悪魔使いは悪役令嬢を仲間にする⑳
◇◇◇
フォーサイス王国南西部の田舎町を野菜の入った手提げ籠を抱えた男は眉間に皺を寄せて歩いていた。市場を通り過ぎると数人とすれ違う。
「おや、ヨハンさんは考え事かい? 相変わらず悪人ヅラだねえ」
なかなか失礼な事を言う人々ではあるが、ヨハンと呼ばれた男は気にも止めず通り過ぎる。難しい顔をしたままの男を見送りながら市場の店主達はこぞって話し始めた。
「レヴィが何かやらかしたんじゃ無いかい」
「いや、ロイドだろ」
「どっちもだろ?」
「お父さんは大変そうだな〜」
店主達が話に夢中になっていると八百屋の息子がひょっこりと顔を出して、男の後姿を見るとポツリと呟いた。
「──にしても、最近レヴィとロイド見ないよな」
ヨハンが市場を通り過ぎ丘を越えて歩いて行くと町を見渡せる場所に質素な教会が建っている。ここがレヴィとロイドの暮らしていた教会である。
「おかえりなさい、ヨハンさん。二人の様子はどうでしたか?」
ヨハンが入口から入って行くと、彼の帰宅に気付いた美しい金髪の男──この教会の神父ウィリアム──がひょっこりと顔出した。声をかけても返事が返って来ないのでウィリアムは首を傾げた。
「何かありましたか?」
その問いにも答えないままヨハン奥の部屋に入って行くので、彼もヨハンに続いた。ヨハンは奥の部屋で掃除をしていた女を見つけると畏まった様子で声を掛けた。
「──アナスタシア様、少しよろしいでしょうか?」
ヨハンにアナスタシアと呼ばれた女が振り返る。艶やかな黒髪に紅い瞳をした妖艶な美女である。
「あら? ヨハン帰ってたのね。お帰りなさい」
アナスタシアはにっこりと微笑んだ。ヨハンは緩みそうになる顔をギュッと引き締める。
「アナスタシア様を疑う訳では無いのですが、レヴィとロイドは領主様の屋敷に臨時の手伝いに行ったのですよね?」
「そうよ。それが?」
アナスタシアは紅い唇で弧を描き、妖艶な笑みを浮かべる。ヨハンは眉間に皺を寄せた。
「今日領主様のお屋敷に行ったのですが……」
「もしかしてレヴィとロイドに何かあったのですか?」
ウィリアムの問いにヨハンは首を左右に振った。
「いや、それがおかしな事に領主様は臨時の手伝いなど募集していないと仰るのです」
「別の領主様だったのでは?」
「ウィリアム、私もそう思って近辺の領主で求人を出している所を調べたのだが、該当する場所が無いのです」
「どういう事です? レヴィとロイドは一体何処に行ったんですか?」
ウィリアムが訝しげな顔をする。
「それをアナスタシア様にお伺いしようと思いまして、ご存知ありませんか?」
「あら? 本当に募集は無かったの?」
アナスタシアは妖艶な笑みのまま答えると、ヨハンは目を泳がせる。実は一件だけあったのだが、余りにも怪し過ぎるので除外していたのだ。
「いえ、一件……まさかとは思いますが」
歯切れ悪い言い方にウィリアムは心配そうにヨハンを見た。
「……ノースブルックではありませんよね?」
恐る恐るヨハンが言うとアナスタシアはニンマリと笑った。
「大正解!」
「…………」
「ノースブルックですって!? 貴女は一体何を考えているのですか!」
「可愛い子には旅をさせろってよく言うじゃない」
頭を抱えるヨハンの横でアナスタシアはケラケラと笑い、ウィリアムはそんな彼女に食ってかかるが、簡単にあしらわれてしまっている。
「迎えに行って来ます」
「ヨハンさん!? ここからノースブルックまで3週間はかかるんですよ!」
数秒かけて復活したヨハンは唐突に宣言した。アレを放置は出来ないだろう。
「嫌だ、ヨハンてば過保護ね。大丈夫よ。あの子達なら山賊だって、海賊だってやっつけちゃうわよ」
「ええ、そのついでに山をひとつ禿山にしたり、地形を変えたりしかねませんけどね」
遠い目をするヨハン。
「──しかし、あの子は一体何をしにノースブルックにまで…………」
「レヴィ、最近は悪の大魔道士になるって息巻いてたわね」
「…………確かに言っていましたが、アレは一過性のものだとばかり……」
題名は忘れたが、最近は巷で人気の小説にハマっていたように思う。何やら悪役令嬢がどうとか色々言っていた気はするが、あまり覚えていない。ちゃんと聞いておけば良かったと少し後悔した。
「ノースブルック侯爵家のご令嬢は悪役令嬢に、ピッタリだとか」
「……………………」
「もうとっくに悪役令嬢を仲間にしてるかもしれないわね?」
ヨハンは素早く荷造りをすると、あっと言う間準備を整え出て行ってしまった。それを見送るウィリアムとアナスタシア。
「──レヴィを唆したのは貴女ではありませんか?」
「さぁ、何の事かしら? それにしても、夢を追うって素敵よね!」
惚けるアナスタシアを睨みつけウィリアムは溜め息を吐いた。言っても無駄だとわかっている、わかってはいるが……。
「ヨハンさんの苦労が思いやられる……」
ウィリアムは小さくなっていくヨハンの無事を祈った。
◇◇◇
──その頃レヴィはというと……
「──くしゅっ」
「あら、風邪?」
エミリアがレヴィに訊ねた。レヴィは小首を傾げてからフルフルと首を左右に振った。調子は万全だ。
──誰かが僕の噂でもしてるのかな?
ふとそんな考えが頭を過ぎったが、そんな訳ないかとすぐに一蹴してしまった。




