挿話 悪魔使いは白い狼と遭遇する
或晴れた日の昼下がり、元気な子供の声が木霊する。
「ヨハーン!」
その声に反応し、焦茶色の髪の男・ヨハンは振り返って緑色の瞳を見開いた。ヨハンが呆然としているのに気付かず、白い頬を紅潮させ興奮気味の子供が走り寄って来た。その後ろに白い塊を連れて。
そして、嬉しそうに赤い瞳を輝かせて言った。
「見て見て!おっきなワンコ!!」
「わんわん!」
別にヨハンはその子供──レヴィに驚いた訳ではない。子供の後ろにいる白い毛並みの生き物に驚いたのだ。
その生き物は、若干汚れてはいるが、白銀の毛並みは美しく、太い四肢に鋭い爪と牙、しなやかな体躯の狼だ。顔立ちが丸く紫の瞳を輝かせて尾を振る姿はまだ幼い狼なのだろう。ただ、大きさが明らかにおかしい。推定五歳のレヴィよりも一回り程大きかったのだ。
ヨハンはその光景に頭を抱えて深く項垂れた。
──子供という物は何故こうも予想外の事ばかりするのだろうか?「わんわん」って、明らかに人語で喋っているじゃないか!何故気付かない!
単純にレヴィが規格外なだけなのだが。
◇◇◇
──遡ること数十分前──
ローズブレイド帝国とフォーサイス王国国境付近の辺境の町に着いたヨハンはフォーサイス王国に行く辻馬車を探していた。
「今日は此の町に泊まるとして……食糧も確保しないとな。レヴィ、しっかり髪と目は隠しておくんですよ」
「はーい。ねぇヨハン。フォーサイスって国に行ったらもう髪と目を隠さなくて良くなるの?」
「えぇ、絶対とは言い切れませんが。黒を忌む傾向はローズブレイド帝国から北側で根強い。フォーサイス王国よりも東側には黒髪の人種も居ますから、今までの様に隠す必要は無いでしょう」
「ふーん」
レヴィは呑気な返事をしてしっかりフードを被り直した。
ローズブレイド帝国には黒を忌む傾向がある。此の国の精霊信仰によるものだ。中でも黒髪に赤い瞳は悪魔の落とし子として特に忌み嫌われており、生まれてすぐに殺される事も少なくない。捨てられても今まで生きてこられたレヴィは奇蹟に近い。ヨハンもヨハンと会うまでレヴィがどうやって生きてきたのか分からない。
辻馬車を探して町中を歩いていると怒鳴り声がする。喧嘩をしている連中がいるらしい。
「ふむ、先に宿を決めるか」
──治安があまり良くないのか。レヴィは宿に置いて食糧の調達も行けばいいだろう。
ヨハンは森に面した宿をとる事にした。本来ならば、警備兵の駐屯地の近くの宿したいが、逃亡犯と悪魔の落とし子の組み合わせだ。万が一の場合も兼ねて逃走経路も考える。
「レヴィは先に部屋で待ってなさい」
「はーい」
呑気な返事をするレヴィを見てため息をつく。
「レヴィ、勝手に出歩いたり、知らない人について行ってはいけませんよ。部屋で大人しく、くれぐれも大人しく待っていなさい。いいですね!」
「はーい。わかった!」
元気良く返事をするレヴィに一抹の不安を覚えたが、出来るだけ早く戻れば良いだろうと考えた自分を数十分後に後悔した。
ヨハンが出掛けてから、暫くしてレヴィは窓の外を森を覗き込んでいた。
レヴィはヨハンを待つ間、最初は宿の部屋でレヴィにいつもくっついている3匹の小悪魔と大人しくしていた。ヨハンに会ってからは、人前では小悪魔と話してはいけないと言われている為、最近はあまり話してはいなかった。その事にすねていたらしい一匹が窓から出ていってしまったのだ。直ぐに帰って来ると思ったが、中々帰って来ない。
「帰って来ないねぇ。何処に行ったんだろ?」
心配になって小悪魔に話し掛ける。
『あっち。あっちいったよ』
「あっちって。森の中でしょ?迷子にでもなったのかな?」
──探しに行きたいけど、ヨハンには出歩くなって言われてるのに……。もしかして、また野良犬にでも捕まっちゃたのかな……?
