第一王子は護衛騎士と捜査する⑥
柄の悪い破落戸の集う酒場の扉を開けて一人の男が入って来た。男はフード付きのローブで全身を隠しているが、スラリと背の高い男だ。
男の来店に賑やかだった店内は一瞬静かになるが、直ぐに元の喧騒に戻った。
「注文は?」
厳つい店主の男が男に近付き無愛想に注文を取る。
「エール」
男はそれだけ言うと黙り込んだ。店主が無言で酒を置くと、その酒を男は無言で飲み始めた。男が酒をコップ半分程飲み終えた時、ドタドタと激しい音を立てて扉の開いた。
「ガスター!!」と店主が叫んだ。入って来た男の名前らしい。入って来た男──ガスターは迷う事なくフード男のもとにやって来た。
「おい、お前。お前のせいで酷い目にあったぜ!」
開口一番にガスターは男に向かって言う。その男はエドワード達を襲った例の破落戸のリーダーだった。
「……………」
「おい!!」
無言を貫く男にガスターは苛立ちテーブルを拳で叩いた。
「あの品の良さそうな三人組もだが、あとから来た餓鬼は何もんだ? アンタ一体何に追われてんだ?」
「…………」
尋ねるガスターに対し尚も無言の男。ガスターは更に苛立ち、男に殴りかかろうとしたが、掠りもせずに避けられた。その拍子にフードが脱げて灰色の髪と面長の顔が顕になった。男は灰青の瞳でガスターを鋭く睨みつけた。
「ガスター!!」
店主が殴りろうとしたガスターの名を叫んだ。ガスターはフードの男に睨みつけられ、ゾワリ背筋が寒くなった。
「!?」
「喧嘩がしたきゃ外でやりな! 店壊す気なら出て行いけ!!」
ガスターの後ろから店主が叫んだ。そのすきに男は素早くフードを被り直すと硬貨を置いて店を出て行ってしまった。
「あぁ……」
男が出て行くのを見送りながら、何時もなら追いかけて行くガスターが珍しく簡単に引き下がったので店主は訝しんだ。
「ど、どうしたんだ?」
店主がガスターの顔を覗き込むと目を瞠った。
ガスターの顔は青白く、カチカチと奥歯を鳴らしながら小刻みに震えていたのだ。
「何者だ、アイツ……?」
ガスターはどうにか声を絞り出した。ガスターと店主は男の出て行った扉をそのまま暫く眺めていた。
◇◇◇
「──面倒な」
酒場を出て、適当な路地に入ると灰色の髪の男──オーガストは一人呟いた。フードを深く被り直しながら歩を進める。
オーガストはエドワード達の予想通り、王都に潜伏していた。現在は重罪人であるが故にローブで姿を隠しながら生活していた。華やかな王都でも、一つ裏路地に入れば、脛に傷のある輩の溜り場が存在する。オーガストはその様な場所に暫く身を隠していた。勿論、ただ大人しく潜伏していた訳ではない。
──概ね予定通りだ。
オーガストは王都での自分の行動を振り返る。護送車からの逃亡後、オーガストは王都の人混みに紛れ、暫く潜伏していた。そして、冬が開けると同時に再び動き出したのだ。
──全ては、あの方の指示通り進んでいる。敢えて人の多いギルドに出入りし、私を捜索するエドワード第一王子に私の存在を匂わせる事は出来た。しかし、王子が自ら出向くとは……。
オーガストはギルドに現れた金糸の少年王子を思い出した。オーガストも王子自ら出向くとは思っておらず驚いていた。
──やはり、第一王子はハズレで、第二王子の線が濃厚か? 例の子供がエドワード第一王子に接触したのは予定外だった。
オーガストは今度は人狼とともにいた黒髪に赤目の瞳の子供を思い浮かべた。
──姿を見られていなければ良いが……。あの子供、例の魔女と関わりがあるのか? 或いは、あの子供が魔女自身か。
オーガストは例の魔女の情報を脳内から引っ張り出すが、オーガスト自身も魔女についての情報は殆ど無く、精々人伝に聞いた容姿くらいなものである。
──例の魔女は黒髪に赤目の妖艶な美女だと聞いていたが、あの情報はガセだったか……。
古の魔女と呼ばれる魔女は長命で長い事姿を隠していた。ローズブレイド帝国の革命を裏で操っていたなどと一部ではまことしやかに囁かれているが、それも噂の域を出ない。オーガストは頭を振った。
「私は使命を全うするのみ」
オーガストは一人呟き、夜道を進む。ふと上を見上げると、王城の明かりが見えた。
──もう直ぐデビュタントか……。
視線だけを王城に向け、オーガストは頭の中に次の計画に思いを馳せた。




