悪魔使いは潜入する⑩
──ノースブルック侯爵家よりも広い!
それがレヴィのランドルフ侯爵邸の広大な敷地に関する純粋な感想だった。ノースブルック侯爵家も侯爵の名に相応しい広大な敷地を所有していたが、それよりも更に広い敷地を所有している様だ。
応接間を出てからレヴィ達は使用人区画へと通されたのだが、滞在中レヴィ達に与えられたのはなんと使用人用の個室だった。
最初は客人扱いになる為かと思っていたレヴィ達だが、ランドルフ侯爵家の使用人は通いの者を除いて使用人には全員個室が与えられているらしい。
ノースブルック侯爵領でもそうだったが、大抵どこのお屋敷に行っても一部の使用人──家令や執事、家庭教師等を除いて使用人に与えられるのは相部屋だ。これだけでいかにランドルフ侯爵家の財力が潤沢かという事がわかる。
また、ランドルフ侯爵邸の広大な敷地内にも簡易の研究施設が併設されており、この研究所で薬の調合などを行っている。これは王都の施設にも引けを取らないものだ。
「凄い……!」
「うわぁ!」
「あれが温室……」
レヴィ達が思わず感嘆の声を漏らす。彼等の視線の先にはあるのは巨大な温室。全面がガラス張りになっており、これもかなり高価な物だという事が容易に想像出来た。
「あの中には此処では育てられない品種の植物も栽培しています」
目の前を歩く男性が説明してくれる。白衣を着ている彼は研究所で働いているそうだ。
「ここなら冬でも多くの薬草を栽培出来るという訳ですね」
「ええ、熟練の庭師が丁寧に管理をしてくれています。貴重な薬草は別ですが、一般的によく使用される薬草は種類が揃っていますので、必要な薬草があればご用意出来ますよ」
「そうだったんですね。私はてっきり薬草も自分で用意しなければならないとばかり思っていました」
サイモンの言葉に案内人の男性は目を丸くした。
「態々、来ていただいているのです。薬草ぐらいこちらでご用意いましますよ」
「ところで、その、ご子息様のご容態はどうなんでしょうか?」
サイモンがランドルフ侯爵家の次男について尋ねると、案内人の男性は一瞬顔を曇らせた。
「私どもが観察した記録があります。後でそちらをお渡ししますのでご覧下さい。必要ならば侯爵様と相談の上ご子息様と面会も出来ます」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
目の前で話すサイモンと案内人の男性を見ながらレヴィは違和感を覚えた。
──普通なら自分達の研究内容や観察記録なんて赤の他人に渡すなんて嫌がりそうなものだけど……。やはり、既に二人もご子息を亡くされているせいかな。庶子のマーティンを探しているくらいだし、きっと侯爵様は藁にも縋る思いなのだろうけど。
そう勝手に納得する事にしたが、妙な違和感が抜けないレヴィは目の前を歩く案内人の男を観察した。研究所やランドルフ侯爵邸内の案内を続ける彼は卒がなく、有能な人物の様だった。
暖かい室内から出ると、ひんやりとした冷たい空気にレヴィは身を震わせた。レヴィが空を見上げる。
──雪が降りそうだな……。
視線の先には黒い雲が目立ち始めていた。
◇◇◇
一通りの説明を終えて3人は与えられた自室に戻った。サイモンが持って来ていた薬草を整理するというので、レヴィとマーティンはサイモンの部屋に呼ばれた。
「これって僕達がアーロン山脈で収穫した薬草?」
マーティンが興味津々に薬草を指差しながらサイモンに尋ねた。
「そうだよ。レヴィが僕の店に売りに来たんだ。何かの役に立つかと思って持って来ていたんだけど不要になりそうだね」
「そうでもないですよ。薬草は育つ場所によっても薬になったり毒になったりしますし」
意味深にレヴィに尋ねたサイモンが満足そうな顔をする。態と尋ねたらしい。
──意外と喰えない人かも。
レヴィは内心少しサイモンを警戒する。
「レヴィは薬師を目指してるんだろう? 見習いなんだし」
サイモンの言葉にレヴィはきょとんとする。
「いえ、目指している訳ではないですよ?」
サイモンの方はレヴィの意外な返答に目を丸くした。
「君は薬師にはならないのかい? てっきり」
「最初は必要に迫られてって感じなので……」
「何か病気でもあったのかい?」
サイモンが意外そうにレヴィを見た。レヴィは見た限りは至って健康優良児だ。多少顔色が青白いが元々の肌色だろうとわかる程度である。
「実は──」
そう言って、レヴィは窓の外を見た。気付けば外はちらほらと雪が降り出していた。




