悪魔使いは東を目指す⑩
レヴィは【宿り木】を出てから市場に向かった。目的は疲労困憊のケイシーとマーティンに何か栄養豊富な食材を買う為と情報収集だが、石畳の道を歩く足取りは軽く何処か楽しげだ。
──本当に魔女に会えるとは思わなかったな。
薬師の元行商人──馬車で乗り合わせた老人に話を聞いてからもしかしてとは思っていたが、実際に会えるとは幸運だ。
嘗て《魔女の国》に住んでいた魔女達は皆散り散りに何処かへ行ってしまった。滅多に出会う事は無い彼等は大抵普通の人に紛れて生活をしている。
昔、ローズブレイドからフォーサイスに旅をしている時に出会った年配の女性もそうだった。彼女の場合は少し特殊だったのだが……。
それこそサイモンの様に行商をして薬売りをしている事もあるらしい。実際出会うのは久しぶりだ。レヴィの様に何度も会うのは極めての稀な事なのだ。自ら探さなければ、一生会わない人もいるだろう。特徴としては使い魔を連れている事が一番だ。
レヴィは鉢にいた使い魔を思い返す。姿は植物の葉に隠れて見えなかったが、あれはピクシーやブラウニーの類だろう。
──コロボックルなんて希少種かも知れないし、是非一度見せて貰いたいな。また、機会があるかな。
と心の中で密かに思いながら大通りを歩いていくと街の中でも一際賑わっている場所に着いた。市場だ。
「……うわぁ」
レヴィとロイドの暮らしていた田舎町とは何もかもが雲泥の差で、思わず感嘆の声が漏れる。朝のピークから外れている分、人は幾らか疎らだがそれでも多いくらいだ。
レヴィは露店や屋台を物色しながら、そっと人の噂話に耳を傾ける。その中でも気になる話題が飛び込んで来た。
「──そういやあ、アレどうなったんだ?」
「アレ?」
荷運びの男がもう一人の男に話し掛ける。
「今持ちきりの話題ったら、アレしか無いだろ? 侯爵様の隠し子」
男の言葉に「ああ、それか」と合点がいった様に頷く。どうやら侯爵家の隠し子騒動は有名らしい。
「あんま大きな声では言えないんだがな──」
「──おや! 旅人さんかい?」
──もう少しで聞けたのに……。
男達の会話を遮るように、レヴィの前に恰幅の良い女性が現れた。レヴィはフードを深く被りながら、愛想笑いを浮かべる。
「まぁ、そんな所。今一緒に旅をしてる仲間の具合いが悪くて、何か栄養のある物を探してるんだ。何か良いものあるかな?」
「おや、それは心配だね。それならウチの果物買ってきな、栄養豊富だし、食欲が無くても食べられるよ!」
恰幅の良い女性は果物屋の店主だったらしい。男達会話は気になるが、彼女の薦める果物をいくつか買ってその場を立ち去る事にした。果物はどれも瑞々しく美味しそうだ。
「──そうだ。最近、子供が攫われているらしいから、一応気を付けな。まぁ、アンタは大丈夫だろうけど」
──ランドルフ領でも人攫い?
「どういう事?」
「攫われている子には実は共通の特徴があってね──」
果物屋の店主から話を聞いたレヴィは眉間に皺を寄せた。早朝には出発する予定だが、余り長いはしない方が良いだろう。レヴィは店主から果物を受け取ってその場を後にした。
その後も暫く市場を巡ったが、侯爵家の様子はサイモンから得た情報以上のものは手に入らなかった。ランドルフ侯爵家の話と合わせると気掛かりだが今は確証もない。
──この話が本当だとすると……、それを知っていて態と?
レヴィは首を捻った。
「──おっそいわよ!」
大量の食材を手にレヴィが宿に戻るとケイシーが待ち構えていた。少し回復したらしい。
「ごめん、ごめん。皆疲れてるだろうから、美味しいものを買って来ようと思って市場に寄ってたんだ」
市場と聞いてケイシーがちょっとだけ恨めしそうな顔をした。
──行きたかったのか……。
レヴィは苦笑する。
「まあ、いいわ。で、何買ったのよ」
「いい匂いだね」
レヴィは市場や屋台で買ったものをズラリと並べる。ケイシーもマーティンも目をキラキラさせている。大半はロイドの胃袋に収まるだろう。
「さあ、食べて! 明日はいよいよリード領だよ!」
◇◇◇
朝靄がかかる森の中の泉。人影は無い。
朝靄の中にふわりと人影が浮かんだ。その人影は僅かに光ると緩やかに実態を持つ。
足元まである長い髪はやや青みがかった銀色、瞳は澄んだ青色をしている。肌は白く白磁の様だ。誰もが見惚れてしまうほどの美貌だ。
「何かがやって来る」
美貌の主が呟いた。その瞳は探るようにまだ薄暗い空を見ている。
「あれは何じゃ。聖と魔、光と闇が入り混じっておる」
『主様、どうしたの?』
主様と呼ばれた人物の周りを光の粒が行き交っている。それは蛍の光の様であるが幾分か大きい。
「何かがやって来る。お前達も気を付けろ」
『何がやって来るの?』
『何が来るの?』
光の塊の問いかけに主様が眉間に皺を寄せる。
「我にも分からぬ。だが、これは以前にもあった。あの時はまだ遠かった。赤毛のに知らせてやらねばならんな」
そう言うと、もう一度僅かに光るとその場にはもう誰もいなかった。




