悪魔使いは潜入する④
「さて、本題に入ろうか。俺はまどろっこしいのは嫌いでね」
と言ってルイスは人の悪い笑みを浮かべた。
「お前達はランドルフ領を通って来たんだろう? 何か怪しい噂は見聞きしなかったか?」
──リード子爵も何かしら掴んでいる? 敢えて尋ねてくるのはこちらがどれ程の情報を持っているか確認するためか? さて、こちらは何て答えよう。
レヴィはルイスを少し観察してから口を開いた。
「ええ、幾つか。ですが、先にリード領で把握しているランドルフ領の動向をお教え願えませんか?」
「おや、俺が嘘を付くとでも言うのか?」
レヴィが尋ねると、ルイスは面白そうにレヴィを見た。
──子爵相手にやっぱり失礼だったかな?
内心でレヴィは冷や汗をかく。
──娘であるケイシーの性格を考えても、腹芸の得意なタイプではないと考えていたけど、思い違いだったかな?
しかし、レヴィは相手についてよく知らない。多少のカマをかけるぐらいはいいだろう。幸い相手は怒った様子もない。
「いいえ。リード子爵様が嘘を付くメリットはありませんよね? ただ僕は話の擦り合わせをしたいのです」
「擦り合わせ、ね。良いだろう」
ルイスはリード領とランドルフ領の関係を話し始めた。
「まず、我がリードの一族はフォーサイス王国建国前からこの地にいた先住民である事は知っているか?」
レヴィが頷くとルイスは満足そうに笑う。
「故に、フォーサイス王国が建国する際、この地をランドルフ家とリードの一族の何方に一任するか初代国王は大いに迷われたそうだ。だが、嘗てよりこの地を守っていた我が一族は、当然の如く我が一族に一任されると思っていたのだ」
「結果はランドルフ家とリードの一族の両家に一任されたのですね」
「ああ、王国の守りを置くには、東部にランドルフ家を置く必要があった。ランドルフ家が折れる形で決まったのだ」
それは現在フォーサイス王国東部をランドルフ家とリード家が納めていることからもわかる。
──リードの一族は納得いかなかっただろうね。自分たちの信仰する精霊がいる地を誰かに渡すなど有り得ないから。
「当初はランドルフ家との関係は比較的良好だった。けれど、時が経つにつれ関係は悪化した」
ランドルフ家とリード家との関係は良かったり、悪かったりと当主が変わる度、関係性も変わっていった。同時に領地も僅かに変化した。貴族らしく、領を守り家を盛り立てていくランドルフ家と貴族らしくなく殆ど名前だけのリード家。性格が違い過ぎた。
「ここ最近は特にランドルフ領とは折り合いが悪い。50年前、ランドルフ領の女傑ナタリー・ランドルフが生きていた時は、彼女の尽力により良好だったらしいが、彼女の没した後は一気に悪化した」
ルイスははぁと息を吐き出した。
「つまりだ。君達が欲しがっている情報など、最初からここには無いという事だ」
申し訳無さそうにルイスが顔を歪めた。
「…………はぁ」
「すまんな! 寧ろこっちが欲しいくらいなんだ」
レヴィが間の抜けた声を出すと、ルイスは陽気な声で言ってのけた。「だったら、何故思わせぶりな態度を取った!」と言いたいところだが、レヴィは心中に留めた。ロイドに至っては半眼でルイスを見ている。
──こういう所が関係を悪化させている原因では?
と思わなくもないが、黙っている事にした。昨日の疲れた様子は恐らく手紙の内容せいだったのだろう。このやり取りだけで、少しルイスの性格がわかった様な気がした。
「では、子爵様。次は僕がランドルフ領で見聞きした事をお話します」
そう言ってレヴィは町で見聞きした事を出来る限り簡潔に話した。
ランドルフ侯爵家の嫡男が亡くなり、隠し子を探している事。ランドルフ侯爵家が腕の良い薬師を探している事。ランドルフ領で人攫いが起こっている事。要点はこの3点だ。
「確かにここ最近葬儀が続いていた」
流石にランドルフ侯爵家の嫡男が亡くなった事はルイスも知っていたが、隠し子については知らなかったらしい。しかし、街中で広まっている以上、リード領に伝わるのも時間の問題だっただろう。
──という事は、ランドルフ侯爵家の嫡男が亡くなってからそんなに時間が経っていないという事だ。
「そう言えば……」
話が終わるとルイスは腕を組んでポツリと呟いた。
「何か思い当たる事でもありましたか?」
「いや、実は少し前にマーティンのいる教会の施設に怪しげな連中が訪ねてきていたとシスターが言っていた。ランドルフ家の者だったかもしれんな」
幸か不幸か、その怪しげな連中が現れたのはマーティンが出立してしばらく経った後、丁度ケイシーがノースブルック侯爵家に働きに出た頃らしい。
「ある女の事を聞いていたらしい」
◆◆◆
マーティン達がノースブルックに行って暫く経った頃の事だ。身形の良い男性二人組が教会を訪れた。
「貴女はここのシスターですか?」
「ええ、そうですが……、あのどちら様でしょうか?」
シスターが尋ねると、生き別れた女性を探しているらしい。
「まぁ、大変。それはどのような方なのですか?」
「茶色の髪に青い瞳の女性で良家でメイドをしていたらしいのですが、行方知れずになっております」
「その女性には子供がいたようなのですが、こちらに預けられてはいないかと」
シスターは男達から詳しく話を聞くと、一人だけ思い当たる人物を思い出した。しかし、同時にその女性とのやり取りも思い出した。
『シスター、もし私やこの子の事を尋ねてくる人がいても、絶対に話さないと、渡さないと約束してくださいますか?』
『また、どうして?』
『詳しい話は出来ないのですが……、どうかお願いします』
その時の女性は切羽詰まった様子だった。
──どうして、こんなに身形の良い方々と知り合いなのに頼らなかったのかしら? きっと、深い事情があったのね。
そう思ったシスターは結局、「そのような方に心当たりはありません」と知らぬ存ぜぬで通したらしい。
男達は酷く落胆した様子で帰って行った。
◆◆◆
──それって……。
レヴィはランドルフ領で聞いた特徴の子供を思い出した。金茶の髪に緑の瞳。年は大体14,15歳前後。孤児で当てはまる人物と言えば一人。
「もしかして、マーティンの母親じゃないんですか?」
「おお、よく分かったな!」
──やっぱり。
レヴィの中で一瞬にして疑いが確信に変わった。
これでランドルフ家がマーティンを探しているのはほぼ確定だ。シスターが隠匿したせいでマーティンが見つからず、躍起になっているのだろう。
ランドルフ侯爵家は子供が出来にくいのか、何度か断絶の危機に陥っている。その為、正妻以外に第ニ夫人を娶っているらしい。
──だが……、身分の低いメイドにまで手を出すあたり、当代のご当主様は余程の女好きと見た。
面倒事の予感が沸々と湧き上がるのをレヴィは感じた。
──これは冬の間にノースブルック領に戻れないかも……。




