悪魔使いは東を目指す⑧
「いらっしゃいませ」
とエプロン姿の男がこちらを向いた。亜麻色の髪に青い瞳をした青年だ。レヴィが予想していたよりも若い。顔にそばかすがあるぐらいでこれといった特徴の無い顔をしている。どちらかと言えば優しげな顔立ちである。
──人の良さで生きてる感じだな。ま、見た目だけならだけど。
一人で行商をしていたのだ。いくらか強かさが無ければこの若さで店を持つ事など出来ないだろう。
「珍しいお客さんだね。旅の人かな?」
にこやかに愛想良く話しかけてくるので、レヴィもにっこりと笑う。
「そうなんです。ランドルフ領は初めてで薬屋を探していたら、馬車で乗り合わせたご老人が此処がいいよって教えてくれたんです」
「そうか。それは嬉しいね。僕は薬師のサイモンだ。宜しくね。で、今日はどんな薬が欲しいんだい?」
「あ、ごめんなさい。今日は薬を買いに来たんじゃなくて、薬草を売りに来たんです」
「薬草を売りに? じゃあ、見せて貰えるかな?」
レヴィが鞄に閉まっていた薬草を取り出すとサイモンは目を見張った。
「凄いね。これどうしたの?」
「偶々、運が良かったんです。取りやすいところに生えてて」
勿論これは嘘である。ロイドに乗って崖に生えているのを収穫したのだ。大体、大きな狼に乗って崖に生える薬草を採取したなどと言っても誰も信じないだろう。
「生えている場所内緒で教えてくれない?」
にこやかに言うが目が笑っていない。この薬草の出処が気になる様だ。
「もう一度行ってあるかどうか……実は剥がれ落ちた崖の岩に付いていたんです」
レヴィは少し考えてから、酷く申し訳なさそうなフリをした。色々突っ込まれると面倒だ。
「そうか。それは残念だな」
残念と言いながら、余り残念そうには見えないが、それ以上は何も言わなかった。レヴィが受付に置いた薬草をチェックしながら、算盤を弾いていく。
「──薬草は全部でこれくらいかな。これで問題無い?」
一通りチェックし終わると、そう言って金額の書かれた紙をレヴィに見せた。
「大丈夫です」
正直もっと値切られると思っていたが、適正な金額のようで安心した。
「ランドルフ領は医院や薬屋が多くて凄いですね。噂には聞いていましたけど、街も整備されてるし。やっぱり、ランドルフ侯爵様は凄い人なんでしょうね」
「確かに他の街と比べても綺麗だね。まぁ、この仕組みや制度を作ったのは50年前の女侯爵様らしいけど」
「女侯爵様?」
レヴィが聞き返すと、サイモンは意外そうな顔をした。
「あれ、知らないかな? 結構有名な人だよ。フォーサイス王国初の女侯爵で才女。在任期間は短かったけど、その間に沢山の制度を作ったんだ」
「じゃあ、今のランドルフ侯爵様も有能なんでしょうね」
「それがそうでもないみたいだよ?」
サイモンは「実はね──」と声を抑える。
「子息が次々に病にかかって亡くなってるんだ。今は行方不明の妾の子まで探してる」
「妾? 第2夫人とかではないんですか?」
レヴィは目を丸くする。貴族は家の存続の為に正妻以外に妻を持つ事が認められている。だというのに、愛妾とは……。余程の女好きか、別に何か問題があるかのどちらかだ。
「身分が低い元メイドらしいけど」
「ええ?」
「今寝込んでいる次男を治す為に薬師を探しているらしいよ」
続々と出てくる情報にレヴィは眉を顰めた。情報を貰えるのはレヴィにとっては有難い事だが、サイモンにとって何かメリットがあるのだろうか? 唯の親切心だけとは思えない。
──何か裏がありそうだけど……。
「どうしてです?」
「?」
「どうして、そんな事を教えてくれるんですか?」
レヴィがサイモンに訊ねると、サイモンは不思議そうな顔をした。
「君、薬師でしょう? これだけ珍しい薬草を採取できるなら君も立候補すればいいと思ったんだ。何か褒美も貰えるかもしれないよ」
「ありがとうございます。でも、僕は見習いなのでご遠慮します。それにサイモンさんは評判もいいみたいだし、ライバルは少ない方がいいのではありませんか?」
レヴィが悪戯っぽくそう言うとサイモンは苦笑する。
「ライバルね……。仲間は多い方が良いだろう? それに、生憎僕はお貴族様のゴタゴタはご遠慮したいね」
「それは僕も同意見です。僕はこれからリード領に向かう予定なんです」
ガッツリ貴族のゴタゴタの渦中にいる事は今は置いておく。
「へえ、羨ましいな。リード領も自然豊かで良い所だよ。気を付けて行っておいで」
薬草の代金を渡しながら、サイモンは言った。どうやらリード領に行った事があるらしい。レヴィは代金を受け取って丁寧にお礼を言った。その時、レヴィはチラリと受付に置いてある鉢を見たたが、直ぐに視線をそらした。そのまま何事も無かったかのように店を後にした。




