悪魔使いは潜入する⑯
──翌日
三人はランドルフ侯爵家の屋敷内を執事のアラスターに案内されながら進んでいく。本日の一行は真っ直ぐに医療塔に向かっていた。理由は勿論、ランドルフ侯爵家次男であり、現在は唯一の嫡子であるフィンレー・ランドルフの容態を見る為だ。
──アラスター執事も精霊使いだろうね。
ノースブルック侯爵家の執事ロベルトが精霊使いだった様にアラスターも精霊使いだろうとレヴィは当たりをつけていた。
──けど、ロベルトさんより大分弱いな。
ロベルトは中級から上級程度の能力があった筈だが、今目の前を歩く壮年の男はギリギリ中級程度だろうと目算した。かなり疲弊しているようで、普通に振る舞ってはいるが顔色がかなり悪い。
──ランドルフ家は血縁重視なのかな?
貴族は血縁や血統を重視する傾向が強いとはいえ、精霊使いの能力は個人の資質に由来する。例え先祖が高い能力を持っていたとしても、必ずしもその能力が直系の嫡子に引き継がれるとは限らないのだ。ノースブルック領では前侯爵の嫡子ではなく甥の娘であるエミリアに、ランドルフ領では庶子のマーティンに能力が引き継がれている事からも簡単に予測出来る。この精霊使いも代々侯爵家に仕えているのだろうが、高い能力は引き継げなかったのだろう。
「──てっきりフィンレー様は自室で静養なさっているとばかり思っておりました」
レヴィが考えに耽っていると、サイモンが唐突に口を開いた。前を歩くアラスターが振り向く。
「医療塔の方が設備が整っておりますし、医師や薬師も医療塔に待機していますので、フィンレー様に何かあっても直ぐに駆け付けられますから」
「素晴らしいですね! ランドルフ領の医療技術は王都に引けを取らないと言われていますが、昨日案内して頂いた研究施設は本当に充実していました」
「お褒め頂き光栄です。さあ、皆様医療塔に到着いたしました」
アラスターが白い建物を示した。侯爵家の所有する医療塔は一階に診療所、二階が入院施設の二階建ての施設である。アラスターに続き三人が医療塔に入ると、白髪の壮年の男が奥から出てきた。
「お待ちしておりました」
「彼が主治医のテオドール先生です。何かわからない事があれば彼に聞くといいでしょう」
「主治医のテオドールです。長くこのランドルフ家に使える医師です。どうかフィンレー様の為にご協力お願いします」
テオドールは恭しく頭を下げた。
「此方こそよろしくお願いします」
三人は恐縮しながらも頭を下げる。
「ところで、私の診療記録は読まれましたか?」
「はい。読ませて頂きました」
サイモンはにっこりと笑う。後ろでマーティンが目を丸くして、レヴィを見たがレヴィは気付かない振りをした。
「そうですか。読まれた感想を伺っても?」
「申し訳ありません。まだ、はっきりしていませんし、フィンレー様のご容態を確認してからでもかまいませんか?」
「ええ、勿論」
テオドールは穏やかに頷くと二階、フィンレーが寝ている病室へと案内した。
二階へ上がると、階段の左側に6台のベッドが置かれた大部屋が2つ、右側に個室が6部屋があった。
テオドールに続き部屋に入ると、三人は目を疑った。病室のベッドには、マーティンやレヴィよりも少し年上の金髪の青年が横たわっていた。彼の顔色は悪く、息は辛うじてしている状態だ。そして何より異様なのは首から顔にかけてある痣だ。痣というには黒くくすんだ色をしていた。
「これは……一体何時からこの様な状態になったのですか?」
「3カ月前です。最初は唯の風邪だと思っておりました。しかし、症状が進むに連れて痣が広がっていきしました。また、痣が広がるにつれて衰弱していき……同じ症状でランドルフ侯爵家の長男であるベンジャミン様と三男のブレイク様は亡くなりました」
「それは……つまり」
「ええ。現在、ランドルフ侯爵家の嫡子はこのフィンレー様のみなのです」
テオドールの視線が一瞬マーティンに向いた気がした。
「ですので、何としてでもフィンレー様をお救いせねばなりません」
「一つ質問してもよろしいですか?」
レヴィが言いづらそうに口を開く。
「お気を悪くされないで下さい。町で奇妙な噂を聞いたのです」
「何でしょうか?」
テオドールが首を傾げた。
「ランドルフ侯爵家の人が人攫いをしていると、もしや人体実験などしているのではないか……と」
「そんな噂が!? 全くもって酷い出鱈目だ!」
テオドールが眦を釣り上げ憤慨する。
「ご存知ありませんでしたか?」
レヴィがテオドールの顔色を伺う様に見た。
「ええ、人体実験など事実無根です」
「ですが、新しい薬を作る時、効果の実証等もなく人に投与しませんよね?」
テオドールがレヴィを鋭く睨みつけた。
「何が仰りたいのですか? その際は有志を募っていますし、その薬で何が弊害があればランドルフ侯爵家で保証をしています。ですので、人を攫ってまで人体実験を行ったりはしていません」
「それを聞いて安心しました。リード子爵様から直々にランドルフ侯爵家に協力する様に依頼されました。不快な思いをさせて申し訳ありません」
その言葉を聞いてテオドールははっとした表情をした。横で見ているマーティンはハラハラしているが、それには触れなかった。これは昨晩三人で決めた事だ。
「いえ、そちらの立場もありましょう。特にリード領は直ぐ隣の領です。奇怪な病に奇妙な噂を聞けば不安にもなるでしょう」
「ご理解いただけて感謝致します」
サイモンはテオドールに頭を下げた。




