挿話 ハロウィンの惨劇
──フォーサイス王国南西部の辺境の教会──
「「とりっくおあとりーと!」」
「いきなり何ですか…」
いきなり腰に抱きついて来た黒と銀の頭の首根っ子をヨハンはグイっと掴んで引き離す。仏頂面のヨハンに対し、奇妙な面を被った子供達──レヴィとロイド──は楽しげにキャハハと笑い声をあげている。そんな子供達の様子を訝しげに見ていると、横から声がした。
「収穫祭ですよ、ヨハンさん」
声がした方にヨハンが目を向けると金髪碧眼の美しい青年──ウィリアム神父が立っていた。手には子供達がしている面を何枚か持っている。
「ああ、ウィリアム神父。収穫祭……もうそんな時期でしたか?」
「ヨハンさんもレヴィもロイドも昨年は収穫祭に参加していませんでしたからね。もしかして、フォーサイスの収穫祭は初めてですか?」
「ええ、まあ」
──もう直ぐ一年か……。
ヨハン達がこの教会に来て早1年が経とうとしていた。
それまでは永らく旅をしていた。今の様に穏やかに暮らせるなど思いもしなかった。故郷ではレヴィも自分も静かに暮らす事など出来なかっただろうが、よくよく考えると、自分一人ではレヴィにもロイドにも子供らしい事はさせていなかったと思い至る。
──此処に来られて本当に良かった。
心の底からヨハンはそう思っていた。
「ところで私も何かお手伝いする事はありますか?」
「いえ、お菓子などはアナと町のご婦人方が用意してくださいます。今のところははありません」
ウィリアム神父が首を左右に振られ、少しばかり気持ちが落ち込むのを感じた。そんなヨハンを知ってか知らずかウィリアムは少しいたずらっぽく微笑んで言った。
「実は……ヨハンさんには、私と一緒に当日子供達の引率をお願いしたいのです」
✚✚✚✚✚
──当日──
「ヨハン! 僕良い事思い付いたの!」
「却下」
収穫祭当日の朝、教会の食堂で5人──ヨハン、レヴィ、ロイド、ウィリアム、アナスタシア──が食卓を囲んでいると、唐突にレヴィが叫んだ。すかさず、ヨハンが「却下」と言うとレヴィは「何故!?」という顔をする。
「どうせろくでもない事でしょう」
ぷーと態とらしく頬を膨らませたレヴィをヨハン横目で見る。大体こういう時のレヴィは本当にろくでもないのだ。
「まあまあ、ヨハンさん聞くだけでも」
「聞いてあげなさいよ」
ウィリアムとアナスタシアに窘められ、ふうと溜息を吐く。
「聞くだけですからね」
ヨハンがそう言うとレヴィの顔がパァと明るくなった。
「アナ様が教えてくれたの! 収穫祭の日は冥界の扉が開く日なんだって」
レヴィはキラキラとした瞳でヨハンを見るが、ヨハンは呆れた顔をする。
「確かに、先祖の霊が帰って来る日でもありますね。また、悪霊などもやって来るとされ、それを祓う為仮装をしたりします。それがどうかしましたか?」
──冥界とは……?
