悪魔使いは潜入する③
「あ、待って下さい」
レヴィは部屋を出ようとするルイスを引き止めた。
「何だ?」
酷く疲れた顔で此方を振り向いたルイスに、レヴィは少しだけ悪い事をしたと感じた。
「子爵様は僕達に聞きたい事があるって言っていましたよね? そちらはもう良いのですか?」
「手紙を読んで君達が侯爵家の使いである事は理解した。精霊様が君にちょっかいをかけた事は気になるが、その話は改めて明日しよう。ランドルフ領の事も話さなければならないし、長い話にはなるだろう。今日はもう休んでくれ」
くるりと踵を返して、ルイスが部屋を出ようとした。レヴィが慌てて「もう一つだけ!」と言って彼を引き止める。ルイスが怪訝そうな顔を向ける。
「アナスタシアと言う魔女をご存知ですか?」
レヴィの問いにルイスが眉間に皺を寄せる。
「アナスタシア? いや、知らないが……、もしかして精霊様が言っていた魔女の事か?」
「ご存知無いのならば、大丈夫です。もし、また精霊様に合う機会があればアナ様の事を訊ねても良いでしょうか?」
ルイスは怪訝そうに眉を顰めた。少しだけ考えてから、口を開いた。
「どうだろう? あまり良い印象は持っていないようだ。もし、精霊様の怒りを買うような事があっても俺は君を助けられない」
十分な答えだろうとレヴィは思う。実際アナスタシアの事は知らないのだろうし。
──アナ様が今まで何をしていたかなんてヨハンでも一部だけしか知らないと言うのだから、簡単に分かる筈ないよね。
なんとなく落胆した気持ちになるが、これで良かったのだと思う事にした。相手に隠れて調べる様な真似は良くない。
──元々精霊と悪魔使いは相性が良くない。アナ様とあの精霊が知り合いでも、そのせいで良い印象を持っていないだけかもしれない。深く考えるのは止めよう。
レヴィは気になりつつも、ルイスが部屋を出た後もう一度ベッドに横になった。
──翌日。
「調子はどうだ? 痛む所は?」
「お腹は空いてない?」
目が覚めると、開口一番にロイドとケイシーから尋ねられ、レヴィはぎょっとした。二人に余程心配をかけたらしい。結局二人は一晩中付き添ってくれていたらしく、レヴィが目を覚ました時には側にいて、甲斐甲斐しく世話をやこうとする。
「もう大丈夫だよ」
とレヴィが言うが、なかなか信じてもらえず狼狽した。
基本的に健康優良児のレヴィは寝込むことが無く、ここまで心配されると逆にどうしていいか分からなくなる。
実際、昨日の異常なだるさは無くなり、今朝はスッキリしている。
──昨日のあれは何だったんだろ。
ケイシーが部屋まで持って来てくれた朝食を3人で食べながらぼんやりと考える。初めは精霊の仕業だと考えていたが、それも違う様な気がしてくる。
「本当にもう大丈夫なのか?」
考えに耽っていると、ロイドが今日何度聞いたであろう言葉を繰り返し尋ねる。紫色の瞳が不安に揺れている。
「だから、もう大丈夫って言ってるでしょ」
若干面倒になりながらも答えるとロイドからは「そうか」と生返事が返ってくる。レヴィは食事をするロイドをじっと観察した。見た目は絶世の美少年なのに何故か尻尾をたらし、しょんぼりとした犬に見えてくる。
「ロイド、心配かけてごめん」
いたたまれなくなり、レヴィが珍しくしおらしく言うとロイドが目を丸くした。「やはり、まだ何処か具合悪いんじゃ……」と言い出したものだからいたたまれなさは一気に吹き飛んでしまった。
「君って時々失礼だよね! もう! この話は終わりだよ」
と言って無理矢理終了させた。
朝食後、レヴィとロイドはルイスの書斎に呼ばれた。家の中は何処も彼処も質素で貴族らしくない。どちらかと言えば平民のちょっと裕福な家といったところだろうか。ケイシー曰く、リード家は使用人は最低限しかおらず、基本的に自分の事は自分達でしているらしい。
「ウチみたいな貧乏貴族に使用人を何人も雇えるわけ無いでしょ」
との事だ。元々リード家は貴族に向いていないのだとか。
──暮らしぶりだけを言うと、ホント平民寄りだよね。貧乏って言うけど、逼迫していないのは無理に貴族らしく振る舞おうとしていないからか。好感は持てるけど、何で貴族をやってるんだろ。
つい余計な事を考えてしまう。
「ウチがそんなに珍しいか? 貴族らしく無いって」
書斎に入ると開口一番そう言われた。隠していたつもりが顔に出ていたのかとレヴィは驚いて目を丸くした。
「申し訳ありません」
レヴィが頭を下げると、ルイスは「いや、よく言われるんだ」と言って笑った。あまり気にしていないらしい。
「さて、本題に入ろう」
レヴィは居住まいを正した。




