悪魔使いは悪役令嬢を仲間にする⑥
◇◇◇
レヴィがコリンと共に厩舎で牛の世話をしていた頃、ロイドはレヴィに言われた通り、オーガストの行動を監視していた。
オーガストはシワひとつ無いスーツを身に纏い灰色の髪は綺麗になでつけられている。灰青色の目元は切れ長で涼しげだ。何処と無く狐を連想させる顔立ちをしている。
今は無駄の無い動きでカトラリーを並べている。
「──私の顔に何か着いていますか?」
オーガストが、ロイドの視線に気付き、訝しげな顔をする。
「いいえ。余りに無駄の無い動きだったのでつい、……見惚れてしまいました」
心にも無い事を答える。オーガストは視線をロイドに向けるがすぐに無表情に戻り、食器を並べ始めた。
元々の仕事柄オーガストについて回るので、仕事をしながら見張っていられるが、今のところ特に不審な動きはない。
ロイドは、早朝からのオーガストの行動を思い返す。
早朝、オーガストはロイドがよりも早く支度を整えていた。その後、屋敷内の戸を開けて回る。銀食器やブーツの手入れを教わっていた。ロイドが力を込めすぎて銀食器をいくつか曲げてしまいかなり怒られた。そして、朝食の用意をして主人である侯爵を起こす為、彼の寝室に向かう。オーガストの後をロイドが台車を押して付いて行く。
「おはようございます。旦那様」
ノックをしてオーガストが入る。
「ああ、おはよう」
寝室にいたのは、細身の軟弱そうな男だ。寝起きの為金茶の巻き毛が寝癖で跳ねてしまってはいるが、そこそこハンサムで、清潔感もある。ロイドは悪趣味な調度品の数々から腹の出た脂ぎった中年男を想像していたので少し拍子抜けしてしまった。
「その子が噂の新入りかい? 本当に随分と綺麗な子だなぁ。まあ、うちのエミリアには負けるがね」
オーガストの後ろにいたロイドに侯爵が気付いて微笑む。
「はい、新入りのロイドと申します」
答えながら、オーガストが寝起きの紅茶を入れる。その間、ロイドは壁際に控える。
侯爵は思っていたよりずっと温厚そうな人物だ。若干親バカ気味に感じるが、気に入らないからと使用人を次々変えるような人物には見えない。
「本日の予定ですが、午前中にバチェラー商会のダレル様が訪問予定です──」
侯爵が紅茶を飲む横でオーガストが今日の予定を読み上げていく。それが終わると今度は侯爵の身支度を整え始める。身支度が終わると朝食の為に食堂へ向かう。
食堂に入るとすでに娘のエミリアが席に着いている。エミリアの乳母と侍女は壁際に控えているので、ロイドもオーガストと一緒に壁際に控える。その時、エミリアと一瞬目が合った気がしたが、すぐに反らされてしまったので気のせいだと思う事にした。
「おはようございます。お父様」
「おはよう、エミリア。今日はバチェラー商会が来るから、何か欲しいものがあれば言いなさい」
「バチェラー商会ですか?クリントン商会でなくて?」
エミリアは困惑した表情をする。
「ああ、そうだ。バチェラー商会の商品もクリントン商会に引けを取らないと思うんだが?」
「いえ、確かにバチェラー商会もクリントン商会に負けない商品だと思いますわ。ただ、その……クリントン商会以前からお世話になっておりますし……デボラ夫人にもたまにはお会いしたいなと思っておりましたの。来年はデビュタントも控えておりますし」
「それなら、バチェラー商会のダレルに相談すればよいのでは?」
侯爵が不思議そうに首を捻る。エミリアはそうですわね。と苦笑いを浮かべた。
噂の"お嬢様"とは随分違う様子のエミリアに、これが"我儘で傲慢な娘"?と、二人のやり取りを後ろで見ながらロイドは首を傾げていた。
◇◇◇
「あの朴念人!お嬢様の気も知らないで!!」
エミリアの私室に帰るやいなやモリーはハンカチの端をギリギリと噛み腹立たしいわ!と叫んでいる。勿論この"朴念人"は侯爵の事である。
「モリーそんなに怒らないで。お父様に悪気はないのよ」
「お嬢様!悪気がないでは済まされません!お嬢様のデビュタント用のドレスですよ!一生に一度なんですから悔いが残らないようにするべきですわ!」
「お父様も大叔父様が亡くなって慣れない領地経営をなさっているの。きっとそこまで気が回らないのよ」
「どうだか!今はオーガストに任せきりになってるじゃない!!」
「……」
ぐうの音も出ないというのはこの事だろうか。はぁとエミリアは大きな溜め息を吐いた。モリーが言うように、侯爵である父はどうにも頼りないところがある。
──デビュタントもだけれど社交場にはあまり気が進まないわ。私、来年からうまくやっていけるのかしら?