ヨハンは内心嫌な予感がしつつ、最初から嫌な予感はしていたのだが、レヴィに問いかける。
「小悪魔達を呼べば、賑やかになって楽しいかなって!」
「却下」
「仮装にもリアリティが必要かと」
もっともらしく言って見せるレヴィとその横で半分寝ながら朝食を取るロイドを見る。
「阿鼻叫喚の惨劇が目に浮かびます。悪霊を呼び寄せるつもりですか。リアリティが必要なら横にいる人狼で十分でしょう」
「えー、ロイドじゃつまんないよ。でも、お菓子をくれない人にイタズラをしていい日なんでしょ?」
「それは曲解というものです。レヴィ、一体、貴女は誰に悪戯を仕掛けようとしているのですか」
「んー、まだ考えてない」
「…………」
ヨハンは、はあと溜息を吐く。横でウィリアムが複雑そうな顔をしている。アナスタシアは何だか愉しそうに笑っているが、それもそれで恐ろしい。
──思い付きでやろうと思ってやれる能力があるのが末恐ろしい。今日は何かやらかさないか要注意だな。
✚✚✚✚✚
──夕方──
「皆さんこちらに並んで下さい」
教会に集まった子供達をウィリアムが順番に並ばせていく。毎年恒例の行事だからか慣れた様子のウィリアムの手際は良い。感心しながら見ていると服の裾を掴まれた。
レヴィかと思って見ると、子供達が自分を見上げていた。教会で勉強を教えている子だろう。
「ヨハン先生も一緒に行くの?」
「ジョセフでしたか。ええ、そうです」
「先生もお菓子貰うの?」
「貰いません」
「ヨハン先生顔怖いよ?」
「余計なお世話です。早く列に並びなさい」
面のせいで分かりにくいが、背の高い茶髪の子供はジョセフ、低い子はグレン、おさげの子はヨナだろう。
一頻りヨハンをからかって気が済んだのか、子供達はキャハハと笑いながら列に加わって行った。列の方を見ると面を被った黒と銀の頭も確認出来てホッとする。
「では、出発します!」
ウィリアムの声で開始された。
ルートは教会から決められた家々を周って子供達がお菓子貰いまた、教会に戻るという単純なものだ。ウィリアムは先導役、ヨハンは後ろで遅れたり、逸れる子供が出ない様に見る役割だ。
教会は丘の上にあり、丘から下って街に降りていく。夕方と言う事もあって徐々に暗くなっていた。歩きながら、ヨハンは首を傾げた。なにか変わっている。そして、ヨハンはふと気付く。
──子供が、増えた? まさか……。
ヨハンは急いで黒い頭を探すが、レヴィはキチンと列に並んでおり、変わった様子はない。ウィリアムをちらりと見るが此方も変わった様子はない。
──レヴィの仕業じゃないのか?
ヨハンは首を傾げながら、そのまま歩く事にした。
歩いていると、かぼちゃのランタンが掛かっている事に気がついた。
──なかなか凝っているな。
何気なくかぼちゃランタンを眺めていると、かぼちゃの顔がにたっと笑った。ヨハンが驚いて後退る。
「ヨハンさんどうかしましたか?」
気付いたウィリアムが振り返って問いかける。
「何でもない。躓いただけだ」
「そうですか。気を付けてくださね」
そのまま、何軒かの家々を巡り、ルート通りに教会に戻って来た。その間もかぼちゃが歩いていたり、子供の人数が増えたりとしていたが、何とか行事を終えられてホッと息をつく。
「ヨハンどうしたの? 疲れた?」
ぐったりとした様子のヨハンに手にお菓子を抱えたレヴィが不思議そうに尋ねる。
「どうでしたか?」
「凄く楽しかったよ!」
「おかしな事はありませんでしたか?」
「おかしな事……?」
首を傾げるレヴィに、ヨハンは自分の思い過ごしかと思っていると、レヴィが「あっ!」と声を上げた。
「知らない子が何時の間にか沢山いて、かぼちゃが歩いてたけど、楽しかったよ!」
「!?」
「ああ、居ましたね」
横からうんざりとした顔をして、ウィリアムがやって来た。
「気づいていたんですか?」
「ええ、まあ」と歯切れの悪い様子でウィリアムが頷く。そのまま話しながら教会の扉を開け、ヨハンとウィリアムは言葉を失った。
「──あら、ヨハンお帰りなさい」
そこには妖艶な笑みを讃えた魔女とその後ろに、参拝者用の椅子に所狭しとかぼちゃかぼちゃかぼちゃ…………。
「あ、ヨハン上」
『トリック オア トリート!!』
の声とともに頭上から何かが降ってきた。ロイドの忠告虚しくそれはヨハンの頭に命中した。
「ヨハンさん!」
「ヨハン!?」
薄れ行く意識の中でヨハンは「あら、悪戯が過ぎちゃったわね」と言うアナスタシアの声を聞いた。そのまま、ヨハンは意識を失った。
✚✚✚✚✚
──後日。
魔女は神父に説教をくらったという。
アナスタシアの言い訳は、
「だって、皆に楽しんで欲しかったんですもの」
だとか。ヨハンにとっては散々な収穫祭だった。




