悪魔使いは悪役令嬢と王都に行く⑧
運び込まれた大きなハンガーラックには色鮮やかなドレスが掛けられている。一つ一つに丁寧に刺繍や宝石が散りばめられており、どれも美しい。その輝きにレヴィは赤い瞳を煌めかせた。
「さあ、エミリアお嬢様! どれでもお好きな物をお選び下さいな!」
クリントン商会のデボラ夫人がドレスを指し示して言った。デボラ夫人は黄色みが強い金髪を後ろで丁寧に纏めた大柄な女性である。彼女は高い身長と長い手足を活かした海色のドレスを着ており、商会の主人としての貫禄がある。
クリントン商会はフォーサイス王国の服飾に関していえば1、2を争う大商会の一つだ。その彼女が用意したドレスは勿論どれも一級品である。
「あの、デボラ夫人? 私はデビュタント用のドレスを頼んだ筈なのだけれど……」
エミリアが困惑気味にデボラ夫人に尋ねた。
実はデビュタントで着るドレスの色は決まっており、その色は白。白色一択なのである。つまり、デボラ夫人が持って来た大半のカラフルなドレスは今回必要ないのである。
「何を仰ってますの、エミリア様?」
デボラ夫人は扇をパンっと閉じて、切れ長の目をきっと釣り上げた。
「デビュタントは言わば社交界への入口ですのよ! 社交界デビューをすれば、夜会への参加資格を得るのです。いずれ必ず必要となりますわ!」
「でも、今回は……」
「必要となりますわ!!!」
「ええ……」
身振り手振りを交えて熱弁するデボラ夫人に押され気味にエミリアは頷いた。エミリアが肯首したのを見ると扇を開き、「此処だけの話ですわよ」と言ってエミリアにぐいっと近寄った。
「例の騒ぎでエミリア様も色々とご心配されていると思いますが……、実は私前侯爵様と御母君よりエミリア様にいざという時はとお願いをされてましたの」
「え?」
その言葉にエミリアは目を大きく見開いた。
「ですので、ご心配は不要ですのよ」
デボラ夫人は悪戯が成功した子供の様に笑うと、「これなんて如何です?」と近くにあったドレスをエミリアに勧めた。エミリアはドレスを見ながら目頭を熱くした。
──何程、エミリアの為に前侯爵と侯爵夫人は商会に予めお金を預けていたのか。それも、ドレスや装飾品が十分に買えるくらいの金額。それなりの期間預けていたのかも知れない。
レヴィは前侯爵と侯爵夫人に関心する一方で、少し複雑な気持ちになった。
──つまり、侯爵様は金銭面ではあまり信用されてなかったというわけだ。
侯爵と侯爵夫人は相思相愛だったらしい、前侯爵との関係も良好だっただけに何とも言えない気分になった。
レヴィは気分を変える為に周囲を見回した。美しいドレスに見惚れるケイシーの姿があった。
──これはこれは……。
レヴィはにんまりと笑って近づいた。
「ケ、イ、シー?」
「なっ何よ」
ケイシーはにやにやしながら近付いたレヴィにビクリと肩を震わせた。
「ケイシーもぉ着てみたいのかなぁって」
「そんなんじゃ無いわよ!」
「あら、試着ぐらい良いわよお」
レヴィとケイシーの攻防を面白そうに眺めていたデボラ夫人が口を挟んだ。
「私なんかには勿体ないですよっ!」
ケイシーは勢い良くデボラ夫人を振り返った。慌てて両手を振って、断るケイシーにデボラ夫人はにっこりと含みのある笑みを浮かべた。
「実はね、私新しい事業を考えてますの」
「「新しい事業?」」
レヴィとケイシーが二人揃ってこてんと首を傾げた。エミリアは後ろでにこにこと笑っていることから知っていたらしい。
「私共の商会も随分と大きくなりましたし、初心に戻って兼ねてからの夢を叶えようかと思ってましたの」
「夢ですか……?」
扇を開き口元を隠しながらうふふと笑うデボラ夫人に恐る恐るケイシーが尋ねた。するとデボラ夫人はよく聞いてくれましたとばかりに笑う。
「ええ! 私の夢!! それは私の作った洋服で全ての女性を幸せにする事よ!!」
尋ねるとデボラ夫人は劇中の役者の様に大袈裟な振る舞いで言い放つ。
「「はぁ……」」
若干引き気味にレヴィとケイシーが相槌を打つ。
「そこで! ケイシー・リード子爵令嬢、貴女よ!!」
「はいい!?」
デボラ夫人に扇で指名され、ケイシーは背筋を伸ばした。
「私の新しいドレスの広告塔になってもらうわよ!!」
「はあぁ!?」
その宣言にケイシーの絶叫が木霊した。
デボラ夫人の後ろからエミリアがレヴィを手招きした。
「もしかしてエミリア様が?」
レヴィが尋ねるとエミリアは首を左右に振った。
「いいえ。でも、デボラ夫人に少し相談をしてみたの。彼女、元々新しいブランドを立ち上げる構想があっらたらしいわ。まさかケイシーを広告塔にするとは思わなかったけど」
レヴィは「成程」と納得した。
デボラ夫人率いるクリントン商会は最先端かつ高級志向のブランドだ。高位貴族を対象としていた。中級から低級貴族を対象にしたリーズナブルなブランドを立ち上げるつもりだったらしい。その広告塔に子爵令嬢のケイシーは抜擢された様だ。
──これならケイシーはデビュタントに参加しない何て言えなくなるね。
そんな事を言えばきっとデボラ夫人が許さないだろう。レヴィは困惑しながらも少し嬉しそうなケイシーの横目に、エミリアと二人顔を見合わせて微笑んだ。
──僕の出番はなかったな。
と内心で少し残念に思ったのは秘密である。




