悪魔使いは悪役令嬢を仲間にする②
広大な領地の中心部に建つノースブルック侯爵家の屋敷。剣の紋章を持つ侯爵の名に相応しい荘厳な建物の一室で新しく入った使用人の顔合わせが行われていた。その場には此の屋敷の娘、エミリア・ブランドンもいた。今年14歳になるエミリア・ブランドンは太陽の様に輝く金髪とつり目がちの青い瞳、透き通る白い肌の人形の様に美しい少女だ。
いつもは使用人の顔合わせにエミリアは同席しない。しかし、今回は違った。何でも新しく入る使用人がとても美しい少年だと侍女達が騒いでいたからだ。単に好奇心に負けたというのもある。此の様な振る舞いは侯爵家の令嬢として好ましくないことも分かっていたが、最近気になっている事があった。最近やたらと使用人の入れ替わりが増えていたのだ。それはエミリアにとっては微かな違和感ではあったが、嫌な予感がしていた。
エミリアは新しい使用人二人を訝しげに見る。片方は絹のような銀髪に紫の瞳の美しい少年で、エミリアも思わず見惚れてしままうほどだ。もう一人は何処にでもいそうな凡庸な顔立ちの少年だった。しかし、此の辺りでは珍しい黒髪に赤い瞳を持っていた。
この奇妙な二人組は辺境の教会から来た孤児らしい。一体どういった経緯を辿れば、辺境の孤児が侯爵家の使用人になれるのか疑問だが。紹介状はどうやら本物らしいし、問題は無いのだろう。
「銀髪の貴方がロイドで、黒髪の貴方がレヴィね。まぁ、せいぜい頑張って働くのね」
「「はい、お嬢様!」」
エミリアの言葉にレヴィがにこりと人好きのする笑顔を向けた。レヴィは前髪が長く、その隙間から覗く深紅の瞳はルビーの様だった。妙に懐かしい感じがしたが、黒髪に赤目の人間など一度も会った事がなかったので気のせいだと思い込むことにした。
「オーガスト二人に仕事を割り振って頂戴」
「畏まりました。お嬢様」
オーガストと呼ばれた執事が前に進み出て恭しく頭を垂れ、二人を連れて出て行った。
◇◇◇
「まずは屋敷の中を案内します。貴方達付いてきなさい」
レヴィとロイドはオーガストの後について部屋を出ると、オーガストに説明してもらいながら、屋敷の中を進んで行く。屋敷の中は豪華な調度品があちこちに並んでおり、どの調度品も売れば庶民の年収を越える物ばかりだ。だが、歴史のある侯爵家の物にしては趣味が悪く、随分と新しい物が多かった。
「侯爵家が散財してるって言ってたのは本当みたいだな」
「……」
小声でロイドがレヴィに話し掛けるが、レヴィは何やら考え込んで返事をしない。
「どうした?」
「いや、随分と新しい物が多いなと思って」
「古い物は先代の侯爵が売り払ったんじゃないか?」
──先代の時は高価な調度品を売り払わなければならないほど財政が逼迫していたのに、一体何処にこれだけの調度品を買えるだけの金があったんだか──。
レヴィは高価な調度品を眺めながら、考えを廻らせた。
◇◇◇
屋敷を一通り廻り終えると、既に暮れかけていた。
「日も暮れてしまいましたし、仕事は明日からにしましょう。今日はもう食事を取って休みなさい」
オーガストに言われるまま二人は使用人用の食堂で食事を取ると、与えられた自室に向かった。部屋は左右にベッドが2つ置いてあるだけの質素なものだったが、掃除がしてあるのか埃もなく綺麗だった。ロイドが「レヴィと同室……」と嬉しそうに呟いたのを聞いたがレヴィはスルーする事にした。時折扱いに困る相棒である。
「……ロイド、今日屋敷の中を回って見て何か気になる事は無かった?」
「飯が旨かった!!」
右側のベッドに腰掛けてレヴィが問うとすかさずロイドが答える。
「いや、そういう事ではなくて……。確かに美味しかったけど」
「うーん? やたらと無駄に豪華な調度品が多かったな」
「確かにね。他には?」
呆れ気味のレヴィにロイドは首を傾げるが、他に思い付く事が無かったので、首を横に振って見せた。
「レヴィ、お前は何か気になる事あったのか?」
「調度品もだけど、若い使用人が多いなって」
「? それは変な事なのか?」
首を傾げるロイドにレヴィが説明する。
「先代侯爵の時は財政難で、先代が昔からいる使用人を解雇してしまうほどだった。確かに今の侯爵が新しく雇っただけかもしれないよ。でも、領地を見る限り財政状況が良くなっているようには見えない。調度品を買うのも、使用人を雇うのもお金がかかる。同じお給金を払うなら、昔からいた使用人を呼び戻した方が楽なはず。だから、妙なんだ」
「それは、何か裏があるって事か?」
「さぁ? それはこれから調べるさ」
レヴィは首を竦めてみせた。
「まぁ、明日からここで働くんだ。何かあればその内分かるよ」
◇◇◇
翌日、ロイドとレヴィは使用人見習いとしてそれぞれ任される事となった。ロイドは従僕見習い、レヴィは調理場の手伝いなどの雑務をする事となった。
ロイドは「何故レヴィと一緒じゃない……」と文句を言っているが。
「仕事だから仕方ないよ……。それより、ロイドは従僕なんて大丈夫? 肉体労働しか出来ないのに、僕はフォロー出来ないよ」
「狩りは得意だ。そもそも従僕ってのは何をするんだ」
「……」
首を捻るロイドにレヴィはざっくりと従僕の仕事内容を説明すると大きな溜め息を吐いた。
「あー先が思いやられる。もう、従僕ならお嬢様とお近付きになれそうなんだから、頑張ってよ!」
レヴィはロイドを叱咤し自分の持ち場に移動した。