去年もその前の年も大叔父の喪に服すという事を理由に社交場を避けてはいたが、来年はいよいよデビュタントだ。頼りない父を助ける為にもこれからは避けてばかりではいられない。
社交界デビューこそまだだが、父が侯爵になる前にも何度か子供同士のお茶会には参加していた。つり目で気の強そうな顔立ちのせいで、何度かトラブルに合ったことがある。
その一番の原因となったであろうとあるお茶会を思い出す度、エミリアは居たたまれない気持ちになるのだ。
それはエミリアが10歳の頃に呼ばれたお茶会だった。他家のご令嬢とたまたまぶつかってしまい、エミリアはそのご令嬢に紅茶をかけてしまった。エミリアはすぐに謝ったけれど、相手のご令嬢に泣かれてしまい、ちょっとした騒動になってしまった。それ以降、そのご令嬢には挨拶をしただけで怯えられるようになり、次第にエミリアは他のご令嬢達に意地の悪い令嬢として噂になってしまった。
あの事がなければとエミリアは大きな溜め息をついた。
「お嬢様、溜め息ばかりついていると幸せが逃げてしまいますよ。気分転換に散歩でもしません?中庭でお茶も良いかもしれませんね」
エミリアの様子にみかねたモリーが提案した。
「そうね。そうするわ」
朝の冷たい空気を吸い込むと少しだけ気分が晴れた。遠くから牛のモォーという鳴き声が聞こえてくる。父が侯爵位を継いでから、初めて侯爵邸を訪れた時はかなり驚いた。馬を眺めるのもいいが、子牛は可愛いらしくて癒される。
モリーが中庭にお茶を用意している間、エミリアは厩舎の近くまで散歩する事にした厩舎の近くの大きな木の近くまで来ると、突然頭上からガサリと音がした。上を見上げると木の葉の影から何か黒い塊が見えた。
「猫でもいるのかしら?」
仔猫が降りれなくなっているのなら大変だわ!
エミリアは背伸びをしてその黒い塊よく見ようと木の葉の間を覗き込む。黒い塊が動いてこちらを見た。そこにはギョロリとした紅い目が覗いていた。
「!!」
エミリアは声にならない悲鳴を上げた。驚いた拍子に後ろに倒れそうになるが、後ろから誰かに支えられた。
「大丈夫ですか!お嬢様!」
振り向くと黒髪の少年に支えられていた。少年の長い前髪に隠れた紅い瞳と目が合う。先ほどの紅い目を思い出し、エミリアは思わず少年を振りほどいた。
エミリアはしまったと思うが少年はキョトンとした後、はっとした表情に変わり、思いっきり頭を下げた。
「申し訳ありません!先程まで牛の厩舎の世話をしていたので汚かったですね。匂いが移ってしまったかも!ああ、お嬢様はお召し替えをなさった方がいいかもしれません」
申し訳無さそうに少年が頭を下げる。
「気にしなくていいわ。それよりその……」
エミリアが木に視線をやると少年も同じように木上を見る。
「木がどうかしましたか?」
「木の上に何かいたの」
「?僕が確認してきます。多分猫か何かでしょう」
少年は木の枝に足を掛け軽々と昇っていく。ある程度昇ると太い枝に腰かけた状態でエミリアに声をかけた。
「お嬢様。やっぱり猫みたいですよ!捕まえましょうか?」
少年の言葉にエミリアはやっぱり見間違えだったのねと安堵した。
「いいわ。捕まえるのは可哀想だから」
「お嬢様?何をなさっているのですか?」
呼びに来たモリーがエミリアと木の上にいる少年を交互に見て不思議そうに尋ねる。
「木の上に猫がいたのよ」
「猫?」
モリーが訝しげな顔をする横で厩舎の方から「レヴィー!どこ行った!?」と少年を呼ぶ声がする。
「私たちはもう行くわ。貴方も仕事に戻りなさい」
「はい、お嬢様」
少年に声をかけてエミリアとモリーは中庭の方に向かう。その背を見ながら少年は小さく呟く。
「全くもう、お嬢様を驚かせたらいけないじゃない」
少年の後ろから拳2程のギョロリとした大きな紅い目を持つ黒い塊──小悪魔が現れた。その小悪魔は少年──レヴィに抗議するようにギュイギュイと耳障りな声で鳴いた。




