
レヴィが訊ねるとエミリアは首を傾げた。
「何も言わなかったんじゃないかしら? モリーが抗議したみたいだけど……。その時は私も動揺してしまって」
「何よそれ! その子の方が酷いじゃない!」
ケイシーが憤懣極まった顔で鼻息荒く言い放った。
──泣いだけでその反応? 所詮は子供同士のお茶会でしょ? 多少のいざこざには目を瞑りそうだけど。
レヴィは眉を顰めた。
「その子の身分は?」
「確か男爵よ。カーネル男爵の一人娘で、名前は……ミランダ・カーネルだったわ」
──爵位も今のエミリアよりも低い? ますますおかしな話だ。
レヴィは内心で訝しんだ。それから紅茶を一口飲んでエミリアに真面目な顔で向き直った。
「エミリア様、勿論分かっているだろうけど、会場では一人にならないで下さいね。候爵様かケイシーとはぐれない様に」
「そうよ! 何か言ってくるやつがいたら私が蹴散らしてあげるわ!」
──蹴散らすは不味いでしょう。でも、悪役令嬢っぽい!
と胸を張るケイシーにレヴィは苦笑いしながらも内心で要注意人物としてミランダ・カーネルの名前を刻んだ。