小悪魔は弱く大した悪さ出来ない上、スラム街ではたまに野良犬に追いかけられていた。
「ヨハンが帰って来る前に戻ってくれば大丈夫だよね?」
──ちょっとだけ!
そう思って部屋を出ていった。
森に入っていくと、意外と直ぐに大きな白い塊と小悪魔を見つけた。その白い塊を見てレヴィは目を輝かせた。
こんなおっきなワンコ見た事無い!!
多少泥で汚れてはいるが、白く輝く毛並みは絹のように滑らかで、ふわふわしている。レヴィよりも一回りくらい大きな犬だった。──正確には狼だが。顔は丸みがありまだ紫の瞳はくりくりとして可愛らしい。足は太く爪は鋭い。その足元には小悪魔が羽を押さえ付けられた状態で捕まっていた。
「待って!!それは食べ物じゃないよ!」
レヴィは慌てて子犬──もとい子狼に持っていたビスケットを投げた。ビスケットを追い掛けて小悪魔から離れた子狼から素早く小悪魔を救出する。子狼は嬉しそうにビスケットを食べている。ビスケットを食べ終わると子狼は尻尾を振ってレヴィに近付いてきた。さらにビスケットを要求してくる。
「お腹が空いているの?」
とレヴィが問い掛けると、子狼は鼻を擦り寄せて来た。どうやらお腹を空かせているらしい。
「ごめんね。今あんまり持って無いの。ヨハンに何か食べ物貰えないか聞いてみるね」
「わん!」
子狼は尻尾を振って犬の鳴き真似で返事をした。
そして、現在に至る──
子狼はくりくりとした紫の瞳でヨハンを見ていた。ヨハンは若干顔を引きつらせ、額に青筋を浮かべてレヴィに向き直る。
「レヴィ、貴女これは一体どうしたんですか?」
「森の中でお腹を空かせてたの」
「……私は宿で大人しくしていなさいと言いましたよね?出歩くなとも。何変なものを拾って来ているんですか?」
「うっ……ごめんなさい」
「わんわん!」
ヨハンに抗議するように子狼が鳴き真似をすると。ヨハンが子狼を睨む。
「貴方も犬の鳴き真似ぐらいもっとうまくやりなさい」
ヨハンが言い放った言葉に子狼が目を見開く。
「何故ばれた!!」
「ばれるわ!」
驚く子狼にヨハンが突っ込む。寧ろ何故バレないと思ったのか疑問だ。その横で「わぁ犬が喋った!!」とレヴィは素直に驚いていた。
◇◇◇
──目立ち過ぎる。
今は人の姿になっている子狼を見て、ヨハンは更に頭を抱えることになった。
此の子狼の名はロイドというらしい。宿の部屋でちょこんと座る銀髪に大きな紫の瞳の少年は人狼だと言っている。人の姿での年はレヴィと同じくらいに見える。人形は何も身に付けていなかったのでヨハンの服を着せたが、それでも見ようによっては貴族の子息にも見える品の良さそうな美少年だ。
「何故狼の姿で彷徨いていたのですか? 目立つでしょう」
「そうなのか? 俺は獲物追い掛けてただけだけど。これ旨いな、えっと……ヨハン?」
ロイドはヨハンからもらった携帯食糧を方張りながら返事をする。どちらの姿でも目立つ事に代わりは無いが、人の姿の方が外套等で隠せる分、幾分マシにはなった。面倒事には関わらないのが一番だとは思うが。
「それを食べたらさっさと森に戻るなり、好きな所に行きなさい。私たちは明日には宿を出立します。」
ロイドは食べる手を止める。
「何処かに行くのか?」
「僕たちフォーサイス王国に行くんだよ!」
寂しそうに眉を八の字にしたロイドにすかさずレヴィが答える。
「なら俺もついて行く!」
「なっ!?」
「なぁ、レヴィ。俺も一緒に行きたい」
「僕は良いよ」
「レヴィ!! 駄目です! 何言ってるんですか!?」
青筋を浮かべてヨハンが安直に同行を許可するレヴィに慌てて怒鳴る。
「レヴィは良いと言っているだろ! 俺はレヴィから離れないからな!」
ロイドはレヴィに抱きついた状態でヨハンに抗議する。
結局、ロイドがついて来る事になり、ヨハンは追加の食糧と衣服を買いに出るのだった。今度は子供二人を連れて。




