悪魔使いは潜入する⑫
──ローズブレイド王国辺境の村
ローズブレイド王国王都から南下した先の辺境には深い森が存在している。その森の奥に一軒の家があった。
しんしんと雪が降り続き、森を白で染めていく。家の主であるハンナは暖炉に薪を焚べながら、雪の降り続く風景をぼんやりと眺めていた。
「確かこんな日だったねえ。あの親子が来たのは」
誰にもともなくハンナがひとりごちる。すると鳥籠の中の真っ白な梟がクルルルと返事をするように鳴いた。
「あの子等は元気でやってるかねえ」
"奇妙な親子"それがハンナのヨハンとレヴィに対する第一印象だった。
◆◆◆
──9年前
「新しく魔女として迎え入れる?」
ハンナの言葉にヨハンは眉を顰める。
──やっぱり知らないみたいだね。恐らくこの子はこの男の実子では無いだろう。魔女の関係者でも無い様だ。
ハンナはレヴィとヨハンを見比べる。二人とも地味な容姿である為、顔立ちは似ていないとも言い切れないが、どうも対象的な二人に見えた。何より、一番の問題はレヴィの黒髪だ。
──恐らくレヴィの髪の色を見て村人はアタシの事を教えたんだろ。全く、何故一緒にいるのだろうね。実の子でもない、悪魔使いなんてお荷物でしかないだろうに。
ハンナは内心ヨハンを憐れに思った。
──情にでも絆されたかね。
ヨハンの様子を伺い見る。すると、ヨハンはヨハンでハンナの方を見据え決心したかの様に口を開いた。
「単刀直入に聞きますが……、村の人間に貴女は森の魔女だと教えられました。それは事実ですか?」
「……事実だよ。ウチは代々魔女の家系だからね。まあ、アタシで最後だろうけど」
ヨハンが僅かに眉を顰めた。
「アタシにゃ跡継ぎがいないからね。子供も夫も内乱で死んじまった」
コップにお茶を注ぎながら、ハンナは言う。
「内乱……」
ヨハンが何とも言えない顔をする。ローズブレイド王国になる前、ローズブレイド帝国時代は各地で多数内乱が起こっていた。政権交代前の数年間は特に酷かった。
「あの子はアンタの子じゃ無いね? あの黒髪、よく今まで生きてこれたもんさ。都じゃあ田舎よりも悪魔使いに対した辺りが強いから大変だったろう?」
田舎には医者が少ない。特にハンナのいる辺境の村は特に。その為、ハンナの様な薬を作れる魔女は貴重で医者代わりに頼られる事も多い。実は都よりも田舎の方が魔女への批判や差別も少なかったりする。だが一方で、王都のような都会は精霊信仰の宗派が多く、魔女──特に悪魔使いへの差別が酷い。それは精霊信仰が強さに比例し、特に貴族は悪魔使いを毛嫌いする。例え実の子でも殺してしまうと聞いた。
「何故それを……?」
ハンナの言葉にヨハンは目を瞠った。その後、警戒したのか直ぐにハンナを睨みつけた。ハンナは呆れたように溜息を吐いた。
「言葉さ。アンタ訛りが無いだろう? そんなの都会もんか貴族くらいのもんだろ」
ハンナの指摘にヨハンははっとした顔をして、それから少し顔を赤らめる。今気づいたらしい。
「俺とした事が……」
何やら俯いてブツブツと小さくぼやいていた。
──子供が病気で動揺したのかね? 意外と情が深い男なのか、あの子が特別なのか。
「ところで、新しく魔女として迎え入れる。とはどう言う意味なのですか?」
ヨハンは暫くブツブツと呟いていたが、思い出した様に顔を上げた。
『魔女は生まれつき魔女である訳では無い。魔女の誓いを経て初めて正式な魔女となる』
そう説明するとヨハンは納得したと言う顔をした。
「精霊使いが教会に認められ、初めて精霊使いとなるのと同じ原理と言う事ですね?」
精霊使いは精霊信仰の教会で儀式をした後、精霊使いとしての証を与えられる。これは精霊信仰をするものは誰でも知っている事だ。
「ああ、分かりやすく言うとそうだ。精霊と契約していても教会に属していないと魔女と呼ばれるだろ? あれと同じだ。まあ、それも誓いをしていないと正式な魔女ではないがね」
ヨハンは腕を組んで考え込んだ。
「しかし、精霊使いは教会から精霊使いの証である紋章を頂くので分かりますが、正式な魔女はどうやって見分けるのですか?」
「魔女同士なら分かるのさ。誓いをした魔女同士は裏切れないし、もし裏切ればそれなりのペナルティがある」
「厄介ですね」
「だが、魔女への迫害を考えれば必要だ。それに裏切らなければいいだけだ」
ハンナは吐き捨てる様に言う。
「あの子が目を覚ましたら話をするよ」
ハンナがそう言ったその時、けたたましい鳥の鳴き声が室内に響いた。




